第96話 名もなき村
翌日、ソール達一行は草原を発った。果てしなく広がる緑に、コハルが目を奪われながらもルナに手を引かれ歩いて行く。
「初めてだな、こんなに広い景色を見るのは」
コハルがうっとりとした表情で呟く。それにルナは、
「そっか、コハルちゃんはあの町から出たことが無いんだっけ?」
「うん。……外の世界は怖かったし、お母さんからも『この町から出ちゃダメ』だって言われてたから」
「……そっか」
コハルの言葉に、ルナは目頭に熱いものが込み上げそうになった。
「……」
そんな二人の会話を、ウォルは俯き心ここにあらずといった様子で聴いていた。
(ウォルさん……昨日ヴァーノさんが言っていた、孤児の時の事を思い返してるんじゃ……)
一方、ソールはウォルの様子からそう推測を立てていた。しかし、少年には掛ける言葉が見つからず、ただそれを見ているだけだった。
「見たことの無い風景だったら、この先幾らでも見られるぞ。……ほら、早速だ」
と、ヴァーノの言葉に一同は視線を前方へと向ける。すると、遠くの方に村があるのが見えたのだった。
「随分と小さな村だな」
到着して早々、ヴァーノは周囲を見回して呟く。どうも村全体の規模が小さく、人の影もそれほど多くは見られない。
「ここじゃ物資の調達はしたくても出来ないか。まぁ、まだ十分にあるから問題では無いのだが」
「……」
そんな風に冷静に状況を口にするヴァーノに対し、ソールには別に思う所があった。
「どうしたの、ソール?」
それにいち早く気付いたのはルナだった。
「いや……この村、何か明るさが無いというか」
ソールの言葉でルナは辺りを見回す。
「そう言われれば……村の人達、笑顔が無いね」
ソールとルナの感じた通り、村の道行く人々の表情には活気というものが微塵も感じられなかった。
「この村は恐らく、困窮によって疲弊している。だからこそ、村の連中の顔にもそれが現れてるんだろうな」
ヴァーノは冷静に推測を立てる。
「おぉ、お前さん方、見かけん顔だが旅の人かね?」
と、年老いた男がソール達に声を掛けてきた。
「あ、はい。僕達、カシオズの街に向かっているんです。ここは何という所何ですか?」
ソールが老父に尋ねる。すると、
「おぉ、そうだったかい。そりゃご苦労さん。だが申し訳無いが、答えられんだよ」
「え?」
老人の言葉に不思議に思ったソールが、はてなと首を傾げる。
「何せ此処は、名前もない辺境の村だもんでなぁ」
ソール達は、一瞬老人が冗談で言っているのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
「此処は、王国に見放された、敗北の地なんだよ」
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