第70話 少女の心の翳り

「それで、どうして二人は知り合ってるの?」


 コハルの家の中に招き入れられたソールは、ソファに座りルナとコハルに向けて内なる疑問を投げかけた。


「切っ掛けは、あの夜……ソールが私を呼びに来たっていう夜のことよ」


 そう口火を切ったのはルナだった。


「私が夜風に当たるために外に出たら、この子が居たの。最初は何をしているのか分からなくて、『こんな夜中に出掛けちゃ危ないよ』って声を掛けるつもりだったの。……でも」


 ルナは一息置いた。


「その後、火の玉が現れて、すぐに誰かの大きな声がして、私はこの子が関係してることに気が付いたの。だから、こんなことはよくないって言うために後を追ったの」


(僕がこの子を追いかけようとした時、もうルナはこの子を追っていたのか)


 と、ソールは自身の中で解決する。


(ということは、最後に見かけた影はルナだったのか)


「それで追い着いた私は、この子に色々を訊くことにした。……何であんな所に居たのか、何をしていたのか、どうしてそんなことをしていたのか……をね」


 ルナは少し下を向くと、何かを決したように、


「さて、ここからは私よりも本人の口から言った方がいいかしらね。……コハルちゃん、出来そう?」


 そうして横に座るコハルにルナが声を掛けると、コハルはコクリと静かに頷いた。


「……分かった。話す」


 コハルはソールの目を見て、


「私は、両親がもう居ないの」


 重い言葉を一生懸命紡ぐ。その言葉に、ソールは眼を大きく開いた。


「お父さんもお母さんも、出稼ぎに行ったっきり帰って来ないの。それで周りからは『お前は捨てられたんだ』、『疫病神だ』って言われてきた。……こんな小さくて静かな町だけど、私には居場所なんて無かったの」


 そう語る少女の口元には薄っすらと悲し気な笑みが浮かんでいた。


「そんな時、この町にやって来た『まじない師』の人が、私にお呪いを教えてくれたの。元気になるお呪いだって言われたわ」


 コハルは自分の手の甲をソールに見せた。


「……それは!?」


 少女の手を見たソールは驚いた。そこにあったのは、かつて対面したことのある魔導士ヴァーノの手に刻まれていたものと酷似した紋様だったからだ。


「『魔導陣』って言うらしいけど、私にはよく分からないの。でも、これを描いて手を翳すと、『お友達』が出てくるの」


 そう言って、少女は掌を虚空へとかざす。するとそこから青白い火の玉が現れた。


「この子達は言葉も話さないし、私を傷つけない。だから、この子達が居ればそれで私はいいの」


「……それで、今まで助けてくれなかった町の人達に悪戯をしてたってことか」


 少女の言葉を遮り、ソールが言葉を口にする。


「でも、だからって関係ない人まで巻き込んですることじゃないよ。それに、君は知らないだろうけど、『魔導』はとても危険なものでもあるんだ。だから、こんなことはもうめようよ」


 ソールは考え得る限りの言葉で少女を説得する。立ち上がり、少女に近づく。しかし、


「……何も知らない癖に」


 コハルは椅子から立ち上がり、


「何も知らないのに、私に説教しないでよ!!」


 叫び、ソールをドンと両手で押して遠ざける。


「帰って。……帰ってよ!!」


「コハルちゃん……」


 その眼に涙を浮かばせた少女に、ソールは掛ける言葉が見つからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る