第95話 理想は遥かに高く

 接近中の敵を探知した俺は、ヴァイオラの手を引いて天幕へ戻った。

 するとお嫁ちゃんずが駆けよって来る。


 「「トーマ様!」」「旦那様!」「あなた!」「マスター!」


 俺はみんなの心配そうな顔を見て、安心させるように言った。


 「大丈夫だ。奇襲でもない限り、問題ない!」


 幾分、皆の表情が和らいだ。


 「ベルちゃん。敵は『ルトゥム』ではない、で間違いないよね?」


 ベルちゃんはエリクシアの胸の谷間から飛び出して来た。

 最近そこにいる事多くないかい?


 「『ルトゥム』ではありません。マスター。

 パッシブとアクティブの両方の索敵で探知できます。アカシックレコードのログにバッチリ足跡が残っているので、奴等ではありません。

 ヴァランスの街の只のチンピラですね。」


 「よし!じゃ、装備を整えて迎撃する!

 ミシェルとクロシェットは輸送防護車ブッシュマスターを出して、その上から敵を狙撃してくれ!

 他は、二手に分かれて迎撃する。

 アルファ―チームは俺とサーシャとオリヴィエ。

 ブラボーチームはエリクシアとヴァイオラとセレナ。エリクシアが指揮を取ってくれ。

 みんな装備を整えろ。二分後に出発する!」


 そう俺が指示を出すと、皆は頷くと急いで装備を整え始めた。

 そして、装備を整えた俺達は天幕を出た。


 「敵はキャラバンの丘を回り込んで、南西方向から向かってくる。

 敵正面は俺が抑えるので、ブラボーチームは北から敵の側面を叩いてくれ。

 ベルちゃん。敵の情報をお願い。」


 「敵の数は五十四。キャラバンの丘の南西距離400から接近中です。

 武装は剣だけです。弓もクロスボウもありません。

 ただ、皆金属の板を打ち付けたシールドを持っていますが、それだけです。大したことはありませんね。

 えーと、魔術師もいませんし、隠密のスキル持ちもなし・・・と。

 ふんっ!舐められたものです!」


 やばい!ベルちゃんが怒っている。さっさと片付けよう!


 「よし!みんな奴らを叩くぞ!」


 俺達は天幕の固定ロープに気を付けながら、キャラバンの中を移動した。

 キャラバンの入り口では、夜番の見張りが居眠りをしていた。宴会があったとはいえ、後でイシュマル君にチクっておこう。


 クロシェットとミシェルは入り口の直ぐ外で輸送防護車ブッシュマスターを取り出すと、素早く中に入って行った。ブッシュマスターの車高を利用して、高所からの狙撃を行うためだ。


 俺はキャラバンの周りを半時計周りに少し移動して、伏撃ちの姿勢を取った。

 俺はバイポッドを出しながら、オリヴィエに指示した。


 「オリヴィエは10メートル程離れて、射撃準備してくれ。

 サーシャはオリヴィエの側で待機。敵の配置を確認してからだが、遊撃として南側から展開して敵を挟撃してくれ。」


 「「了解しました!」」


 今回はベレッタ GLX-160グレネードランチャーを外して、バイポッド付きフォアグリップを装備しているんだ。


 『ブラボーリーダーからアルファーリーダーへ。配置に着きました。』


 エリクシアが念話で伝えてきた。


 『よし。こちらが射撃開始したら、ブラボーチームも射撃を開始しろ!』


 『了解』


 今晩は、満点の星空に加えて、大きな青と白の月が出ている。

 明かりは十分だ。


 丘の麓に広がる麦畑の中を、麦をかき分けて男たちが進んでくるのがはっきりと見えた。シールドが邪魔で、歩きにくそうだった。


 『オリヴィエ、サーシャ。距離250になったら、射撃開始。」


 『了解』


 左目を閉じて20式小銃のスコープを覗き込む。

 右目の表示が狙撃モードになって、敵までの距離が表示される。


 260・・・255・・・250!


 「ダン!」「ダン!」「ダン!」


 俺が引き金を引くのと同時に、サーシャとオリヴィエが引き金を引いた!


 「うっ!」「・・・!」「グッ!」


 シールドを持って先頭を歩いていた三人が、頭を撃ち抜かれて倒れた。


 同時に敵の北側に回り込んでいたブラボーチームが射撃を開始した。


 「ダン!」「ダン!」


「ダダダ!」「ダダダ!」


 「えっ?この連射音って!」


 「4.6mm短機関銃(B)MP7ですね。

 あらまぁ!セレナが両手にMP7を持って、敵に突撃しました。」


 ベルちゃんが、俺の肩に座りながら戦況を解説した。


 「あら、それを見たサーシャも突撃しましたね。

 さすがケモ耳っ娘たちです!」


 え?どの辺が流石なわけ?流れ弾に当たるなよ!


 「ダダダ!」「ダダダ!」「ダダダ!」「ダダダ!」「ダダダ!」「ダダダ!」


 セレナとサーシャは敵の隊列に突入して、MP7とP90 TRを連射している!敵がかく乱された!


 「ダ―ン!」「ダ―ン!」


 サーシャとセレナの後ろで、剣を振り上げていた男の頭がスイカの様に破裂した。ぐ、グロイ!


 「あー、これがいわゆる『汚い花火』って奴ですか?

 ミシェルのバレット M107ですね。さすが12.7x99mm NATO弾。半端ない威力ですね!」


 俺はベルちゃんの感想を聞き流しつつ、ヘッドショットを続けた。


 「ミシェルにクロシェット。真ん中で三人のタワーシールド持ちに護衛されている、ショートソードを持った太った男が見えますか?

 ヤツがリーダーです。ヤリなさい!」


 ベルちゃんが冷たい声で、指示を出している。


 「ダ―ン!」「ダ―ン!」「ダ―ン!」「ダン!」


 ミシェルのバレット M107が、タワーシールドの後ろに身を隠していた敵の頭を撃ち抜いた。さすが対物ライフル!

 ミシェルがタワーシールドを持った護衛三人を倒すと、すかさずクロシェットがレミントンM24SWSで、敵リーダーの頭を撃ち抜いたようだ。

 うん、いい連携だな二人とも!


 リーダーを倒された敵は、バラバラに逃げようとするが、そこからは単純な的当てだった。


 十分もかからずに、敵は全滅した。


 その頃になって、俺達の銃声を聞きつけたキャラバンの男達が手に剣を持ちながら集まって来た。

 

 颯爽と集まって来たと言いたいところだが、皆アルコールの匂いをぷんぷんさせて、ゾンビのような顔色でノロノロと歩いて来る。ああ、見るに忍びん。


 『ミシェル。皆にアルコールを解毒する魔法を掛けられないか?』


 『はい、あなた。みんなの酒精を解毒します。』


 俺は、ミシェルと戻って来たエリクシアにも頼んで、キャラバンの男達のアルコールを解毒してもらった。


 まあ、何人かはせっかくの酔いを醒まされて、残念そうにしていたが、それよりも安全が一番大事だ!


 俺は駆け寄って来たイシュマル君に、警備の甘さを指摘して、更に倒した敵の処理をお願いしてから天幕に引き返した。


 天幕に戻ると、カグファ爺さんが待っていた。


 「カグファ爺さん。敵は片付けて来たよ。

 イシュマルに倒した敵の処理と、警備の立て直しを指示してきたから。それが終わったら、警備以外はみんな休むように言ってくれ。

 それから、話は明日にしよう。爺さんもそれが終わったら、休むんだぞ!歳なんだからさ。」


 「承知。ではまた明日。」


 そう言って爺さんは天幕を出て行った。

 あー、あの分じゃみんなこってりと絞られるな・・・。


 俺達も軽く汗を拭いて、用意された寝床に潜り込んだ。


◇◇◇◇◇


 翌朝、キャラバンの女衆が用意してくれた食事を終えると、カグファ爺さんがイシュマル君達をつれて、天幕に入って来た。


 イシュマル君を始め、十人の男の顔に青あざが出来て無残に腫れている。


 「トーマ様。おはようございます。」


 『・お・・は・・・ご・・・・。』


 爺さんの挨拶に続いて、男達も挨拶したがよく聞き取れない。

大分こってりと絞られたようだな。

 

 するとイシュマル君がにじり寄って話した。


 「トーマ様。昨晩はとんだ醜態をさらしました。申し訳ございませんでした。」


 イシュマル君がそう謝罪して絨毯に手を付いて深く頭を下げると、青あざの男達も皆口々に詫びを言って頭を絨毯にこすり付けた。


 「昨晩、皆が浮かれ騒いだ気持ちは分かる。

 だが、今現在俺は強大な敵に命を狙われている。そして、俺の仲間になった以上、当然ここの皆も狙われる対象になったんだ。

 今後、お前たちの油断で、キャラバンの家族の命が危険に晒されることを肝に銘じてくれ。

 お前たちの謝罪は受け取った。」


 「あの、皆様方に苦痛の色が見受けられ、わずかですが魔力の揺らぎを感じられます。

 よろしかったら、私が治療いたしましょうか?」


 ミシェルがそう申し出た。


 「いや、奥方様。それではこの者共の罰になりませぬので、お気持ちだけで結構じゃよ。」


 カグファ爺さんが厳しい声で、ミシェルの申し出を断った。


 「まっ!奥方様だなんて!そんな・・・ふ、ふふふ♡」


 ミシェルは頬を染めながら、体をモジモジさせている。

 幸せそうで良かったな、ミシェル。


 そして、昨夜見張りだった男達が天幕から出て行った。


 俺はエリクシアが入れてくれたアモン茶を飲みながら、皆に話し始めた。


 「さて、それじゃ大事な話をしようか。」


 俺はここにいるみんなを見渡しながら言った。


 「俺達には住むべき場所もまだ決まってないが、それでも共同体として活動する為にやらなければならないことがある。

 まず、一番大事なことは俺達のルール。つまり法だ。」


 何人かは俺の考えに賛同して頷いてくれている。


 「俺は聖人君子でないし、ましてや俺の子孫にそれを求めるつもりもない。そこでどうするのか。

 俺は法の元になる憲法を作る。

 憲法とは法律の法律だと思ってくれ。」


 恐らく、この世界で初めての概念だろう。

 皆の顔に疑問が浮かんでいるのが見て取れる。


 「俺の国では、王も貴族も民の皆この憲法の元に平等に権利を保障され、また平等に義務を負うんだ。

 俺自身、この憲法に基づいて定められた法律に違反した場合、法律に基づいて処罰されるし、為政者が憲法に逆らって勝手気儘に法律を作る事は出来ないんだ。」


 俺はそこまで話して、皆が理解できるように間を置いた。


 「権力と言うものは、必ず腐敗する。

 だから、憲法というのは権力者を始め、全ての民を平等に縛る鎖でもあり、弱者が権力者に抵抗する為の最強の剣でもあるんだ。

 弱きものが強きものに虐げられる世の中ではいけないんだ!」


 みなの瞳に理解の光が灯り始めた。


 「俺はこの憲法で、民が中心となる国を作ると宣言する。

 民が主となる政治。これを民主主義という。

 そして、俺即ち王は、この憲法を元に政治を行い、憲法を遵守する事を宣言する。

 これを立憲君主制という。


 理想は遥かに高く、道は遠く険しい。

 だから、どうかみんなの力を貸してほしい。俺を信じてついて来る民の為に。」


 俺はそう言って皆に深く頭を下げた。

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