第28話

 多分本当に、あとは私がそうだと言うか言わないか、だけなんだ。

「むしろ何でここまで来て私は足踏みをしてるんだろう」

 理由が見付からない。ただ情熱が足りないだけなのかも知れない。

 太陽は昇らずにずっと夜明け前の空。

 前の空間が揺らぐ。

 入ってみると、ビルのような建造物が立っている。でも工事中だ。

 詰め所のようなところがあるので、そこに向かう。ドアをノックしたら作業服の若いお兄さんが出て来た。

「ここは何をしているんですか?」

「工事だよ。でも細かいことは俺は分からない。班長なら分かるかな」

 お兄さんは後ろを振り向いて、班長、この工事って何ですか!? と叫ぶ。奥から、知らねーよ! 雇い主に訊けばいいだろ! と返って来る。

「だそうだ。ここには雇い主はいないよ。結構現場に視察に来るから、スーツ姿がいたらそいつだよ。じゃあな」

 バタンとドアを閉められ、工事現場の方に向かう。

 スーツの人はいない。

 端っこでお茶を飲んでいるおじさん作業員に同じ質問をする。知らないとの応え。じゃあ、雇い主の人はどこにいますか? ああ、さっき来たよ。でもお嬢ちゃん現場の中を歩き回っちゃダメだ。危ないだけじゃなくて迷惑だから。

「じゃあどこで待てばいいですか?」

「そうだな、雇い主は来た後にはあっちの畑のところに寄るから、そこで待てばいいんじゃないの?」

 お礼を言って、その畑に行く。

 畑はミドリキャベツの畑のよう。畑に人が来たらすぐに捉えられる位置に陣取って、空を見上げたら空色に溶け込む巨大な蝶々が飛んでいる。優雅。動きがある分だけが辛うじて見分けられる。

 ユキはどうしてるだろう。電報は届いたかな。……スカンクも。

 蝶々を見ながらぼおっと考えていたら、スーツ姿のおじさんがやって来た。

「あの、ここは何をしているんですか?」

「君もあの蝶を見ていたんだね。蝶を愛でる人に悪い人はいない」

「工事は何を作ってるんです?」

「あの蝶こそが私の動機の始まりなんだ」

「動機」

「そう、空だよ。私は空に到達する塔を作っている」

 塔。

「届くんですか?」

「それは分からない」

「分からないのに塔作ってるんですか?」

「そうだよ」

「どこまでも、届くまで作るってこと?」

「その通り」

「届くか計算して、やるかやらないか決めるんじゃないの?」

「届くと分かっているからやる、そうじゃなくて。届くか分からないからやるんだろ」

 おじさんはそこまで言うと、つまらないものを見る眼で私を見て、蝶々を見て、去って行った。取り残された私は、そんなに傷付かないで、おじさんのやっていることは歌に似ている、ああそうか、だから私がつまらない、それがなまで捉えられて、それを他の何かで修飾したくなくて、急いでその範囲を出る。上手く誰にも声を掛けられずに出た道でその生を見詰める。名前を付けてしまえば一番大事なところを損ねるから、私はそれを生のままで、それ以外の全ての私の持つものと融合させる。

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