ショートショート「記憶屋2」
あめしき
第1話
ちょっとした路地を入ると、見慣れた店構えが目に入った。そして店の前にはおかしな看板。当たり前の様に「記憶売ります、買います」の文字が書かれている。俺はまた記憶屋を訪れたのだった。
以前この店に来た時、記憶を売って100万円もの売却金を手に入れた受けまでは良かったが、結局俺は、10万円も高い金額で自分の記憶を買い戻してしまった。その記憶は何てことのないくだらない記憶だったのだが、すっぽりと抜けた記憶が気になって仕方がなかったのだ。
実はその後も、俺は何度かこの記憶屋を訪れている。「どうせくだらない記憶なんだ」と自分に言い聞かせてみたものの、どんな記憶を売ったのか分からない感覚は耐えがたいものだった。結局また売った記憶を買い戻して十万円の損をしている。
そこまで分かっていて、なぜ俺はまたこの店を訪れているのか? 今回の俺には秘策があるのだ。この秘策を使えばあの店主から金をせしめる事が出来るはずだ。
「いらっしゃいませ」
「やあ、久しぶりだね」
「どうも、もう常連様ですね」
木の匂いが漂う店内で、いつも通りの若い店主が軽く笑う。くそう……常連と言うほどは来ていないだろうに、嫌味な奴だ。だが今に悔しがらせてやる。なにせ今回の俺には秘策があるのだから。
「常連か。ああ、そうだね。それで、今日も記憶を買い取ってもらいたいんだけど」
「はい、毎度ありがとうございます。どんな記憶でも買い取りますよ」
「どんな記憶でも、ね……」
俺はしてやったり、と思った。今度は俺が笑う番だ。俺は前々から考えていた台詞を口に出した。
「そうかい。じゃあ『今日ここで記憶を売った』という記憶を買い取ってもらおうか」
「なるほど……」
店主が感心したように呟く。俺は心の中で、さあどうだ、と叫んだ。
そう、これが俺の秘策なのだ。記憶を売ったという記憶自体を買い取らせれば、どんな記憶を売ったかと気にして買いなおす必要も無い。俺は記憶を売った金だけを手に入れて帰れると言うわけだ。
俺は余裕の笑顔で店主の返事を待った。
「分かりました。買い取りましょう」
店主はやけにあっさりと承諾した。店主の悔しがる顔が見たかったのだが、まあ仕方がない。作戦自体は成功のはずだ。俺はこれまでと同じ様に記憶を売った。
それから行きに通ったのと同じ路地を歩いて、表通りまで戻ってきた。
だが、記憶屋がある路地とは違って賑やかな表通りを歩いていると、ふと違和感を覚えた。
何かが変な気がする。何が……? ふと、サイフを見てみた。中には、家を出た時と同じく一万円札が二枚だけ。
「いや……それは別に変じゃないよな」
そう呟きながらサイフをしまう。別に何かを売った覚えなんてないから、金が増えてないのも当たり前だ。
「まあ、いいか」
そんな事より、今日は記憶屋に行くつもりだったのだ。俺は見慣れた路地に入っていった。今回の俺には秘策があるのだ…。
(了)
ショートショート「記憶屋2」 あめしき @amesiki
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