第24話 ウキウキサンデー

 部活の練習が行われた土曜日を挟んで迎えた日曜日。生憎の曇り空で四月終わりにしては少し寒いが、雨は降らないとの予報。


 僕は長崎駅に直結した大型ショッピングセンターの正面入り口に突っ立って約束の時間を待っていた。


 待ち合わせの時刻は十四時。今はその五分前。僕余裕を持たせて出発したおかげで、定刻の二〇分前に到着し、それからずっとソワソワしながら冬木さんの到着を今か今かと待っている。

 そうしている間には僕の目の前を親子連れや大学生あるいは若い社会人のカップル、自分と同じ高校生くらいの仲良しグループが建物に吸い込まれたり反対に吐き出されていくのを観察していた。

 この施設ではお目当てのシューズショップだけでなく服屋やコスメショップ、フードコートや映画館も営業しているので目的は様々な人々が実に多く訪れる。彼らは共通して明るい顔をしていた。お目当ての映画や洋服を心待ちにしているのか、あるいはお連れ様と同じ時間を過ごしていること自体に幸福を感じているのか、その両方なのか。


 その時、上着のポケットに入れていた携帯電話がブルルッと震え、着信を告げた。僕は折り畳み式携帯電話をパカッと開き、メールを開封する。

 新着メールの送り主は冬木さんだ。今最寄りの駅から路面電車に乗り込んだらしい。僕はそのメールに待っていると適当に返事をし、ぼんやりと空を眺めつつ彼女の到着時刻を予想した。


 先日彼女が降りた駅から最寄りまでは大体十五分かそこらだ。駅から降りて待ち合わせ場所までの徒歩の時間を加えると約十分の遅刻になるだろうか。


 ううむ、感心しないな。


 登校にせよ部活の集合にせよで露呈していたが彼女には遅刻癖があるらしい。特に部活動では昨年、練習開始時間に遅れたため三年生の先輩にガッツリ絞られていた記憶がある。あれで少しは懲りたのか部活に遅れることは無くなったが、精々ギリギリの到着に改められたくらいなのでもう少し頑張ったほうが良いと思う。


 やれやれ、とため息をつきながら僕はiモード(注:NTTドコモが提供する携帯電話向けインターネットサービス)で今日購入予定の靴の候補のおさらいを始めた。

 通信の遅いインターネットにイライラしながら冬木さんの到着を待つことしばらく、ようやく彼女がお出ましになった。


「ご、ごめんなさ〜い」


 トテトテ、と小型犬みたいな走り方で駆け寄る姿を見てようやく僕は今日の目的を果たした気分になった。


「遅いよぉ」


 僕は唇を尖らせて遅刻を責めた。事前に連絡をくれたので心配したり焦れることはなかったが、どうしても一言言わずにはいられなかった。


「本当にごめんなさい! 身支度に手間取っちゃって」


 ずり落ちそうな眼鏡を正すのもままならず、あたふたと弁明する冬木さんは、なるほど、確かにお洒落に気遣っていることが伺えた。膝丈のクリーム色のワンピースの上にデニムのジャケットというガーリィさとカジュアルさを組み合わせたコーデが可愛らしい。その上、アイラインを引いたりマスカラでまつ毛をボリューミーにしたりと薄く化粧をしたおかげか、目鼻立ちがクッキリして大人っぽい。髪型もいつもの二つ結びではなくストレートにし、前髪には青のガラス細工が施されたヘアピンを留めている。


 校則から解放された今日の冬木さんはすごく綺麗で、可愛い。


「う、ううん。大丈夫。メールしてくれたからね」


 そんな彼女にドギマギしつつも遅刻を咎めてしまったバツの悪さを感じ取り繕った。


「そのジャケット、お洒落だね」

「そ、そう? 嬉しい。これ、お姉ちゃんのお下がりなんだ」

「へぇ、お姉さんよりも似合ってるんじゃない?」

「何言ってるの? お姉ちゃん見たことないくせに」


 あはは、と二人で軽口を言い合うと遅刻のことなど忘れ、僕達はいつも以上に明るく笑い合った。休日の学校外といういつもと異なる環境のおかげか気分が開放的になっているのかもしれない。


「航太郎くんは制服なんだね」

「まぁね。良いコーデが思いつかなくて」


 言われる僕は冬木さんがしっかり身だしなみを整えたことに気後れした。

 今日の僕は学校指定の制服のブレザーとスラックス。せめてもの工夫は上着の下にカッターシャツではなくロゴ入りのパーカーを着たことと、ボディバッグを背負っていること。


「そういう着方すると、制服なのにお洒落だね」

「ありがとう。昔東京でこんな格好してる高校生を見たから、いつか真似しようと思ってたんだ」

「へぇ、格好良い! でも先生に見つかったら怒られるね」

「休日なんだから平気平気。もし声かけられても爽やかに挨拶して流しちゃうもんね」

「あ、古賀先生!」

「すみませんごめんなさいこんな着崩し方して本当に申し訳ありませんでした!!」


 冬木さんの視線の先、僕の背後を向き直り直角に腰を曲げて古賀先生に誠心誠意お詫びをした。古賀先生というのは二年生の学年主任の体育教師で、怒ると滅茶苦茶怖いおっさんだ。


「やーい引っかかった! 嘘だぴょーん」

「お、おのれ……」


 言われ周囲を確認するが、古賀先生の姿は無い。完全に嵌められた。冬木さんはケラケラと腹を抱えて笑っている。ついでに周囲の通行人もクスクスと笑っていた。メチャ恥ずかしい!


 恨めしく冬木さんを睨むが彼女は悪びれる様子はなく、「あーおかしい」と笑いを引かせるとショッピングセンターの入り口に目を向けた。


「さぁ、靴屋さんに行こうか、航太郎くん。時間が勿体無いよ」

「遅刻した人が言うセリフじゃなくね?」

「む、蒸し返さないの! 写メ撮って古賀先生に言いつけちゃうよ?」

「よし行こう! すぐ行こう!! 今すぐ行こう!!!」


 古賀先生にチクられるのだけは勘弁だ。以前、全校集会の校長先生のお話中にいびきをかいて居眠りした際、古賀先生に列から引っ張り出されて説教食らった挙句、職員用のトイレを一人で掃除させられるというお仕置きを受けた苦い記憶がある。同じ轍を踏みたくない(制服の着崩しなどしなければ良い話だが、それを言うのは野暮だ)。


 冬木さんは隣に並び、僕を見上げてまた小さく笑んだ。それを見て僕も釣られて笑みを浮かべる。

 並んで歩く二人の間には腕二本分の間隔があった。それは友達同士の距離だが何かの拍子にうっかり肩がぶつかりそう。もう少し近づけば必ず手の甲同士が触れ合ってしまうだろう。


 彼女の小さな手を覆う白い肌の感触を想像し、僕はもっと近づきたい衝動に駆られる。いっそのこと手を握ってみたかった。でもスキンシップを求められれば僕を気持ち悪がり、怖がり、嫌われるのではないかと不安になってそんな勇気は出なかった。だから今の僕にはこの距離が精一杯。せめて出来ることといえば彼女に歩調を合わせて離れないようにし、うっかり離れてしまえば元の距離まで詰めることくらい。


 これが僕の、初めてのデートのもどかしいスタートだった。


 *


 ショッピングモールにテナントとして入っているシューズショップに入ると、僕は脇目も振らず運動靴のコーナーに足を運んだ。新品の靴が所狭しと並ぶ店内には真新しい皮や布地の独特な匂いが充満しており、形の良い靴が見栄え良く整然と陳列されていた。人気シリーズの新作スニーカーを見ると試し履きをしてみたくなるが、軍資金が限られている今は心の毒だ。出来るだけ視界に入れないよう僕は視線を真っ直ぐにする。


「ねぇねぇ、後で私も靴見ていい?」

「もちろん。何か買うの?」

「ううん、見るだけ」


 商品棚の間の狭い通路を僕達は一列になって進む。僕が前で、冬木さんが後ろ。後ろの冬木さんがそう尋ねてきた。


 運動靴のコーナーに到着すると棚に飾られていた靴の中から目星をつけていたニューバランスの白いスニーカーの番号札を確認し、商品棚の下の箱の群れからその番号が書かれた物を一つ引き摺り出す。


「靴の大きさ何センチ?」

「二七・五」

「うわ、おっきいね!」


 冬木さんが心底感心した様子で驚いた。大きいと言われ、僕はどこか得意な気持ちになった。いや、性的な意味ではないが。


「冬木さんの靴は何センチ?」

「二三センチだよ」

「はは、小さいね」


 冬木さんの今日の靴は明るいブラウンのモカシンシューズだ。装飾の類はなくシンプルで、僕の足よりずっと小さくて可愛らしい。


「女の子ならこれくらいが普通だよ?」


 怒ったり悔しがったりする素振りを見せずケロッと言った冬木さんは僕の左足に自身の右足をピタリとくっつけ、互いの足の大きさを比べた。僕の足と比べるとまるで子どものように小さい。その差は僕達の体格差を物語っており、彼女がか弱い女の子なのだと否応なく意識してしまった。


「小さくて可愛い足」


 僕は愛おしさを抱き、自然とそんな感想が口の端から漏らした。


「そういう航太郎くんの足はやっぱり大きいね。何食べたらこんなに大きくなるんだろう?」

「一日茶碗六杯分のご飯をもりもり食べるのです!」

「す、すごい……」


 動物園の解説みたいな会話だな、と思いながら本日の用件である靴の品定めに移る。店舗に設置されたスツールに腰掛け、箱から取り出した新品の靴に履き替え紐を調節した。

 つま先の辺りを指で押し込み、不自然な隙間が生じてないか確認する。……問題なさそうだ。次に立ち上がって通路を歩いたり小走りしてみて足の動きに馴染むかを試した。……いい感じだ。目当ての品がしっくりくる物だったので少し嬉しくなった。


「航太郎くん、それにするの?」


 表情からこの靴の感想を読み取ったのか、冬木さんが訝しげに尋ねた。


「そうしようかな、と。どうして?」

「だって、それ……今履いてるのと同じスニーカーだよね?」


 冬木さんはつまらなそうな顔で呆れ気味に気味に指摘した。

 彼女の言う通り、僕が試し履きした靴は履き古した現在の物と同じシリーズだ。多少リニューアルされたようだが、パッと見の差異はない。


「他のにしなよ。二年生になったし、気分変えようよ!」

「うーん、どうしようかな……」


 なぜだか自分の靴を選ぶようなはしゃぎようでそう勧めるが、僕はいまいち乗り気しない。


 今日僕が買う靴は通学と体育兼用の靴だ。長崎肥前高校では校則で下履きは白を基調とした華美でないスニーカーと定められており、体育の授業も普段履きの靴で受ける生徒もいる。僕も今日買う靴で体育の授業を受けるつもりなので、出来れば履き慣れた靴をリニューアルしたい。


「ほら、これとかこれとか、あっちの靴も試そうよ!」

「え、えぇ……!?」


 僕が勧めに応じる前に彼女は小さな手に二足、三足の靴を引っ掛けて試し履きするよう促した。

 それから約三十分、僕は冬木さんの着せ替えならぬ履き替え人形と化し、苦笑を浮かべたままあれこれ靴を試し履きした。最終的には最初に選んだニューバランスの白いスニーカーを購入することになった。なんだったんだ、この時間は。


 *


 スニーカーを購入した後、僕達は屋内用シューズのコーナーに足を運んだ。バドミントンは屋内競技のため外履きとは別に用意する必要があるし、選手としては先ほど買ったスニーカーよりもこちらに興味がある。冬木さんも心なしか丸っこい顔に真剣さを滲ませて陳列されている商品を検分していた。


「航太郎くん、部活用のシューズも買うの?」

「いや、今日は買わないよ。そっちはお年玉で買ったのがまだ使えるから、少なくとも夏の大会が終わるまでは使い続けようかと」

「そっか……」

「うん、ランキング戦も近いし、足に馴染んだ靴が良い」


 僕は自分で発した言葉に緊張感を抱いた。おかげで声が少し強張り低くなる。冬木さんも表情が一層強張った。


 六月にはインターハイが開会される。うちの部からも地区大会に出場予定だが、出られる生徒の数には限りがある。そこで我が部ではその少ない椅子を巡って部内対向の代表選出大会――通称『ランキング戦』がゴールデンウィーク明けから開催される。部や学校によっては三年生を優先的に出場させるというところもあると聞くが、うちの部では公平性を期すため部内対向の選抜試合を行うことが伝統だ。


「ドキドキするね」


 冬木さんの声は小さいが、いつにない昂りを滲ませていた。


「うん……去年はランキングに擦りもしなかったからね。でも今年こそは絶対地区大会に出場する」


 僕も同じ気持ちで応じる。


 冬木さんは言葉通り胸の高鳴りを感じているのだろう。小さな手を心臓の辺りに当て、優しげな瞳をキリッと細めたのが横顔からでも分かった。僕も昨年の無様な成績を苦々しく想起しながらも、今年こそはと決意を述べた。今から胸の奥が熱くなるような思いだった。


「今年はお互い頑張ろうね」


 僕は冬木さんに真っ直ぐ向き直り、スポ根漫画っぽいエールを送った。


「うん、頑張ろうね!」


 彼女もこちらを向き、心強い声で返した。そして右手をスッと差し出してきた。僕は少しびっくりしたけど、迷うことなく彼女の手を握り返した。握った彼女の手は僕のよりもずっと小さくて、ひんやりしていた。それでいて柔らかくスベスベしていたが、指の付け根の辺りに固いマメの感触がした。


 握手をするとどちらからともなくお互い破顔した。上品な微笑みではない。アスリートらしい、歯を剥き出しにした満面の笑みだ。


 大会は男女別で競い合うため、彼女とは対戦しないしダブルスでデュエットを組むこともない。競合も共闘もないため、ただ決意を述べ合い応援し合うことしか出来ない。だがそれでも十分だ。

 彼女が応援してくれれば百人力の思いで、決意を聞き届けてくれれば神前で誓ったような身震いを覚えた。


「二人で全国に行こう!」

「うん、私も頑張る!」

「いや、お前らじゃ無理だろ」

「「っ!?」」


 僕達が決意を新たにし目標を掲げた直後、真横から水を差す嫌な声がした。


「お、小笠原先輩……!?」

「げ、パイセンじゃん」


 声の発生源に目を向けるとバドミントン部の三年生小笠原先輩が小憎たらしい笑みをニタニタと浮かべて立っていた。その視線に驚いた冬木さんは握手の手を引っ込めてしまい、ペコリと恭しくお辞儀をした。僕は折角の熱い青春っぽい展開を邪魔され、忌まわしく彼に視線を向けた。


 小笠原先輩は僕達より一学年上のバドミントン部員で、ゲロとヘドロをかき混ぜ、錬金術によって生み出された史上最悪の生き物だ。性格は腐敗を極めたとしか言いようがないくらい悪辣で、僕はあの馬面から湧き出る笑い声が全く好きになれない。ついでに無礼で偉そうな物の言い方もいちいち勘に触る。だがバドミントンの実力は折り紙付きで我が部切手の実力者だ。昨年の夏の大会では二年生ながらに三年生の首根っこを押さえてシングルスの代表に選出された。その折りは惜しくも全国大会への切符を逃したが、今年こそは全国に行くと息巻いている。また、噂ではスポーツ推薦を狙っていて、東京の有名私大を受験する予定なんだとか。


「パイセン、買い物すか?」

「まぁな。大会に向けて新しいシューズを買いに来たんだ」


 僕の慇懃無礼な態度の質問に気分を害する様子を見せず、余裕綽々に答えてみせた。その返答の内容に僕は眉を顰めて続けた。


「大会とは気が早いっすね。その前にランキング戦があるのに」

「アホ抜かせ。俺は新人戦で準優勝だったから夏の大会には自動的に出られるんだよ」


 嫌味ったらしい冷笑を浮かべてそう答える。


 言われて思い出したが、この辺りの地区では各学校から規定人数の代表が出場するが、同時に新人戦で四位以上の成績を収めた選手には夏の地区大会に出場する権利が与えられる。

 そして彼は去年の新人戦で準優勝という輝かしい成績を収めたため、今年の夏の地区大会には出場が確定しているのだった。


「まぁ、仮にランキング戦に参加してもお前や赤木なんて敵じゃないないっての」

「……聞き間違いですかね、パイセン。僕が敵じゃないですって? パイセン、秋以降僕に練習試合で勝ったことないですよね?」


 僕はスッと目を細め、彼にとって都合の悪い事実を突きつけてやった。


 どんな強者にも苦手な敵がいる。成績的には格下なのに相性が悪いばかりにどうしても勝てない天敵とも言うべき存在が何人なんぴとにも存在するものだ。そしてこの人にとってその天敵は他ならぬ僕である。

 部内の成績では小笠原先輩が頂点で、次点は……悔しいが赤木だ。僕は良くて三番手と言ったところ。


 赤木は小笠原先輩に運が良ければ勝てるが大抵負ける。

 僕は赤木に運が良ければ勝てるが大抵負ける。

 だが小笠原先輩は何があっても僕には勝てない。


 うちの部には実力差では説明出来ない、奇妙な勝負の関係があった。


 今、彼は自信を滲ませた笑みを浮かべている。僕が自身の天敵だと分かっているはずなのに、あえて挑発をしてきたのだ。そして僕は口ぶりこそ冷静だが内心怒髪天な気分だ。赤木を馬鹿にされたことも癇に障ったが、何より自分を侮られたことが許せなかった。


 小笠原先輩は「ふん」と鼻を鳴らした。


「大会に出るとかレベルの低い目標掲げてる時点で敵じゃないっての」


 そう顎を上げ、見下すような目つきで冷ややかに言う。またもや挑発をくらってしまったが、僕は図星をつかれた気分になり何も言い返せなかった。


「じゃあな。俺、自主トレあるから」


 絶句した僕をまたも嘲笑い、小笠原先輩はひらりと手を振って踵を返した。その背中に冬木さんが声を掛ける。


「もう帰っちゃうんですか?」

「あぁ、買い物は済んだからな」


 と、右手に提げていたビニール袋を掲げて見せた。今気づいたがどうやらお目当てのシューズは既に見繕ったらしい。


「あんま店の中で騒ぐなよな、せからしい」


 それだけを言い残し、横柄な足取りで僕達の前を悠然と去っていったのだった。


「冬木さん、『せからしい』って何?」

「うーん、『鬱陶しい』って意味かな……」


 最後にかける言葉がそれとは、つくづく嫌な先輩だ。僕な心の中で彼の背中に中指を立て去り行く姿を収支に睨みつけた。


「小笠原先輩、すごい熱意だね」

「だね。スポーツ推薦狙ってるって話だから、気合い入ってるんだろうな」


 僕と小笠原先輩が火花を散らす様子に圧倒されたように呆然と彼女は呟いた。対して僕は心ここに在らずで返答した。

 というのも先ほど小笠原先輩が言った『レベルの低い目標』という言葉は悔しいが心に響いた。あの人はインターハイ全国大会出場――いや、優勝を狙っているに違いない。僕よりも遥かに高い目線で目標を追い続けているのだ。小笠原先輩は性格こそ歪んでいるが高い目標を持って部活動に挑んでいる。その点だけは僕は尊敬している。その点だけは。


「冬木さん、さっきの言葉は訂正する」


 唸るような低い声の僕に彼女は息を呑んで驚き、まじまじと顔を覗き込んできた。


「今年の目標は地区大会出場じゃない。地区大会でも、全国大会でも、パイセンより上の表彰台に立つ。あの人には絶対負けたくない」

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