第99話 クルトという人

「久々によく寝たな~」


 翌朝、ソールは目が覚めると宿の外に出て軽い運動をしていた。キォーツの町では数々の騒動があったせいで十分な休息が取れず、この村までの道のりも野宿が続いていた為、伸び伸びとベッドで眠ることが出来たのは久方振りだったのだ。


「おっ、ソール君じゃないですかぁ」


 と、声を掛けてきたのは昨日出会ったクルトだった。


「あぁクルト君、おはよう」


「おはよう。こんなとこで何をしてるです?」


 クルトは不思議そうにソールに尋ねた。


「あぁ、こうやって人の居る所に来るのは久し振りだったから、ちょっと散歩しようと思ってね」


 ソールは咄嗟にそんな事を言った。しかし、それは彼の本心とは少し違うものだった。


「そですか。でも、ここらは辺り一面田んぼやら畑やらで、あんま面白いもんはないですよぉ」


「そんなことは無いよ。僕が居た街にはこんなに澄んだ空気なんて無かったんだ。それに、広大な田畑も、人が生活するために一生懸命築かれたものは、見ていて飽きないよ」


 ニッコリと笑顔を浮かべながら、ソールはクルトに言った。


「そっかぁ。いやぁ、ソール君は随分と心が綺麗な人だねぇ」


 そう言われ、ソールは顔を赤らめる。


「そんなことは無いよ。……あ、そうだ。昨日言っていたこの村の案内だけど、後で皆を呼んでくるから、頼めるかな?」


「もちろんだよぉ。……でも、どうして改まって?」


 クルトは小首を傾げた。


「報酬なんかじゃなくて、純粋に、君に案内をして欲しいからさ」


 ソールは低い塀に腰かけた。


「あの場での返答だけじゃ、君が対価をもらわなければ案内をしないなんて印象になり兼ねない。まぁ、僕の考え方一つなんだけどね。要するに、僕の気持ちの問題さ」


 そこまで言うと、ソールは目を閉じた。その間に何を思っているのか気になるクルトは、


「考えすぎじゃないかな」


 と、ソールを真っ直ぐに見つめた。


「別に僕はそんなつもりは無かったし、皆がそんな事を思ってるだなんて考えもしなかったぁよ。ソール君の優しさは分かったけど、ちょっと勘繰り過ぎじゃないかぁね」


「はは、よく言われるよ」


 苦笑しながら、ソールは言った。


「ともあれ、これで安心したよ。クルト君、君が案内してくれるなら、安心して任せられるよ」


「そんな大層な事は出来ないって。周りには田んぼくらいしか無い田舎だよ。そんなとこの案内なんて」


「それでも良いんだ。僕は、少しでもこの村の事を知りたかったから」


 ソールは立ち上がって言った。


「……どうして思うですか?」


 クルトが頭を掻きながら尋ねる。


「……君だけが、輝いていたから」


「……え?」


 唐突なソールの言葉に、クルトはきょとんとした。


「それってどういう事です?」


「言葉の通りだよ。この村は、疲弊していて暗い雰囲気だ。老若男女問わず、道行く人の眼には輝きが見られなかった。でも、そんな中、君だけが違った。一目見た瞬間気付いたよ。この子はまだ、『生きる』という事に意義を見出してるんだって」


「……そう言われると照れるですよ」


 クルトは照れくさそうに下を向いた。


「でも、この村はまだ終わってなんかいないです。だから、せめてボクだけでも明るくしていれば、いつかはそれが、村中を明るく出来るんじゃないかって思ったです」


 そう言うクルトの目には、一つの覚悟の色が浮かんでいた。

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