第102話 恵みの雨

 その日の夜、ソールは宿を出て風に吹かれていた。


「……」


 夜空に輝く月に照らされ、風に流れる雲をただ見上げていた。


「こんな時間に、散歩してちゃ、風邪引くよ」


 と、暗闇から誰かの声がした。ソールには既に聞き慣れた声だった。


「何の用ですか、ウォルさん」


 月明りに、ウォルの顔が照らされる。


「夕方の事、どうするつもりかなって」


 そう訊いてきたウォルの顔は、笑顔のようにも悲し気な顔にもソールには見えた。


「……ヴァーノさんはああ言ってたけど、僕は……何とかしたいです」


「それが一時的なものだったとしても?」


 暫し、静寂が場を支配する。


「……はい」


 沈黙を破ったソールの顔は、決意に満ちたものだった。


「ウォルさん、確か水の魔導を扱えるんですよね?だったら」


「確かに、それは可能」


 ウォルは、ソールの言葉を待つより先に答えた。


「でも、飽くまでもそれは気休め程度の魔導よ。一時は村の人々に希望を与えるかもしれない。けれど、その先は……」


「それでもいいんです。僕は、信じてますから」


 ソールはそう言うと、ウォルの目を真正面から見つめた。


「……分かった。それで、ソール君、貴方の願いが叶うなら」


 言い終えると、ウォルは踵を返し宿の中へと戻って行った。


「……」


 ソールはそれを見届けて、深々と一礼をした。






「よし、準備は出来たか?」


 翌日、村を発つ為にヴァーノは皆に確認を取った。


「待って、ソールが居ない」


 辺りを見回して、少年の姿が見えないと気付くルナ。


「ソールお兄ちゃんはクルト君に会いに行くって、朝早く出て行ったよ」


 宿の外に走り出そうとしたルナに、コハルは告げた。


「そう、か……」


 それを聴いたヴァーノは、宿の天井をそっと見上げた。






「そっかぁ、もう行くんだあね」


 旅立ちを聞かされ、寂しそうに俯くクルト。


「折角出会えたんだから、もうちっと長く一緒に居たかったんだけんど」


「……また、いつか会えるよ」


 そんな保障は何処にも無い。それは、そう言ったソールが一番よく分かっていたことだった。


「クルト君、君が笑顔を絶やさないのなら、今後もきっと、この村は……」


「んえ?」


「いや、何でもないよ」


 言いかける言葉を飲み込んで、ソールは皆の元へと戻って行った。


「おっそいよ、ソール」


 宿屋の前にまで戻って行くと、既にルナ達が荷物を持って外に出ていた。


「ごめん、すぐに支度するよ」


 ソールは急いで宿の中へ荷物を取りに行った。


「ウォル、オマエ、ソールに何かしたか?」


 ヴァーノは探るようにウォルに訊く。


「さぁ」


 ウォルは誤魔化すかのように空を仰いだ。


「お待たせ、皆」


 じきにソールが走って外に出てくると、それに合わせて一行は歩み始めた。






 暫く歩き、村の外れまで来た時だった。


「……?」


 ヴァーノは、自分の頬に何かが降って来たのを感じた。空を仰ぎ見ると、その正体が分かった。


「まさか……」


 ヴァーノはすかさずソールとウォルへと視線を投げる。






 一方、村の田畑では、


「不思議な子だったけんど、また会いたいなぁ」


 クルトがソールの歩いて行った道を見つめていると、ポツリ、と自分の頬を何かが叩く感触が伝った。


「……?」


 ふと見上げると、空はどんよりと曇っており、雨が徐々に降り注いでいった。


「あぁ……」


 空を仰ぐ少年の口元は、自然と緩んでいた。

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