第6話 Girl re-meets boy.

 翌土曜日。目覚めて時計を確認すると、針は午前十一時を過ぎていた。


 昼前まで惰眠を貪るのはいつぶりだろう。学生の頃は毎晩のように夜更かしをしては暇を良いことに眠りこけるような生活をしていたことを思い出す。いつの頃からかそうした生活が改善され、休日であっても八時には目を覚ます習慣が根付いていたはずなのに。


 その理由はやはり彼女だ。変わらぬ笑顔でフォトフレームの中に立つ町村朱莉のお陰に他ならない。

 昔から生真面目な性格で、知り合った頃の僕の睡眠習慣にちくりと忠告をしてくれたことがあった。

 無論それだけで悪習が正されることはなく、決定打となったのは付き合い始めて少し経過した時のこと。ある日、イベントに行きたいからと少し早めの待ち合わせをしていたのだが、あろうことか僕はがっつり寝坊してしまい大遅刻してしまった。


 いや、あれは遅刻ではなかった。


 結果的にすっぽかしてしまったと記憶している。すっぽかしたためにお目当てのイベントには行けず、朱莉は口から火を吹くほどご立腹で、僕は恐怖のあまりひざまずいて謝ることになったのだ。横浜駅の中央改札口において、衆人環視の中で、だ。


 結局寝坊の件は許してもらえたのだが睡眠習慣を改めるよう約束させられ、僕は遅くとも朝八時には起床する良き習慣を手に入れた、はずだった。


 だが彼女と別れた直後、その良き習慣は早々に失われ自堕落な生活へと逆戻りする兆しを見せていた。


「朱莉にまた怒られるかな……」


 怒ってもらえるなら、これほどの幸福はない。他人には決して見せることが出来ないような、眉と口角を釣り上げた表情で僕のために感情を爆発させてほしい。

 微笑みかけてくれなくても良いのだ。

 喜怒哀楽、どれでもいいから僕にその心の機微を見せてほしい。恋人にしか見せられないようなあられもない、君の剥き出しの感情を。


 昨晩も家に帰ってからそんなことを考えていた。朱莉の色々な感情を写した表情を連想し、過ぎ去った日々に想いを馳せ、また眠りにつくまですすり泣いた。


「お腹空いたな……」


 気分は黄昏時なのに腹時計はランチタイムを正確にアラームしている。食欲は不思議と感じないのだが、身体は正直で腹の虫がはっきりと催促を寄越した。

 気乗りしないが食事にでも行こう。


 ぼりぼりと寝癖頭をむしりながら立ち上がり部屋を見渡すとローテーブルの上の見られぬ救急箱が目に入った。


「お前もそろそろおうちが恋しいか?」


 この家でふた晩も過ごした救急箱を持ち上げ、緑の十字マークに向かって語り掛けた。

 小夜子ちゃんが連れてきたこの救急箱をいつまでも居座らせておくわけにはいかない。


 昼飯に出かけるついでに返却しよう。


 そう決めて最低限の身嗜みだしなみを整え玄関を飛び出すと、迎えてくれたのはどんよりした梅雨の空だった。僕の心を反映したような、今にも泣き出しそうな嫌な天気。


 なるべく空を見上げずにいよう。


「下を向〜いて、歩こ〜ぉう。なんつって」


 下らない替え歌を歌いながら僕は隣室の――小夜子ちゃんの部屋のドアフォンをプッシュした。

 ピンポーン、と電子音が鳴るが返事はない。


「まだ寝てますか〜?」


 ドアフォンのマイクに向かって問うがもちろん返答はない。

 そしてまだ就寝中というのは有り得ないと確信していた。


 僕の知る小夜子ちゃんは真面目で健康優良児という表現がぴったりの品行方正な女の子だ。

 夜更かしし過ぎずすやすや眠り、朝日を浴びて爽やかに起床する。朝食は抜かさずアメリカンブレックファーストを自ら作り、スズメのさえずりを聞きながらお上品に召し上がる。若干妄想が入っているものの、小夜子ちゃんは今でもそんな素敵な女性に違いない。

 こんな時間にまで就寝とは想像もつかない彼女は休日を楽しむため街に繰り出していることだろう。


「出直すかな」


 用を済ませられないのは遅寝遅起きの僕が悪いのだ。潔く改めよう。そう思い直した時だった。


 ドアの向こうからドタドタドタ、と慌ただしい足音が聞こえてきた。そして扉が勢いよく開け放たれ、小夜子ちゃんが顔を出した。


「航ちゃん!?」

「あ、おはよう。小夜子ちゃん」


 小夜子ちゃんは動揺した様子で僕の顔を穴が開くほどに見つめてきた。突然来訪したのは僕の方なのだが、なぜだかこちらも平静を保つのに努力が必要な気分で落ち着かない。


「救急箱を返しに来たんだけど、まだ寝てた?」


 就寝中、あるいは寝起きから間もない頃であったことはすぐに見て取れた。

 寝癖頭とすっぴんで完全に他所向きではない顔、着ているものはキャミソールとショートパンツだけで、太ももや二の腕、女性らしい小さな肩となまめかしい鎖骨を剥き出しにしている。あられもない姿は淑女のそれではなく、ちょっとだらしない生活を送っている団地妻という具合に思われた。


「ううん。起きてスマホ見てたところ」


 救急箱を受け取りながら彼女はぽつりと答え、それきり黙ってしまった。だが僕の目を見つめ、何事かを言おうと小さく口を開けたが、やはり言葉は出てこなかった。


「小夜子ちゃん、一昨日の夜はありがとう。打ち身はまだ痛むけど、だいぶマシになったよ」


 代わりに僕が会話の口火を切ることにした。会話の走りくらいの気持ちに過ぎないが、手当てのおかげで痛みも随分良くなった気がする。全ては小夜子ちゃんのお陰で、その気持ちは世辞ではなく本心だ。


「そうなんだ……。なら良かった」


 しかし言葉とは裏腹に、小夜子ちゃんは伏し目がちで力が籠っていない。


「小夜子ちゃん、どうかしたの? どこか調子でも悪い?」


 心配になって尋ねると、小夜子ちゃんはかぶりを振ってまた僕を見上げた。その瞳にははっきりと分かるような憂いが湛えられており僕はドキリと不安になった。


「ねぇ、航ちゃん。あの夜、私何か気に障るようなことしちゃったかな……?」


 ともすれば泣き出しそうなほど弱々しい声での質問。

 僕は一瞬、なんのことだか分からなかった。だがすぐに彼女の不安の理由に見当がついた。


「追い出すように帰らせちゃって……不安にさせたよね?」


 小夜子ちゃんはコクリと無言で頷いた。頷いたまま、俯いてしまった。


「本当にごめんね。小夜子ちゃんは何一つ悪くない。あれは……僕の八つ当たりだよ。うまくいってないことがあってさ、それで情けない顔を小夜子ちゃんに見せたくなくて、あんな態度を取っちゃったんだ。本当にごめん」


 僕も項垂れるように頭を下げ、先日の非礼を詫びた。

 今の今まで忘れていたが、一昨日の夜の態度は無礼千万という他なく謝って然るべきだ。むしろ翌日に詫びを入れなかったのは遅きに失したと言わざるを得ない。


「そうだったんだ……」


 小夜子ちゃんは安堵した様子で声を溢した。不快感を露わにされても致し方ないのだが、その様子は見られない。


「そうだよね……私、悪くなかったよね……」


 おや?


「なのにあんなつっけんどんにされて……もう私訳が分からなくなっちゃったんだよ……!?」


 小夜子ちゃんは震える小さな声を絞り出し、僕に非難とも取れる言葉を送ってきた。


「ほ、本当にごめん! すごく反省してる! だから許して。泣かないで」


 彼女は目元に指を添え、小さく啜り上げた。それを目の当たりにし、僕は狼狽して謝罪に謝罪を重ねる。そして無意識のうちに、彼女の許可もなく両肩に手を乗せ宥めるように何度も撫でた。彼女は素肌を触れられて怒ることはなく、むしろもたれ掛かるように身体を寄せてきた。胸に抱えた救急箱がなければ僕の腕の中にすっぽりと収まってしまいそうだった。


「こちらこそごめん……急にわめいて……。ご用事はそれだけ……?」


 小夜子ちゃんは涙を指で拭いながら訊いてきた。


「僕、これからブランチなんだけど、良かったら一緒にどう? お詫びも兼ねて」


 暗に帰れと言われているようにも取れるが、本当に帰ってしまうのは忍びない。一瞬迷ったが、少しだけ勇気を出してランチに誘ってみた。別れたとはいえ旧知の間柄だから食事に誘うくらいは許されるはずだ。きっと。


「……ごめんなさい。今からはちょっと」


 いや、振られた。


「そう……残念だよ」


 そりゃそうだ。別れてからもう七年も経っている。僕が多くの人と関わったように彼女もまた沢山の人と出会い、人を見る目が養われたことだろう。成長して男の趣味が変わったり、ハードルが上がったかもしれない。

 つまり一昨日の夜の宴は単なる気まぐれで、昼飯まで付き合うほどの男ではないということか。僕という男も堕ちたものだ。


「それじゃあ、また」


 無理に誘うのも気の毒に思われ、僕は彼女の前を潔く去る決意をしたのであった。


「待って。そうじゃないの。準備したいから、十二時頃の出発でも良いかしら?」


 きびすを返す僕のTシャツの袖をちょこんと摘む小夜子ちゃんは、申し訳なさそうにそう尋ねた。


 昔と変わらない、楚々とした控え目な声で。


 *


 小夜子ちゃんの身支度が整ったのは正午前。ランチを誘ってから三十分強、僕は自室で空腹と戦いながらその時を今か今かと待つことになった。

 彼女からは準備が整ったら部屋を訪ねると言われたので大人しくベッドに横になって待っていたのだが、この時間がやたら長い。


 女性とのお出かけあるあるだが、女性というのはやたら身支度に時間がかかるものだ。

 髪をかしてから整え、洋服をあれかこれかと迷い、化粧を下地から作って、最後にアクセサリーをこれまたあれこれ選ぶ。

 Tシャツとジーンズに着替えて即お出かけ可能な男と工程が段違いに多いのだから時間がかかるのは当然だ。


 その長い待ち時間を僕は耐え忍んだ。横になれば眠気が勝り、立っていれば空腹が勝る。結局は空腹が勝り横になった。仮に眠ってしまっても玄関は施錠していないので最悪彼女に起こしてもらえば良いかと都合良く算段してのことだ。


 そして睡魔に呑まれ始めた頃、部屋のチャイムが鳴って僕は飛び起きた。靴を履き、玄関を出ると他所行きの格好をした小夜子ちゃんが微笑みを浮かべて立っていた。

 フリルのついた水色のブラウス、先日も履いていた七部丈のジーンズは六月の梅雨シーズンにマッチした色合いで、どんよりした天候でも見ているだけで気分が晴れる思いがする。

 ボサボサだった髪も綺麗に整えられ、すっきりとした薄化粧の小夜子ちゃんは服装も相俟あいまってまさに都会の綺麗な女性という雰囲気を纏っていた。


「お待たせ。行きましょ」

「うん、行こうか。もう腹ペコだよ」


 近所の蕎麦屋に行くにしては随分な気合の入りようだが、待った甲斐は十分にあった。


 *


 僕と小夜子ちゃんは自宅アパートから二俣川駅まで出向き、そこからさらに駅から下方面くだりほうめんへ少し歩いたところにある蕎麦屋へ入った。

 十人強程度の客が入れば直ちに満席になってしまうようなこぢんまりした蕎麦屋で、築五十年はかくやという建物の外観やうらびれた和風の内装が老舗感を醸し出す佇まいだ。


 店に入ってすぐお品書きを取り、僕は天ざる蕎麦を、小夜子ちゃんは鴨せいろ蕎麦を注文した。そしてそれぞれの品が届くまでの間、お互いに地元の家族の近況等を報告しあった。


 小夜子ちゃんは長崎生まれの長崎育ちで、両親とお姉さんと妹さんが一人ずつの五人家族。ご両親はともに健在で、おじさんは来年還暦だ。お姉さんは結婚して子供が産まれたそうで、お相手は高校の先生なんだとか。


「お義兄にいさんね、私達の母校で教鞭取ってるんだよ」

「そうなの?」

「うん、しかもバドミントン部の顧問」

「本当!?」


 これには驚いた。母校の教師というのもさることながら、僕達が所属していたバドミントン部の顧問とは。世の中奇妙な偶然があるものだと嘆息し、自然と笑みが溢れてしまった。


 注文の品が届くまでの間、そして届いてからも僕達の会話は途切れることがなかった。

 蕎麦と鴨肉、天ぷらの感想をお互いに述べ合い、各々舌鼓を打つ。

 良き大人の友情というような気風は別れたカップルのものとは思えないほど和やかで居心地が良く、むしろ付き合っていた思春期の頃よりも円滑に会話が進んでいるようにさえ思えた。


「ねぇ、航ちゃん。その海老、一口もらえないかな?」


 ふと、会話を遮り、小夜子ちゃんがそんなお願いをしてきた。彼女が指すのは天ぷらのカゴに乗せられた食べかけの海老天だ。僕は配膳されてから一番にこの海老天にかぶりつき、半分ほど残して最後に食べるつもりで取っておいたのだ。


「良いけど、食べかけだよ?」

「うん、欲しいな」


 ならば結構。僕はカゴと天つゆの小皿を差し出し、彼女は礼を言って天ぷらを本当に一口だけ食べた。小さな口に運ばれた海老天は少しだけしか減っておらず、お願いしながらも遠慮深い彼女の性格を表していた。


「美味しいね。衣がサクサク」


 上機嫌で感想を言う小夜子ちゃんの薄い唇は天ぷらの油で光沢を得て、少し色っぽさを増していた。


 こうして明るいところでまじまじと小夜子ちゃんを見ていると郷愁と新鮮さの相反する感情が入り混じる不思議な思いが湧いてくる。


 昔の小夜子ちゃんは黒髪ロングをお下げにし、眼鏡を掛け、どこにでもいる女子高生だった。太っても痩せてもおらず、クラスではあまり目立たないが友達はちゃんといて、誰とでも仲良く出来る真面目で優しい子。

 今の彼女は昔のおっとりした話し方の影を残しつつ、大人の女性らしいしとやかさを身につけ上品さを窺わせた。加えて、髪を焦げ茶に染めたり薄化粧をしたりと身嗜みに気遣いが行き届き、内面も外見も磨きがかかっている。

 大好きだった女の子といるはずなのに、まるで知らない女性との逢瀬のようだった。


「何? じろじろ見て」


 僕の視線に気づいた小夜子ちゃんはおかしそうにクスリと笑う。


「ほっぺたにネギつけてる小夜子ちゃんは可愛いな、と思って」

「嘘、やだ恥ずかしい」


 僕に指摘され、慌てて頬を払う小夜子ちゃん。


「嘘だよ。付いてない」

「……意地悪。昔から変な冗談言うよね。そういうところは変わってない」


 ジトッと非難の目を向け抗議する小夜子ちゃん。ごめんごめんと詫びながら、僕は彼女のついたネギに視線を向け、すぐにまた彼女の瞳に目を戻した。顎にネギをつけてむすっとする小夜子ちゃんは面白いし可愛いので、機嫌が治るまで黙っていよう。


「じゃあ、逆に変わったところは?」


 昔の僕から変わったところ、何があるだろうか。

 淡い期待を込めてそう尋ねると、小夜子ちゃんの目は宙を仰ぎ、うーんと唸りながら考え込んだ。


「団地妻がどうとか、言うことがおじさんっぽい?」


 ひどい変化だ。


「あとビールを美味しそうに飲んでた。昔は苦そうに飲んでた気がする」


 それもおじさんっぽい変化ではなかろうか?


「なんだか全体的におじさん化してる、僕って?」

「うん、内面は幼稚なおじさんってところじゃない?」


 カラカラ、と笑いながら小夜子ちゃんは言うが、僕は背中に寒気を感じた。

 まだ二六歳なのに精神年齢は中年男性。落ち着いているとか所帯染みているなどと言われたことはあったが、面と向かってそのように指摘されたのは初めてだ。すごく切ない。


「ふふ、でもルックスは格好良くなったと思うよ。成長して大人の男性になった感じ。それに昔はもっとヤンチャっていうか、腕白というか」


 また小夜子ちゃんは微笑み、せめてもの救いにそう付け加えてくれた。


 横浜に出てきて早七年。その間の変化は彼女曰く、心は丸くなった上におじさん化し、身体は年相応に成長した。

 うん、何一つ良い点がない。下半期は頑張ろう。


「ねぇ、私はどう? 少しは大人になった?」


 髪を耳にかけながら、小夜子ちゃんは少し頬を染め照れくさそうに尋ねてきた。妙齢の女性がその表情、その仕草をするのは反則だ。

 綺麗な首筋に視線が釘付けになり、罪悪感から目を背けそうになるがなんとか堪え彼女の目を見据える。ここで照れて誤魔化したりするのは恋愛に不慣れなティーンエイジャーだから可愛げがあるものの、僕なんかがやったらかえってダサい。大人の男として真っ直ぐ褒めてあげねば。


「うん、大人っぽくなったよ。すごく綺麗になった」


 世辞ではなく本心を伝えるのは中々ハードルの高いことだが、それでも照れずにいられた自分もついでに褒めた。


「本当!? 嬉しい! ねぇ、どんなところが綺麗?」


 うわ、困る質問。


 艶っぽい怪しげな微笑みから一転、きらりとした満面の笑みを浮かべる小夜子ちゃんだが、僕は内心、猫に見つかったネズミのような気持ちになった。つまり絶体絶命ということだ。

 全体を褒めたら次は細部を褒めないといけない、カップルあるある。まさかここで遭遇するとは。


「うーん、やっぱりヘアスタイルかな。付き合ってた頃は染めてなかったでしょ」

「うんうん」

「それに短くして大人っぽい」

「つい最近思い切って短くしたんだ。他には?」

「そうだなぁ……服のコーディネートが都会っぽくなったよね。学生の頃はもう少し子供っぽかった気がする」

「えへへ、人並みだけどファッション誌を読んだりして勉強したんだよ。他には?」


 やばい、早くもネタが尽きてきた。


「え……えっと、耳につけてるのはピアス? それともイヤリングかな? それもよく似合ってる。結構お高いのでは?」

「これはイヤリング。すごく気に入ってるんだ。でも露天で買った安いやつなんだよ?」

「そうなの!? 全然見えない! 似合う人がつけると良いものに見えるね!」

「ありがとう。他には?」


 もう勘弁して!!

 

「えっと……えっと……」


 視線を泳がせ、改めて彼女の全身をくまなくチェックするも良い言葉が浮かんでこない。外ならサンダルを褒められるが、今はテーブルの下に隠れて見えないので不自然か?

 肌がすべすべしてて良かった、というのはセクハラっぽいし、おじさん臭い。口が裂けても言えない。

 うーん、どうしよう。あと二秒で答えないと不機嫌になりそう。


「あ、それすごく似合ってるよ」

「それ?」


 僕は僕自身の下顎を人差し指で差し示した。


「うん、顎についてるおネギ」

「……もう、またそうやって揶揄うんだか……ら……」


 褒め言葉ではなく明らかな揶揄い文句に小夜子ちゃんはまたムスッとして、それでも素直に一応指で顎を撫でた。そのおかげで顎のネギは僕の視界から消え、彼女の指へと移った。そしてその物体を目視した彼女は目を見開き、言葉を失っていた。


 かと思えば次の瞬間には赤面し、僕を恨めしそうに睨みつけてきた。


「本当意地悪! ずっと私が顎にネギつけて喋ってるの見てたの!?」

「うん、見てた」

「すぐに言ってよ!」

「いやぁ、そういうアクセサリかと」


 ぷくぅ〜とお餅みたいに膨れっ面してあれこれと抗議する小夜子ちゃんはこの時ばかりは大人の女性から女子高生に戻ったみたいだった。


「どうせ今カノにもそんな意地悪ばっかりしてるんでしょ!?」

「え……あぁ……まぁ」

「もう! 振られちゃえば良いのに!」


 と、最後に一番きついパンチをお見舞いし、プイッと外方そっぽを向いてしまった。


 一方の僕はといえば、最後の言葉でこれまでの楽しい時間から一気に現実へと引き戻された。


「もう……振られたんだよね……」

「え……?」

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