第85話 迫り来る魔の手

 少女は男の家を飛び出した後、必死に夕暮れの町中を駆け回っていた。


(ソールが稼いでくれた時間、無駄には出来ない……!)


 ルナはコハルを背負いながら、どうにかして追っ手から逃げ切る方策を考える。


(でもどうしよう……。この町の人達はコハルちゃんのことを疎ましく思ってる。きっと、匿ってもらうだなんてことは出来ない。でもこのまま走って逃げ切るなんて、コハルちゃんをおんぶしながらじゃ到底出来ないじゃない……!)


 そんな時だった。


「待てぇぇぇぇぇぇ!待つんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 と、後ろから叫ぶような声が少女を耳に入る。


「もう追って来たの!?」


 ルナの鼓動が早くなる。捕まればコハルは再びあの暗い部屋に監禁され、自分達も只では済まないだろうということを少女は理解していた。


(そんな事させない。何とかしなくちゃ、でもどうやって……?)


 一層の覚悟を決めたその時、


「ルナ、もう、いいよ」


 と、ルナの耳元で囁く声があった。それは意識を取り戻したコハルの声だった。


「いいって、何が?」


 ルナは走りながらもコハルの言葉を聞き返す。


「……私が大人しくしてれば、ルナ達は無事で帰れる。見逃してもらえるように話してみる。だから、私の事なんて放って、二人だけでも逃げて……」


 その声は、微かに震えていた。


「……ふざけないで」


 自分よりも小さな少女の声を聴き、ルナは怒りを混じらせながら言った。


「私達は、アナタを守る為にここに居るの。ソールだって、最初はすれ違っちゃったけれど、やりたいと思う事は一緒だった。それにね、コハルちゃん。アナタは私達に約束してくれた。もうイタズラなんてしないって。だったら尚の事、ここで引き下がる訳にはいかないわ。ソールだってそう言うはず。だから、私はアナタを守るって心に決めたの。今更、アナタを置いてなんて行けないのよ!」


 そう言った少女は込められる限りの力で、自らの足を速める。


(……ルナ達は、本気の本気で私を助けてくれようとしてる。だったら……)


 背負われた少女は先程の自身の言葉を改め、新たなる覚悟を決める。


「お願い、私達を助ける力になって……!」


 そう呟いてコハルは手を組んで祈るように目を瞑った。そして次の瞬間、振り向いて左腕を伸ばした。


「行って!!」


 すると少女の掌から魔導陣が浮かび上がり、そこから幾つもの火の玉が生み出された。そしてその火の玉は追っ手の男の周りを取り囲んだ。


「何っ!?」


 幾つもの火球に男の足が止まる。


「くそっ、邪魔なんだよ!」


 男は火の玉を必死に振り払おうとするが、纏わりつく形で火の玉が揺らめき、男の行く手を阻む。


「今だよ、ルナ!」


「分かった!」


 男が火の玉に気を取られている内に、少女達は走って遠ざかって行くのだった。

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