第84話 捕らわれの少女

「ひ、酷い……」


 コハルの現状をその眼で見たルナは思わず声を漏らした。


(こんな所に監禁されてたのか……。それより、早く拘束を解いてあげないと)


「……頼むよ」


 そう呟いたソールは懐中時計をその手に握り、前に掲げた。すると時計は光を帯び、それに呼応するかのように少年の身体の前に魔導陣が浮かび上がった。次の瞬間、少女の手足に着けられていた拘束具がひび割れ、コハルは解放された。少女の身体が手前に倒れそうになるのを、ソールが走って抱き抱えた。


「コハルちゃん、しっかりして!」


 少年は気を失っている少女に必死に声を掛ける。すると、


「……う、うぅん」


 捕われていた少女はゆっくりと目を覚ます。


「こ、こは……?」


 コハルは意識がはっきりとしないのか、ぼんやりとした様子で辺りを見回している。


「説明してる暇は無いんだ。急いでここを出よう!」


 と、ソールが口早に言った時だった。






「そうはさせないぞ」


 階段の方から声が聞こえた。ソール達がそちらの方に振り返ると、そこには先程の男が立っていた。


「どうやって鎖を壊したのかは知らないが、その子は僕の人生を変えるのに必要な存在なんだ。不思議な力を使って町を騒がしているのはこの間聴いたものでね。だから、その子が居れば僕はこの町で特別な存在になれるんだ。返して貰えないかなぁ?」


 男の声には若干の怒りの感情が見て取れた。それに対し、


「そんな勝手なことはさせない!この子は、やっと自分に向き合えるようになったんだ。これ以上、大人達の勝手な戯言に巻き込んでいいはずがない!!」


 と、ソールは強く言い放つ。


「……ルナ、何とかして僕が隙を作るから、コハルちゃんを頼んだよ」


 少年は隣に立つ少女に耳元で囁き、抱き抱えていたコハルの身を渡した。


「ソール……分かった。気を付けてね」


 と、ルナもコハルを自身の背に乗せながらソールに囁き返す。


「……よし」


 ソールは覚悟を決め、懐中時計をポケットに仕舞い込んで、足を一歩だけ後ろに下げる。


(この狭い場所じゃ、時計の『魔導』を使えば何が起こるのか分かったもんじゃない。さっきのは僕の意思で枷を外せたみたいだけど、いざ攻撃に使ったならルナ達を巻き込んじゃう可能性だってある。だったら……)


 次の瞬間、ソールは全力で走って男の方へと進んで行った。


(だったら、体当たりあるのみだっ!)


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 叫びながら、ソールの身体は男に直撃した。


「がぁ!?」


 勢いで後ろの壁に激突した男が痛がる声を上げる。そして男の体勢は蹲るような姿勢になった。


「……!今だ、走って!!」


 反動で身体に痛みが走ったが、ソールは必死にルナ達に逃走を促した。


「早く!!」


 突然のことに驚いたルナだったが、ソールの叫びで我に返り、コハルを連れて階段を上って行った。


「くっ、この……離れろ!」


 少女達に逃げられ、声を荒げた男はソールの腹目掛けて足蹴りを放ち、少年を自分から突き飛ばした。


「がはっ……!?」


 腹の痛みに少年は手で押さえ、うずくまる。


「ったく、何してくれてるんだよ君はぁ!」


 男はそう吐き捨てると、ルナ達を追って階段を上っていく。


「ま、待て……」


 ソールは痛みに悶えながらも、階段に向かって這って行くのだった。

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