第3話

 ランベルト・フォン・アルテンブルクにとって、旧ノルデン北方軍第6歩兵師団における軍歴は一言でまとめるならば『失意』である。


 南方戦役最序盤、ノルデン軍の防衛体制がまだ整い切っていなかった頃の北部方面軍は、大陸軍がオーデル川へ到着するまでの時間稼ぎをするための、いわば足止め用の部隊だった。

 ノルデン陸軍と空軍の参謀達は、オーデル・ラインの万全を期するために北方方面軍65000人の犠牲を許容したのである。

 その中でも第6歩兵師団は国境沿いの最前線に配置され、北方方面軍が所有する砲兵師団や機甲師団等の重装部隊や、多種族からなる特殊部隊などの貴重な物資・人材をオーデル川に送るために、北岸の大都市オーデルハイムに立て篭もって時間を稼ぐ任務を与えられた。

 士官学校を開戦の二月前に卒業し、北方方面軍に送られたランベルトは、町医者としての経験と生来の肝っ玉の太さ、そして人並み以上の指揮能力を買われ、数週間を准尉として過ごしたのちに、異様なスピード出世で少尉に昇進。第6歩兵師団の衛生分隊長として地獄に放り込まれることとなった。青年ランベルト、21歳の夏である。


 さて、開戦劈頭に数万のブルボン軍に包囲されたオーデルハイムの第6歩兵師団だったのだが、すぐに陥落するだろうと言うブルボン軍司令部の、あるいはもって数週間だろうと言うノルデン軍司令部の想定を裏切り、数倍の敵を相手に大立ち回りを演じていた。

 地下水道を通ってゆっくりとではあるものの確実に弾薬や食料の類は供給されているし、ブランデンブルク兵器工廠謹製の大口径歩兵砲や機関銃、迫撃砲などを大量に抱えこんでいる。何より、限定的ではあるが、オーデル川防衛軍の最大射程30kmを誇る重野砲による射程の暴力を駆使した援護射撃まで得られるのだ。当然と言えば当然である。


 淡々と攻勢を受け流していくうちに練度がメキメキ上がって行き、両軍の司令部が気付いた頃には、空軍部隊の独断によりコンクリートや土嚢用の麻袋、果てはアウスグライヒのハリネズミチェコのハリネズミに至るまでの物資が空輸されていたこともあり、オーデルハイムは半径5キロの難攻不落の要塞と化していたのだった。しまいには司令部との通信で冗談を飛ばすまでに成長した第6師団を見て、ノルデン軍も腹を決めたらしい。


『オーデルハイムに残り抵抗を続ける部隊を救出せよ!』


 参謀本部は半年以上の攻防戦ののち、航空艦隊から急降下爆撃隊を、陸軍から重砲部隊を引き抜きオーデルハイムの外縁部に急降下爆撃隊と砲兵を用いて猛攻を加え、周囲を平原に戻すことで限定的ながら包囲を解除。

 資材を集積して一気にかけられた船橋を夜間に通り、第6師団は中央軍との合流を果たした。激烈な市街戦を圧倒的優位の元に戦い抜いた彼ら自身や彼らの残した戦訓は参謀本部にフィードバックされ、後のブランデンブルク攻防戦で大いにブルボン兵を苦しめたという。


 それだけならばごく当たり前の英雄譚であろう。だろう。しかし、この華麗なる脱出劇にはとある部署から猛烈な反対が巻き起こった。

 攻防戦中期、衛生少尉の身ながらドサクサ紛れで歩兵中隊を率いて都市外郭の陣地を守るハメになり、それをキッカケに昇進を重ね、幕僚会議においがても一目置かれるほどになっていた男。当時はまだ貴族位を持っていなかった、ランベルト・アルテンブルク大尉と、その率いる衛生兵たちである。


『オーデルハイムに残った民間人はみな負傷者ばかりだ。彼ら、彼女らを見捨てて軍人だけで逃げ出すことは、ノルデン軍の軍規にも明記されている通り絶対に承服しかねる!』


 当時のノルデン軍は言ってしまえば針の代わりに重機関銃や野戦砲で武装したヤマアラシであり、陸海空問わず軍規も民間人の守護を重視するものになっていた。

 必要とあれば軍務よりも人命救助を第一とする事を認められているノルデン軍衛生兵ならではの反論である。

 しかし、精鋭化した貴重なベテランを何としてでもオーデル川防衛線に引き抜きたい参謀本部はこれを拒否。陸軍部隊による脱出は強行されることになった。


『オイ、聞いたか?軍の連中は俺らを見捨てて行くつもりらしいぞ?』

『やっぱりか…大尉さんはどうしたんだ?』

『ランベルトさんなら衛生司令部の方に行ったよ。なんでも、何か考えがあるんだと』


 しかしランベルト達衛生兵は一計を案じ、第6歩兵師団の渡河より少し遅らせたタイミングで、本隊を囮に引き揚げを行う補給部隊に紛れて渡河することを考えた。指揮官である准将は、


『…いいか大尉、民間人の渡河は許さん。衛生兵165名のみで補給部隊に同行し、負傷者を連れて夜陰に紛れて渡河せよ。いいな?』

『ハッ。命令を受領いたしました。只今より衛生兵部隊は別動隊としての行動を開始いたします』


 第6師団に属する衛生兵は100名、彼らが看病を続けている民間人は65名。師団長は、民間人の渡河を許したのだった。

 しかし、本当の悲劇はここからだったのだ。


『探照灯、照射されたぞ!』

『全船、対砲撃回避行動!何としても負傷者を対岸に送り届けろ!』

『砲兵隊は航空艦隊が黙らせたんじゃなかったのか!?』


 空爆と砲撃の嵐を偶然生き残った砲兵部隊が、たった165名の船団を本隊と勘違いして砲撃を開始。ランベルトの計算には、ブルボン側砲兵の精度の悪さは含まれていなかったのだ。

 15隻いた舟艇のうち、4隻が川の藻屑と消えた。


『イヤッ…大尉さん!!!』

『セシリア!?クッソ、摑まれェ!』

『ダメです大尉、あなたまで流されてしまいます!!』


 砲撃は船団が対岸までたどり着いてからも続き、165名いた脱出組は125人にまで減っていた。

 犠牲者は、民間人が大半を占めていた。

 ランベルトが何くれとなく世話を焼き、彼によく懐いていた猫人族の少女も、揺れる舟艇から投げ出され行方不明になっていた。


 そして、失意のうちにランベルト率いる衛生兵分隊と民間人の生き残りはオーデル川の大陸軍と合流し、ランベルト自身は一時的に前線を離れ、帝都ブランデンブルクにある軍大学へと送られたのだった。




「しかしその少女は偶然生き延び、7年後にこうして再会を果たしたのでしたっと。驚きました?」

「ああ、驚いた驚いた。まさか、あの時のチビッ子が生きてたとはなぁ。人間、諦めずに生にしがみついてみるもんだよ、お互いにな」


 赤々と燃える暖炉の前で、防寒着替わりの予備の軍用コートを羽織りながら、久方ぶりに再開した少女と青年――セシリアとランベルトは黒く苦い液体を啜る。


「うっ…これ、ホントにコーヒーなんですか?」

「分からなくはないが、少なくとも数年前からノルデンじゃコーヒーだったらこれのことだ。諦めてくれ」


 コーヒーモドキをカンパンで流し込みながら、2人はゆっくりと話し始めた。


「それにカンパンって…流石に焼け野原でも准将さんならもうちょっといいもの食べられるんじゃいんですか?」

「よくもまぁ俺の今の階級まで知ってるもんだ…お望みとあらばKKパンを出してくるが?」

「すいません流石に私が悪かったです何でもしますからあれだけは」


 オーデルハイムで散々食わされた食べ物という名の何かを引き合いに出された彼女は一旦引き下がったが、猫人の特徴である旺盛な好奇心は抑えられないらしく、尻尾を揺らしながら会話を続ける。


「ここはブランデンブルクのどこら辺なんですか?」

「ここか?帝都の真ん中から少し東に行ったところだな。官庁街の外れだよ」


「いつもご飯はこんな感じなんですか?」

「悪かったな、貧相で。ただ、今の帝都じゃどこもこんな感じだよ。暖炉の前に座って何かをかじれるだけ、恵まれてると思ったほうがいい」


 繰り返されるのは今のノルデンでは日常となった、厳しい現実への愚痴を混ぜた世間話。

 苦笑いの裏に本音を隠し、誰もがいつ来るとも知れない未来や明日という名の空証文を安酒や代用コーヒーを片手に語り合う。

 上っ面の希望で絶望を覆い隠さねばやっていけないような状態を、世界は敗戦と呼ぶ。国家ノルデンの敗北を抱き締めるのは何も政府や軍隊だけではない。南方戦役中国内最大級の被害を受け、一年が過ぎた今なお焼け野原のまま放置されているブランデンブルクの住民達も等しく打ちのめされていた。


「正直、今の帝都に住んでるのはよっぽど思い入れのある奴か、そうじゃなければ政治屋と軍人だよ。流石に大通りくらいは見たことあるだろ? 南に向かう連中は大半が縁故を頼っての引っ越しか、でなければアウグスライヒへの国外亡命だ。そのうちもっと東の方、例えばトルクメーンとかグレキアにも帝国人が流れ込み始めるだろうな」

「そういえば、アウグスライヒはノルデン語を話す国でしたね。グレキアの人たちもある程度はノルデン語を話しますよ」

「そういや、お前はグレキアの出身だったな。道理でノルデン語が板についていると思ったよ」


 アウグスライヒはノルデンの東隣、グレキアはさらにその東、そしてトルクメーンはグレキアの北東にある国である。トルクメーンはともかく、グレキアとアウグスライヒも地域的にはノルデン語圏に属し、南方戦役でもノルデン側についた国だった。


「えぇ。まぁ、私がちょっといいとこの出なこともありますけどネ」

「言うねぇ。まったく、お前も俺も変わんねぇな」


 バカデカい家にたった一人で住んでいた男と、6年間ほど猫の姿で放浪していた少女。何も起きないはずがなく、二人の会話は大いに弾んだ。ひどいときには一日中口を開く事も無いような状況では、話し相手に飢えないはずがないのだから。







 ~作者より~

 世間話という名の二人のバックストーリーをお送りしました


 Q.ノルデン製の戦車ってどんな感じ?


 A.

 Pzkf Nor IV M1935戦車『バイエルン』:一回り大きくしたIV号H型の車台にアハトアハト8.8cm FlaK36を搭載


 Pzkf Nor V M1938中戦車『ライン』:そこそこ巨大化したパンターに10.5cm対空砲10.5cm FlaK38を搭載


 Pzkf Nor VI M1940重戦車『ノルデン』:1.2倍くらいに巨大化したティーガーIにフンメルの長物15cm sFH18を搭載


 sd.kfz Nor III M1942自走砲『ウィルヘルミーナ』: ほぼ同サイズのフンメル、ただし主砲は20.3cm 重野戦砲ノルデン陸軍オリジナル重砲


 全体的にデカくなってますがまぁそこはドワーフの科学力は世界一ィィィィィィィィィ!ってことで(オイ

 史実と違って足回りのトラブルはかなり抑えめになっております


え?ブルボン軍はどうやって倒したのか?

10000両の騎兵戦車と中戦車、そしてアンジュー王国製

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