第23話
アカリンゴをしゃりしゃりやっていたらそのリズムで、zarameを聴きたくなった。自分で歌うのではない、オリジナルのコダマの歌。
ズックを地面に置いてCDプレーヤーを出す。中にはファーストアルバム「mother」が入ったままになっている。ズックに寄り掛かって、プレイボタンを押す。何千回と聴いたリフ、食べかけのアカリンゴを持ったまま、音に集中する。
アルバムが終わるまでずっと同じ姿勢で、終わったらすぐにイヤホンを取る。
体の中をzarameで洗われたみたい。こころも頭も同じように洗濯された。
今私の成分の半分はzarameになっている。つまり無敵。
無敵の顔で荷物を持ち、堂々と前に進む。こころの底の方ではずっとmusicが鳴り続けている。
残りのアカリンゴを食べながら、最強の自分を示し続けているまま、別のどこかに入っていた。構わずに進む。
進行方向に工場のような建物。煙とかは出てない。
入り口らしきところをノックする。
返事がない。でも中では何かを作っている音がする。
もう一度ノック。
ガララ、とドアが横に開く。キャップを被った作業着の若い男性が出て来る。
「何か御用ですか?」
「ここは何をしているんですか?」
「リボンって言う名前の、テープレコーダーのテープを作ってる工場ですよ」
「リボン」
「そう、リボンです」
「もしかしてリボンって、名前の由来がありませんか?」
男性は一瞬固まる。
「それなら工場長と話をするといいと思います」
「お願いします」
「じゃあこっちへ」
工場の中に通され彼の後を付いて行きながら見ると、ラインの上を黒いリボンやメタリックに光るリボンが流れている。人は要所だけに配備されているようで、まばら。
金属製の階段を音を立てて上って、ドアを開けるとおじさんが書類と睨めっこをしていた。
「工場長、このお客さんが訊きたいことがあるらしいので、対応して頂けますか?」
おじさんは視線を上げる。若い方と同じ服。
「あ、了解。じゃあ君は持ち場に戻って」
「はい」
若い方がドアを閉めるのを待っておじさんが立ち上がる。
「何か訊きたいことがあるんですか?」
「リボン、って名前の由来を知りたくて」
「ああ、リボンの由来ね。そうですね、まあこっちに座って下さい」
指された応接セットは工場長の机の前にあってそこに座る。工場長は棚から物を一つ取り出してから私の向かいに座る。
「これが何か分かりますか?」
彼がテーブルに置いたのは、実物を見るのは初めてだけど知識では知っているもの。
「カセットテープです」
「そう。うちは今もそしてこれからもこのカセットテープを作り続ける」
「どうしてですか?」
「テープじゃなきゃリボンにならないからですよ」
工場長がニヤリと笑う。
「お嬢さんも、そうだと思ってわざわざ訊きに来たんでしょ?」
私の顔にも笑みが出る。無敵の端っこが混じってる。
「やっぱり、そうなんですね」
「ここには本物の『リボン』もあるんです。だから作り続けるんです」
「本物」
「見ますか?」
日記は見なかった。それは私が彼女に並ぶから。でも、リボンは意味が違う。並ぶなら、私にも。
「見ます」
「じゃあ、ちょっと待っていて下さい」
工場長は机の方に戻ると屈んで、金庫を開けているのかな。
彼が持って来た桐箱は両手に収まるくらいのサイズで、それをテーブルにそっと置く。
「コダマの『リボン』です」
開けられた蓋。中にはぐちゃぐちゃのテープ。普通のテープ。
そうだと言われなければ全く他のテープと見分けが付かない。そもそも見分けられるようなものでもない。
「ありがとうございます」
「もういいんですか?」
「はい」
工場長は恭しく桐箱に蓋をして、金庫に戻す。
見たところでありがたみはなかった。それをした当人にだけ、意味があること。だけど、私もしようと思う。
工場長が元の席に戻る。彼は身振りを交えて語り出す。
「コダマは彼女の敬愛するバンドの歌をテープに録って持ち歩いていました。そしてあるライヴの日、彼女はもっと力が欲しいと、カセットからテープを引っ張り出して、リボンにしました。後のこのエピソード自体がzarameの歌『リボン』になりました。私はそのライヴに、いたんです」
「いた」
「そう。だから私はテープを作る工場を作ったんです。コダマが必要としたときに使えるように。そして次の誰かがコダマの歌をリボンに出来るように」
「次の、誰か」
「次の誰か、です」
工場長は、それが私であるとは全く思っていなそう。
歌を聴いただけで無敵になるんだ。歌の入ったものを身に付けたらもっとに違いない。
私はいつかライヴをするのかな。コダマに並ぶには同じところで勝負しなきゃなのかな。それとも、他のことをするのかな。でも、三日目よりも一昨日、昨日よりも今日、私がやることは決まって来ている。私はリボンを着ける方に、徐々に接近している。
「私は、次の誰かに、なるかも知れない」
工場長は、すーんとした顔で、私の全体像を見るような眼をする。
「確かに、可能性はありますね」
全ての人類に可能性はありますけど、と頬の緩みが言っている。
「だから、今持っているコダマのCDをテープにダビングさせて欲しい」
工場長はゆっくりと瞬きをする。
「じゃあそれは、さっきの主任にさせましょう」
彼は立ち上がって机の内線で主任を呼んで、もうテーブルには戻らずに机に就いた。
程なくして階段を駆け上がる音がして、ドアが開く。
「ダビングをしてあげて」
「了解しました」
「お嬢さん、頑張ってね」
彼の視線は半分書類に向いていた。
「ありがとうございます」
鉄の階段を降りながら主任が、えっと、と訊いて来る。
「黒いテープとメタリックとどっちがいいですか?」
「黒で」
「工場長のコダマ愛に暴露されましたか」
「はい。でも私も負けないから」
「だろうと思いました。拮抗すると、工場長はああいう調子になるんですよ。悪気はないんです」
「大丈夫です」
CDは四枚持っていたけど、一枚だけで十分と思ったから、それだけを録音して貰う。
「はいどうぞ」
生まれて初めて触れたカセットテープ。カチャカチャした感じ。
退館票を貰って外に出る。遠ざかって工場が消えると、自分が纏っていた無敵感がない。いつもの私に戻っている。リボンをしたらその間は無敵のままなのかな。
私も歌を歌う人なのかな。スカンクが旅人と発見したように、どこかで、は、と決まるのかな。もう決まっているのかも知れない。気付いていないのは自分だけで、もう、だってと思う理由がいくつもある。
夜は相変わらず夜だけど、その下を歩く私は少しずつ、どこかに向かっている。
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