第93話 夜風に語るは己の心

「さて、今日の所はこの辺で野宿でもするか」


 歩き疲れた一行の様子を見て、ヴァーノは言った。日が沈み切る前に一行が辿り着いたのは、広大な草原だった。


「……そうね。ここなら、見晴らしもいいし」


 ウォルは周りを見回して言った。


「前から思ってたけど、そんなに景色って大事なの?確かに綺麗な事には申し分ないけれど」


 ルナがきょとんとした表情で尋ねた。


「旅を旅行と勘違いしてないか?」


 ヴァーノは若干冷たい態度でルナに訊き返した。


「オレ達は飽くまでも『旅』をしてるんだ。いつ何時、新手の魔導士やら賊やらが襲って来ないとは限らん。だからこそ、オレ達は寝床を探す際には景色を重視するのさ。敵が来ても分かるようにな。ま、逆に敵に見つけられない様な遮蔽物がある所であれば尚の事良いんだが……」


 と、そこまで言ってヴァーノは目の前の少女の視線に気付いた。


「……何だよ」


「いや、いつも嫌味ばっか言ってる割にはちゃんと考えてるんだなーって」


「どういう意味だそれは!?」


 ヴァーノは拳を握り締め怒りの色を表す。


「まぁまぁ、二人ともそこまでにして。準備するよ」


 ソールはそんな二人の間に割って入り、どうにか宥めようとする。


「……チッ」


 仕方ないといった風に舌打ちをしながらも、ヴァーノは野営の準備に取り掛かった。






 夕飯を滞りなく摂った一行は、焚火を付けたまま就寝していた。


「……?」


 目を覚ましていたヴァーノは、そう遠くない所で物音がした事に気付き、徐に立ち上がる。


(何だ?敵襲では無さそうだが……)


 静かに、足音を立てずに物音のした方へと近づいていく。


「誰か居るのか!?」


「ひゃい!?」


 ヴァーノの声に驚き、飛び上がったのはソールだった。


「何だオマエか。こんな時間に何をしてる?」


 ヴァーノは腰に片手を当てて、呆れた様子で尋ねた。


「……夜の散歩、といったところでしょうか。騎士団の皆と旅をしていた時、夜風に当たりながら『ある人』と一緒に歩いたことをふと思い出したんで、つい……」


 と、ソールは何故か申し訳無さそうな様子で言った。


「……そうか」


 ヴァーノは、ソールの不用心な行動を特に咎めることなく、ただ夜空を仰いだ。夜空には寂し気にたった一つの星が瞬いていた。


「あの、ヴァーノさん」


 と、ソールがヴァーノに声を返す。


「何だ?」


「昼間の話、なんですけど……」


 ソールはそう言いながら、眠っているルナたちの方へと視線を向ける。そこからでは茂みなどの遮蔽物で見えなかったが、彼女達が起きてこちらに来るような様子では無いことは分かった。


「騎士団の皆をどうして助けなかったのか、という話です」


「何だ、オマエもやはりルナのようにオレを咎める気になったか」


 ヴァーノは怒ることなく、少年の声を聴いていた。


「いえ、違います」


「……?」


 一呼吸置いて、少年は口を開く。






「貴方も、本当は助けたかったんじゃないですか?」

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