第6話
今回少々短めですがご容赦を。
ブルボン共和国が犯した最悪の手、それは大陸暦1940年のノルデン侵攻だったろう。
たしかに、ブランデンブルク攻防戦において我々はノルデンを屈服されることに成功した。しかし、それの代償に我らはあまりにも多くのものを失った。
1700年代の革命と、それにつながる160年にわたる四代の軍事皇帝による独裁時代、さらに加えれば四代皇帝崩御とその後の内戦――現在の共和国開闢までの苦闘を知る世代が消え去り、変わってブルボンを支配したのは、大陸を蹂躙したグランダルメの不敗神話や、皇帝の輝かしい業績を聞いて育った世代だ。
お陰で、帝政時代の政治屋達の塗炭の苦しみを、かの英雄タレラン外相と、外交官としての皇帝達の苦闘を知る我らのような良識派は国賊呼ばわりされる始末。今思えば、私はブルボン共和国の首脳部にとってはグレキア神話のカッサンドラだったのだろう。
ブルボン共和国が今のような状況――ノルデン連合帝国の経済的属国になる事を叫ぶ、悲劇の予言者に。
私が気づいた時には、全ては始まった後だった。
その時に私があの様な事に手を染めたとて、当事者の誰が私を責められようか。
…それの結末が、たとえ祖国の属国化だとしても。
×××××・×××××退役元帥回顧録より
闇市で日用品を買い込み、ゆっくりと家に戻る帰り道、
「おや、そこにいるのはアルテンブルク卿ではないか?」
2人はとある男に捕まった。
「ええ、私がランベルト・フォン・アルテンブルクですが、なにか御用で…も…」
「久しいな。あの条約の締結以来になるか?時の流れというのは早いものだな」
「ええ、覚えておりますとも。
レオナール・ラサーニュ中将閣下」
1939年型のフィールドグレーの上衣と黒い外套で身を包み、見るからに高そうな葉巻を指に挟んだ40代ほどの男の名はレオナール・トリスタン・ド・ラサーニュ。
滝のような顎髭と、年季を感じる総白髪、そして力強い灰色の目が特徴的だ。
先の南方戦役において、『オーデルの護り』作戦に対するカウンター、『バイエルン反抗』を成功させ、帝都ブランデンブルクを攻略したブルボン軍きっての英雄であり、当時ノルデン側で名将の呼び声高かったランベルトのライバル的な存在である(と、外野は勝手に思っている)。
「…それでは、私は急いでおりますので」
「オイオイオイ、つれないことを言うな。久しぶりの好敵手同士の再開ではないか!そちらのマダムも…っと、君、ようやく女を捕まえたのかね?」
「勘違いしないでいただきたい。彼女はただの私の知り合い「えっ」……古なじみ「は?」………友人の「むー…」、セシリア嬢であります。六年前に死別したものとばかり思っていたのですが、昨日ようやく再開した次第で。それと、小官は閣下の好敵手などではございません。」
唐突なビッグネームの登場に若干混乱するセシリアではあったが、落ち着いて自己紹介をするだけの神経は残っていた。
「っと、すいません。私はセシリア・エーステレンと申します」
「ブルボン陸軍中将にして、本国より伯爵位を賜っているレオナール・トリスタン・ド・ラサーニュだ。エーステレンと言うと…もしや?」
「ええ、分家筋の末席ですが。どうぞよしなに」
「それはそうと、何の用で私に話を?これ以上用事がないなら、こんな寒空の下で立ち話をする道理もないのですが?」
プチ社交界の雰囲気に耐え切れなくなったランベルトが逃げを打つが、しっかりとラサーニュに退路をふさがれる。
「そう言うな。せっかくだし角のパブで一杯やっていこうではないか。どうせ、貴様も暇なのだろう?寒空の下突っ立っているより、温かい室内で話そうではないか」
「ぬぐっ…わかりました」
ランベルトが根負けしてラサーニュに従うのならば、自動的にセシリアはランベルトについていく。かくして、3人は公邸とは反対方向に大通りを歩き出すのだった。
「こんなところに酒場なんてあるのですか?」
「昔は知らんが、今はある。私の行きつけだ、味は保障するぞ?」
帝都7番街は、皇宮を中心に北から時計回りに区分された12の地区のうち、南端に位置する地区である。
かつては高級住宅街や貴族らの別邸、皇帝の離宮などが整然と並び立ち、ノルデンで最も美しい街として鳴らした同地も、今では焼け焦げてあちこちへこんだ石畳、そして建物の残骸がその残滓を伝えるばかり。
なまじ裕福なエリアだった分、攻防戦終結後にはブルボン兵による略奪が最も横行した地区でもあった。
そんな残骸だらけの7番街で、ほとんど唯一といっていい形を保っている建物から、一筋の明かりが漏れ出ていた。
「よう、マスター。今日は客を連れてきてやったぞ」
「ほう。果たして誰が来るのでしょうか……っ!?准将殿!」
ラサーニュに続いてのっそりと入店したランベルトを迎えたのは、共学と歓喜が交わった男だった。
背丈はランベルトより一回り小さく、端正な顔つきにもっさりと無精髭を生やしていし、燃えるような赤髪と緋色の瞳が目を引く。
荒れ果てた手の中から、磨き上げられたグラスが滑り落ちる音が響いた。
「エーベルハルト?エーベルハルトか!?なんだ、生きてたのなら一筆でもなんでも言ってくれよ!師団長と一緒に死んだものだとばかり…」
「申し訳ありません、つい最近までオーデルハイムの捕虜収容所にいたもので…准将殿こそ、元気そうで何よりです」
事情が呑み込めないセシリアは、すり寄るようにラサーニュに近づいた。
「あの…この二人ってどんな関係なんですか?」
「私にもわからん。大方、古なじみの戦友同士の再会だろう。
4年越しの思わぬ再会を喜ぶ男衆を、セシリアとラサーニュは生暖かい目で見守るのだった。
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