第20話

 お腹が空いた。お風呂が長かったからだけじゃない。

 昼ごはんを食べる。目の前にスカンクがいたのとやっぱり違う。寂しいと言うよりも、欠けている感じの方が近いのかも知れない。

「行こう」

 月がさらに大きくなっている。半月と満月の中間くらいの、膨満感のある黄色。

 道は同じように続いている。

 あの指輪の、Kのこと、スカンクの過去のこと。もっと訊いたらきっと答えてはくれた。でも、踏み込んでいいのか分からない。私たちは恋人じゃない。友人でもない。浅くしてなきゃいけないところがある。

 首を左右に強く振る。

「考えちゃだめ。違う、考えなきゃだめ」

 どっちなのかな。

 お婆さんに言った全部の後なのにもう、次の色々が胸の中に湧いている。言葉にしたら楽になった。それとも聞いてもらったから楽になった?

「でもそれなら、考える方がいいのかも。名前のない気持ちに名前が付くまで」

 じゃあ考えましょうと構えると、思考が頓挫する。

 私は小さくため息をいて、進む前をじっと見る。見れば、空間に揺らぎが走って、開いたのかな? 歩いて来たのと全く同じ道がそのまま続いていて、何も建物がない。

 進む。

 何もない、誰もいない。

 いや、いた。遠くの方で誰かが地面に屈んでいる。

 近付いてみると、何かを掘っている。おじさんだ。作業服を着ている。

「あの」

「うわぁ! びっくりした」

 小さく飛び上がったおじさんがこっちを向く。顎髭。

「ごめんなさい。何をしているのかなと思って」

「ああ、発掘だよ」

「発掘?」

「ここにきっと埋まってると思うんだ」

 おじさんは地面を指差して、その指を上下に動かしながら、眼を輝かせる。

 指の差す先を見ても、土しかない。夜なのにちゃんと見分けられるくらい星が月が明るい、空を見てその明かりを確かめる。

「そっちは空だよ、こっちだよ、こっち」

「そっちは見ました。土しかない」

「そうだね。今はまだ土しか見えない。だけど、この下にはきっと埋まってるんだ」

「だから掘ってる」

「そう。掘るってのはね、その先に何かがあると思うから掘るんだ。当てずっぽうに無闇にやることじゃない。掘る方も労力がかかるけど、掘られる方もしんどかったりするからね」

 土がしんどい。

「僕はだから掘る場所を決めるときには自分だけの都合ではしないんだよ。でもね、それでも、ここにしかない、って思ったらどうにかこうにかしてそこを掘るんだけどね」

「それがここ?」

「その通り。ここなんだよ」

 おじさんはスコップを構えて土をひと匙掬って、脇に放る。

「発掘にも色々あってね。人によって掘り当てたいものは全然違うんだ。同じ掘ると言う行為をしてるのに、その目的が違えば他の人が欲しいものを見付けても、その人にとってはゴミだったりする。君にもあるだろう? 手に入れたいもの、知りたいこと。他の人にとってはゴミでも君にとっては宝なものが」

 私が知りたいこと。

「あります」

「まず間違いなく、それは僕が掘っているここからは出て来ない。然るべき場所を必要な深さ掘らないと、ね」

「私の発掘にも、おじさんの欲しいものは出て来ない」

「その通りだ。だから発掘は孤独なんだ」

「でも、仲間とやってもいい」

「そうだね。だとしても仲間の外側にあるのは孤独さ。孤独な集団であることは変わりない」

「それでも掘る」

「掘るだけの理由が僕にはある」

 おじさんはもう一度土を掘る。

「ありがとう。私、行くね」

「うん。君の発掘に幸あれ」

 来た方向とおじさんを挟んで反対側に向かう。まるで道はずっと変わらずに続いているけど、おじさんは確かに掘っている。しばらく行って振り返ってもおじさんは消えないから、もっと進む。

「歌に似てる」

 もう一度振り向いたらおじさんは見えなくなっていて、範囲から出たのだと思う。

 スカンクがいなくなったことでこころに起きていることを知りたい。掘るだけの理由が私にもある。

 月を睨みながら歩く。

 ズックの後ろで長靴が揺れる。

「私はスカンクに情を感じていた。……yes」

「でも恋はしてないし、異性として意識もしてない。……yes」

「スカンクは旅の仲間で、信頼していた。……yes」

 私が持っているのは声とこころだけだから、声にする。当てずっぽうじゃない。だって、私のこころという場所を狙い撃ちしているんだから。

「ずっと一緒に旅をすると思っていた。……no。いつか別れが来ると最初から思っていた」

「Kと同じ別れ方で傷つけたと思っている。……yes」

「でも、そう言う全部よりもきっと、私はスカンクがいるのが当たり前になっていて、その普通が崩れたことにダメージを受けている。……yes、めっちゃyes」

「つまり私はスカンクと一緒にいたかった……?」

 いたかった? 違う、いるのが当然と思っていた。それが急に別れが来たからごっそり何かが抜けたみたいになってしまった。

「スカンクは私の一部だった……no」

 そこまで喰い込んでない。私は私だしスカンクはスカンクだ。それなのに欠けたような感覚がある。いやもっと薄い、剥離くらいなのかも知れない。

 私たちは触れたこともないけど、こころの表面ではくっついていたところがあったのかも。接着剤を肌から剥がすときに痛みとすっきりと、何かが奪われる感じがあるのと同じで、旅の中で一緒に行動していたのはそういうくっつきがあったのかも知れない。

 私の本丸は何一つ変わってない。だけど、薄く剥がれたスカンク、それはあるべき形に戻っただけで、彼も何も変わってないのかも知れない。

「触れた一瞬の、交わりの後味」

 胸が、すんとする。

 たった三日間旅を一緒にした。

 私は彼をスカンクと呼んで、彼は私をアカネと呼んだ。

 いつの間にか遅くなっていた歩み、ぐっと足に力を入れて前に蹴り出す。考えも気持ちも、そこに置いていくことなんてしない、全部連れて行くから。

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