第106話 ヴァーノの影

 その晩、ルナはウォルを宿屋からそう遠くは無いが、人気の無い路地裏へ呼び出した。


「それでルナちゃん、こんな所に呼び出して、何?」


 沈黙を破るように、ウォルの方から問い掛けた。


「アンタ、アイツと付き合い長いんでしょ?」


 ルナはウォルの瞳を真正面から見据えて言った。


「アイツの様子がおかしいの、何か知ってるんじゃない?」


「……」


 そう問い詰められたウォルは、何かを決心したかのような表情でルナを見つめ返した。


「分かった。話す」


 その口から放たれた言葉は、ルナの心情を大きく突き動かした。






 ヴァーノとウォルは、孤児だった。二人とも八歳の頃に魔導士教会に拾われた。しかしそれ以前、ヴァーノは別の所に引き取られて育てられていた。


 五歳の時、ヴァーノは路地裏での生活を余儀なくされていた。そんなヴァーノは、ある日ある保護団体に保護された。それまで翳りある所で過ごしていた彼にとって、そこはとても暖かい場所だった。


 しかし、彼はその一年後、その団体がただの孤児の保護団体とは表向きで、実際は王国で禁止されていた魔女教の布教団体であることを知った。彼は魔女教を教え込み、敬虔な教徒として教育を施す為に拾われていたのだった。


 彼はその事実を知るや否やその施設を逃げ出した。そして再び、路地裏での生活に戻ろうとした時だった。ある若い男が彼に声を掛けた。


「そんな暗い所が好きなら、影から人を守る事をしてみないか?」


 と。


 そうして彼が行き着いたのが、魔導士教会だった。






「……」


 ルナはウォルの話をただ黙って聞いているしかなかった。湧き上がる感情は様々あるが、ヴァーノの過去に口を出すにはいささか軽率と判断したからだった。


「ヴァーノは普段何の気なしにしているけれど、多分、本当は心の中で自分が拾われた教団の事を恨んでるんじゃない、かな。だからこそ、こういう宗教的な風習のある所を、悪く思ってるんだと思う」


「……なるほど、ね」


 その話を、人影が一つ、聴いていたのだった。

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