第110話 かつての記憶
『全く、どうしてこんな所に居たのよ』
それは、少年がジーフの街で暮らしていた頃の記憶。少年が命の恩人と出会った時の記憶。
『私が偶然通りがからなかったら、あなた、崖から落ちちゃってたわよ』
『……ごめんなさい』
少年は俯いて、目の前の女に詫びた。
『違うでしょ』
女は今にも泣きそうな少年の頬を両手で触れ、真正面から少年の目を見つめた。
『こんな時は、ありがとうって言うの』
少年の頬を覆ったその両手は、とても暖かいように思えた。
『それじゃ、もうこんな所に来ちゃダメよ』
少年の様子を見て大丈夫だと見て、女は立ち去ろうとした。
『……あのっ!』
少年は何かを思ったのか、女を呼び止めようと必死に声を上げた。
『……?』
女が少年に振り返った。その銀色の髪は夕日に照らされて、眩い光を放っていた。
「ソール、ねぇソール!!」
少年が気が付くと、ラバンカの宿屋のベッドに横になっていた。いや、この場合、横にされていたという表現の方が正しいのかもしれない。
「……ル、ナ?」
「……!よかった、心配してたんだからっ!」
少年が目を覚ましたことを確認するや否や、少女は少年を抱き締めた。
「ちょっと、苦しいよルナ」
「あっ、ごめん」
いつもの元気の良さは何処へ行ったのやら、珍しくルナはしょんぼりとした。
「良かった。気が付いたのね」
そう言ったのはウォルだった。少年が部屋を見回すと、ルナとウォル、そして少し離れた所にコハルが椅子に座っていた。
「ソール、大丈夫?」
と、コハルもソールに心配の声を掛ける。
「あぁ、ありがとう。もう大丈夫だよ」
ソールはそれに対し、優しく微笑みながら返した。するとウォルはクスリと笑って、
「さっきからこの二人、ずっとこんな感じだったのよ。気絶してるだけだって言ったんだけど」
これに対しルナは赤くなって、
「だ、だって心配なのは心配じゃない!……それに、私のせいみたいだったから」
と、再びルナはしおらしくなった。
「ソール、コハルちゃん。本当にごめんなさい!」
「気にしなくていいわよ、ルナ」
「そうさ、別にルナのせいじゃないよ。だって、ルナはこんな事本当だったら絶対にしないでしょ?」
ソールが上半身を起き上がらせながら言った。
「それはそうだけど……」
「あっ、そうだウォルさん。それで何ですけれど」
「分かってるよ。言いたいことは」
ウォルは懐から先程ルナが着けていた民族装飾の施されたお面を取り出して、
「原因はコレね。さっきお面の内側を見たら、『人心のルーン』によって細工が施されていたわ」
その言葉に対してソールはふと思い出し、
「『人心のルーン』……?それって確か、ジーフの街の」
「そう、同種類の物よ。けれど、同質とは言い切れないわね」
「どういうこと?」
今度はルナが質問をした。
「あの街で使われていたルーンは、何故か外灯なんて目立つような場所に貼られて使われていた。でも今回ルナちゃんが操られたルーンは、わざわざ仮面の裏だなんて一見分からないような場所に、それも紋様だけがあしらわれていた。こんなの、魔導士じゃなければ見逃してしまうし、同一人物がやったとは考えにくいわね」
そう説明されたソールは、自分の中で考えをまとめながら言った。
「つまり今回のこの騒動は、この町の何処かに居る魔導士によるもの、という訳ですね」
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