第88話 夕闇に轟く声

「ウ、ウォルさん!?どうして、ここに……?」


 ソールは眼の前の人物の正体を知った途端に驚愕した。いつも陰で情報を教えてくれたり忠告をしてくれたりしていたのが、今回に至っては直接的な乱入だ。それまで頭を過ぎった瞬間、今までと事情が違うということを少年は悟った。


「……私が来たかったから。ただ、それだけ」


 ウォルは照れくさそうにそっぽを向きながら言った。すると、


「お前達の事を助けたかったんだとよ」


 遠くから歩いてくる男の声がした。それは、ウォルと共に行動している魔導士ヴァーノだった。


「お前達の前に姿を見せてからずっと、コイツはお前達のことを庇うような事をずっと言っていた。だから、いっそのことお前達に乗ってやろうって話してたのさ」


「……」


 そう言ったヴァーノに対し、ウォルは顔を赤らめ恥ずかしそうにしながら俯いていた。


「ずっと、気に掛けてくれてたん、ですか?」


 息絶え絶えにソールはウォルに訊いた。すると、


「今は、君が苦しそう。だから、落ち着いてから、ね」


 と、ウォルは少年を気遣う態度を取った。それに対し、


(僕のことを思っての言葉だって、分かる。この温もりは、本物だ)


 ソールはそんな中でも頭の中でウォルの行動の一つ一つを汲み取ろうとしていた。


「お前ら、何をやってるんだ!?」


 その時、一つの怒声が遠くから聞こえた。一同がそちらを向いてみると、そこには一人の男が立っていた。


「あれは、コハルちゃんを閉じ込めていた……」


 ソールは男を見た瞬間、立ち上がろうとした。しかし、ソールの身体はうつ伏せで倒れた状態から力が上手く入らず、その試みは叶わない。


「ふん。やはりここまで来たか。差し詰め、妻がこちらに来たということを嗅ぎ付けて追って来たといった処か」


 ヴァーノは冷静に推測を立てる。そして、川の側でぐったりと横たわっている女の方へと視線を送った。


(成程、流石に自分の妻を傷付けられて激昂しているのか)


「よくも、よくもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 そう叫びながら、男は遠くから走って向かってくる。


「妻が倒れているのを見て全てを察したんだろう。もっとも、自業自得の極みだが」


 呆れた様子でヴァーノは言う。その間にも、男はソール目掛けて血眼で走って行く。


「このガキがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 先程出会った直後の様子ではとても考えられないような鬼の形相を浮かべる男。ソールがよく見ると、男のその手にはナイフが握り締められていた。


(ダメだ、動けないっ……)


 少年は逃げられないと悟った直後、眼を瞑り覚悟を決めた。しかし、一向に男の一撃はやって来ない。


(……?)


 ソールは恐る恐る眼を開ける。すると、男は炎の壁に囲まれ、身動きが取れない状態に陥っていた。


「ったく、手間を掛けさせるなよ」


 ヴァーノの声に気付きソールがそちらを向くと、ヴァーノが煙草に火を付け、口に咥えながら辟易へきえきした態度で左手を前にかざしていた。


「ぐ、このっ!?」


 男は周囲の炎をかき消そうと腕を必死に振るう。しかし炎はより一層男の安全圏を侵し、迫って行く。


「自分の罪の業火に身を焦がしながら、塵芥と化せ」


 ヴァーノはそう言うと、翳した掌を握る。それに合わせて炎は男を包み込み、渦となって焼き尽くそうとする。


「うおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 炎の明かりで照らされた夜空に、男の叫び声が木霊する。

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