第54話 何が為の力か

 ソールの思考は、深い深い水底にあるようだった。土巨人の攻撃が迫る刹那せつな、頭の中に響く少女の声と自らの心の声に心身を浸していた。


「僕の、望む力……」


「そう。貴方の望む力は、どんな力?」


 ルイーナの問いかけに、逡巡する。


「僕は……」


「貴方が力を欲するのは、何の為?」


「僕が望むのは……」


 ソールは一度目を閉じて、自分の心と向き合う。そして、


「ルナを、誰かを守る力が欲しい!」


「そう、それが貴方の答えなのね。なら、その為に自分を奮わせなさい」






 土巨人の大きな拳が少年の身体を捉える寸前。


「……!」


 少年は目を見開き、懐中時計を前に翳した。






 すると、懐中時計から光が溢れ、その直後巨人の腕が瓦解して行った。


「……分かったよ、ルイーナちゃん。僕が、どうして力を使えなかったのか」


 先程の臆病な眼とは打って変わって何かを振り切ったような鋭い眼でソールは眼前の巨人を見据える。その眼は、普段の澄んだ青色とは異なり金色こんじきに輝いていた。


(僕に足りなかった物……それは勇気だ。相手と対峙するのが怖くて、得体の知れない力を秘めた時計が怖くて、ずっと臆病に震えていた、そう思い込んでいた。でも、違ったんだ。本当に僕が怖かったのは、力を振るうことで僕自身が変わってしまうこと。誰かを、ルナを傷つけることだったんだ)


 少年は自分の中で一つの答えを見出した。


(だったら、僕が変わらずに、強くなればいい。僕のままで、変わればよかったんだ!そして……この力は)


「僕は、ルナを……誰かを守るためにこの力を振るう!」


 再びソールは手にした時計を前に掲げる。時計からは眩い光が放たれ、それに触れた土の巨人はその姿を保てなくなり、崩れ去って行った。


「……!」


 ギルは再び土の巨人を生み出そうと地面に手を当てる。


「させない」


 その動作に見られた僅かな隙を、ソールは見逃さなかった。ソールはギルの居る方へと走って行き、どんどんその距離を詰めていく。


「その時計の力は知ってるの?」


 その最中でも、少女の声は少年の頭の中に響いていた。


「知らないよ、でも、分かるんだ」


 少年は不思議と自分の感じたまま、時計を左手で強く握り締め、勢いよく高く跳んだ。


「僕は魔導士なんかじゃない。でも……」


 少年の身体は宙へと高く舞い上がる。まるで見えない翼で羽ばたく鳥のように。


「こんな僕でも、戦うことは出来る!」


 ソールは右腕を勢いよく自分の前に突き出す。その直後、懐中時計が強い光を発し、ソールの右の掌から幾何学模様の円が宙に浮かび上がる。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 ソールの叫び声に呼応するように、円から大量の水が勢いよく巨人に向かい流れ込む。


「……!」


 それに巻き込まれるようにして、ギルは巨人と共に流されていった。

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