第95話 紅き男が語る過去

 ヴァーノは口から煙草の煙を吐いて、


「オレ達は、孤児だったんだ」


「え?」


 ヴァーノから思わぬ言葉が発せられ、ソールは驚いた。


「そんなに驚く事じゃない。オレ達『教会』の人間にはよくある話さ。孤児だった者は『教会』所属の施設に引き取られ、いずれは『魔導士』の候補として育成される。幼少期から『魔導』についてのあらゆる知識、技術についての教えを叩きこまれる。オレ達は、そんな所で育ったのさ」


 ヴァーノは再び煙草を口に咥える。


「まぁ、中にはそれが耐えられなくなって脱走する者も現れる。そんな奴らの行く末は想像に難くないが、今は良いだろう。オレ達は無事にこうして『魔導士』として認められ、『教会』の為にあらゆる事を成してきた。だが、そんなオレ達にある日、『教会』の大司教は難題を課した。……オマエは何だと思う?」


 意味ありげにヴァーノはソールに目線を飛ばす。ソールが答えるのにそう時間は掛からなかった。


「……僕が持っている、『時計』の回収ですか?」


「ご名答」


 フッ、とヴァーノは口元を緩めた。


「だが、正確には『教会』側もオマエが持っている事処か、その時計が何処にあるのかさえも把握していなかった。そのせいでオレとウォルは、果てしない王国領土を駆け回って探すしか方策がなかった」


 少年はその話をじっと聴いていた。


「当てもなく各地に言っては聞き込みをし、『時計』を探す日々を送っていたそんな時、一つの報告が『教会』に入った。それは、元々の『時計』の持ち主がジーフの街に居るのではないか、というものだった」


 その時、少年はピクリと身を震わせた。


「オレ達はすぐさまジーフへと赴いた。そして、あの星祭りの晩、オマエ達と出会ったという訳だ」


「……」


 ソールは少し考えてから、


「それじゃ、やっぱり貴方達は僕の持ってる『時計』を欲しがってるんですよね?」


 その問いに対し、ヴァーノは意外な反応を示した。


「あぁ、そうだった。……最初はな」


「え?」


 ソールはその言葉に、一瞬の戸惑いを見せた。


「それって、どういう……?」


「言葉の通りだ。そもそも、オレ達にまだその気があるのだとしたら、オマエ達に同行するよりも実力行使で奪う方が手っ取り早いだろう。だが、オレ達は現にオマエ達と行動を共にしている。この意味が分かるか?」


 ヴァーノは煙を吐く。その煙を目で追いながらソールは、


「……コハルちゃんの件、ですか」


「察しが良いな」


 ヴァーノはソールを横目で見ながら言った。


「キォーツで起きたあの娘の一件、それがオマエ達を追うオレ達の心象に、大きな影響を与えたと言っていい。オレ達は『教会』から、『あの時計は危険な代物だから早急に回収せねばならない』と言われた。その元々の持ち主が危険な人物だという事もな。だが、ここ最近のオマエ達を間近で見るに、そんな様子は一切見られない。それに『教会』にもたらされた情報元には不審な所がある。おまけにギルが動き出した事も踏まえると、どうにも『教会』の動きには不可解な点が多く見受けられる」


「……」


「だからこそ、オマエ達と共に行こうと決めた訳だ。もっとも、この方針に執着していたのは他でもないウォル何だがな」


 そう言い終えると、ヴァーノは煙草の火を消した。


「さぁ、夜の散歩は終わりだ。そろそろ寝ないと、明日の出発に支障が出る」


「……分かりました」


 ソールはコクリと頷くと、ヴァーノの後に付いて行き、皆の居る場所へと戻ったのだった。

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