第75話 少女の渇き

 ルナがコハルの家の門戸を叩く。


「……どうぞ」


 中から少女の声がした。ルナとソールは誘われるままに中に入る。


「また貴方も来たの?」


 ソールの眼前に立った少女は、少し嫌そうに眉をひそめていた。


「そんなこと言わずに、ね。よしよし」


 そんな少女の表情を見て、少しでも和らげようとルナがコハルの肩を優しく撫でる。


「……」


 すると少女はふっくらと頬を膨らませた。少女の中では不満そうに振る舞っているつもりだったが、人形のように着飾った容姿も相まって少女の可愛らしさを増長しているようにしか、ソールには見えなかった。


「まぁ、来てしまったのなら仕方ないわね。どうぞ、上がって」


 と、少女はソールに中に入るように促した。


「じゃ、じゃあお邪魔します」


 多少の居心地の悪さを感じつつも、ソールは家の中へと入って行った。


(何はともあれ、中に入れただけで一歩前進、かな)






 家の中に入ると、ソールとルナは出された紅茶を飲んでいた。


「それで、今度は何の用?」


 少女コハルは椅子に腰かけて二人に尋ねる。


「単刀直入に言うよ……もう、町で騒ぎを起こすのは止めるんだ」


 ソールは至って真剣な顔で眼の前の少女に向けて発した。すると、


「……何それ?またその話なの、冗談でしょ?」


 対する少女は相手にもしていないと言うように、クハハハと笑った。


「冗談なんかじゃないよ。僕は真面目に言ってるんだ。君の為にも」


 その言葉に、コハルはピクリと反応を示した。


「……それはどういう意味?」


 その時、ソールはしまったと思った。眼前の少女には、先程の魔導士達との会話を話していない。そもそも、話すことの出来る内容ではない。まして、それが勘付かれて少女が自身の行く末を知ってしまったら、それこそ何が起こるか分からない。ソールはそう考えた。


「……前にも言った通り、君が使っている『魔導』というのはとても危険なものなんだ。だからこそ、君には使って欲しくない。君を危険な目に遭わせたくないんだ」


 語ったことに隠し事はあったが、しかしながらそれはソールの本心でもあった。


「……」


 その心が伝わったのか、コハルは少しの間静かに考え込むような素振りを見せた。そして、


「なら、貴方達は私の渇きを潤せるの?」


 コハルは俯き、静かに呟く。その表情に現れているのは怒りか憎しみか、はたまた悲しみか、ソールには定かではなかったが、


「……助けるよ、僕は」


 少年は静かに立ち上がり、少女に手を差し伸べた。


「昔、似たような境遇の子と逢ったんだ。その子も孤独だった。いつも強がっていたけれど、その瞳には悲し気な色が僕には見えたんだ。だから、僕は手を伸ばした。……詭弁きべんだって言われてもいい。偽善だって嘲笑わらってくれてもいい。ただ、これだけは分かって欲しい。君はもう、一人なんかじゃない。ルナが居る。そしてその傍には僕だって居る。だから、こんなことはもう止めにして、笑って過ごせる明日を迎えようよ」


 その言葉に感化されたのか、少女は少年の手を取ろうとする。その時、






 バリィィィィィィン、と窓ガラスが壊れる音がした。

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