第126話 少女の取引

 シズミの町の夕刻、港に二つの影があった。


「それで、約束の物は?」


 一人はミーナと呼ばれる少女。


「……ここにある」


 もう一人は、ローブを被った男だった。


 ローブの男は、少女の前に一つの袋を取り出してみせた。その袋を開けると、中には文字のようなものが描かれた木札が大量に入っていた。


「確かに、確認したわ」


 ミーナは袋の中を検めると、それを手渡しで受け取った。


「ねぇ……もう終わりにしない?こんな事」


「……どういう意味だね?」


 ローブの男が怪訝な声を発した。


「言葉の通りよ。私は、貴方との取引を解消するわ」


「……クク」


 男は少女の言動に対して激昂するどころか笑いながら、


「いいだろう。ただし、他の子達はどう出るかな?」


「何が言いたいの?」


 ミーナが眉をひそめた。


「君がやめたところで、他の子達が君の役目を引き継ぐだけだと言いたいんだよ。彼らは賢い。それゆえに、自分たちがどうすれば生き残る事が出来るのかをよく理解している。……例えどれほどの危険が伴おうとも、ルーンを使って身を守るしか術が無いと分かっている。否が応でも俺に接触して来るさ。そしてルーンをくださいと懇願する。君にはどうする事も出来ないよ」


 男はニヤニヤと笑いながら言う。少女が直面している問題について。


「そんな……」


 少女はすっかり血の気が引いてしまった。そして、言うべく言葉も失った。


「……」


「まぁ、君は『脱落』しても構わないよ。俺にはまだまだクライアントが居るからね」


「……っ」


「それじゃ。精々頑張りたまえ、うら若き少女ちゃん」


 そう言うと、男は夕闇の中へと消えて行った。


「……」


 残された少女は、ただ自身の唇を強く噛み締める事しか出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る