第21話

 真っ直ぐに月の方へ歩いていたら、前の方から気配がする。

「君はしばらくいなくなるんじゃなかったの?」

 アカネコがその気配の中から浮き出して来る。

 じっと私を見て、何も言わない。

 私も歩みを止めてアカネコを見る。ゆったりと尻尾を振っている。

「夢じゃなきゃ喋らないのかな」

 アカネコは返事をしない。エメラルドの眼がキラリと光る。

「じゃあ、撫でてもいいよね」

 近付くといつも通りに後ずさる。じりじりと距離を詰めようにもそうはさせてくれなくて、勢いを付けたところでアカネコは走り去る。

「鈴付けたい」

 アカネコの行った方に向かうと、空間が揺らいで、灰色のビルが現れる。二階建てで背は低いけど横幅が広い。

 入り口の受付は箱状になっていて、スーツ姿の男性が中に立っている、近付くと声を掛けられた。

「こんにちは。電報ですか? 電話ですか?」

 え。

 私が眼をパチクリさせると男性はもっと大きな声で重ねる。

「電報ですか? 電話ですか?」

「すいません。ここは何をするところですか?」

「あれ? 知らずに来たんですか?」

「はい」

「ここは交換所ですよ。電報を出すことも出来ます。電話を掛けることも出来ます。でもそれ以外は出来ません」

「電話」

「そう、電話です。誰かと話しますか?」

「誰でもいいんですか?」

「受信する設備さえあれば、もちろん誰とでも。でも設備がなければダメです」

「電報は?」

「住所があれば誰とでも。でも根無草ではダメです」

 私が伝えたいことがある人。

 あっちの世界とこっちの世界をすーっと頭の中に通す。いた。一人だけ、伝えたいことがある人が。

「畑でもいい?」

「いいですよ。電報なら大丈夫。でも電話はダメです」

「どこに書くの?」

「こちらの紙にどうぞ。二十五文字までです。カタカナだけです」

 私はその紙に彼を想い、書く。

「出来た」

「ではそれを電報とさせて頂きます」

 男性は小さな板に紙を挟んで、後ろの小窓から誰かに渡す。

「もう一通送りますか? それとも終わりにしますか?」

「うん。必要な言葉は全部送ったから、今日は終わりにする」

「では、ありがとうございました」

「あ、退館票を下さい」

「少々お待ち下さい。身分証はそれですね、はい、ではこれが退館票です」

「ありがとう」

「いえいえ、こちらこそありがとうございました」

 男性に見送られながら元にいた場所まで戻る。

 少し進めば交換所は消える。

 夜は静かに夜を続けている。

 歩き出して、振り返る。

 彼が読むまでは、言葉は封じられてる。その間だけ言葉は時間を忘れる。

 ずっと遠くを見ようと背伸びをする。

「……届くかな」


『ユキヘ スカンクトアエタ イマハベツベツ アカネ』

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