第96話 国防軍
未知と遭遇した時、人はそれを激しく拒絶するか、旧来の何かに固執するのが人として当たり前の反応なのではないだろうか。
しかし、ここにいるみんなは、『憲法』という新しい概念を理解しようと必死になっている。ただただ俺の理想に殉ずるために。
俺は狂おしいほどの愛しさで、胸がはちきれそうだった。
「みんな、ありがとう。
これは急ぎの案件ではないんだ。じっくりみんなで取り組んで、後世の子孫に胸が張れるような良いものを作って行こう。
そこで、オリヴィエとエリクシアにお願い何だが、この憲法草案の作成責任者になってくれないか?」
「はい、トーマ様♡ 私の持てる全てを捧げて、あなた様の理想を実現させて見せます!」
オリヴィエが目を潤ませながら答えてくれた。
「旦那様♡ あなた様の理想は私の理想です。私もあなた様の理想の実現の為に、この命捧げましょう。」
なんだか最近のエリクシアはアフロディーテの様に神々しく見える時がある。今もエリクシアの慈母の表情に、俺は祈りを捧げたくなったよ。
「さて、俺達の国造りの礎となる法律は、ここにいるみんなとおいおい作っていくとして、今急務なのは防衛だ。
そこで、イシュマル君。君が信用できる人間を三十名選んでくれないか?」
「はい、畏まりました。」
イシュマルが頷いた。腫れた顔が痛々しいな。
「カグファ爺さんとイシュマルに説明しておく。
二人とも知っている通り、俺達はこの世界には存在しない武器や装備を使う事が出来る。
それは、創造神様が俺に与えてくれた恩寵のスキルなんだ。
これまでは俺の家族にしかその力を開放していなかったが、この力を家族以外にも開放して行こうと思う。俺達の国を守るのは、自身の力で守らなければならないからだ。
だから、イシュマルもどうかその覚悟のある者を選んでくれ。
資格は先に言った通り、まずはイシュマルが信用の置ける者である事。そして、国を家族を守る強い意志のある者。この二つだ。武術の心得とかはいらない。こちらで訓練する。」
俺がそうイシュマルに説明すると、カグファ爺さんが口を挟んだ。
「イシュマルよ、ついに予言が満ちる時のようじゃの。」
「はい、長老。」
イシュマルは重々しくカグファ爺さんに頷いて見せた。
「トーマ様。この男が生まれた時、イシュミル人の旅の占い師が突然我がキャラバンを訪れ、ある予言を告げたのじゃ。
この赤ん坊はやがて大いなる力を授かり、イシュミル人のマルとなるであろうとな。
マルとは古いイシュミルの言葉で、鉾を意味する。
だからその赤ん坊はイシュミルの鉾、イシュマルと名付けられたんじゃ。」
「よし、イシュマルよ。その名の通り、イシュミル
だが、俺の国民はイシュミル人だけにあらず。多種多様な人種が我が民となるであろう。
イシュマルよ、お前はそれらイシュミル人以外の我が民の為にも、その命、その鉾を捧げる事ができるやいなや?」
あれ、なんか気合が入ったら神力がこもってしまったみたいだ。
お嫁ちゃんたちが驚いた表情でいるし、爺さんとイシュマルも。特にイシュマルは俺の神力に直接当てられて、震えだしてるぞ。
「わ、わが命。我が鉾は、我が同胞の為だけに振われるものではありません。
あなた様に従う全ての民の為に捧げましょう。ベル・トーマ大王よ・・・」
イシュマルは震えながらも、心からの誓いを語り、己の佩刀を俺に差し出した。
俺はイシュマルの佩刀を鞘から引き抜き、イシュマルの肩に当てて宣言した。
「我、長瀬冬馬は、『連隊長』の権限に於いて、イシュミルの鉾イシュマルを二等陸尉に任官し小銃小隊長に任ずる。
また、イシュマルに小隊長の権限に於いて、分隊長及び隊員を任官する権利を分与する。」
すると、イシュマルの剣が一瞬輝きを放った。
[長瀬冬馬はワンマンアーミー『連隊長』の権限に於いて、イシュミルの鉾イシュマルを二等陸尉に任官し小銃小隊長に任命しました。
それによりイシュマルは二等陸尉までの装備を使用する事が出来るようになりました。また倉庫の使用権を連隊長から付与されました。
更にイシュマルには小銃小隊長として、分隊長を四名及び各分隊に隊員七名ずつを任命する権利を分与されました]
「おお・・・」
カグファ爺さんが、突然頭に響いたシステム・ベルちゃんの声に驚きの声を上げた。
「うっ・・・くっ!」
イシュマルは突然流れ込んで来た膨大な知識に、うめき声をあげている。イシュマルは脂汗を流しながら、しばらくじっと耐えた。
そして、インストールが終わったのか、イシュマルの緊張が解かれた。
「イシュマルよ、まずはこの佩刀を返そう。」
俺はイシュマルに剣を返した。
「それじゃ、イシュマル。右目に見える倉庫のアイコンに視線を合わせて、そこから20式小銃を選択してごらん。」
「うっ、くっくくくっ!」
うん、そうだね。最初はみんな視線ポインティングに苦労するよね。
暫く待つと、イシュマルの手に20式小銃が現れた。
「イシュマル。それが俺達の武器であり、今日からはお前の鉾となる。
その力は、どうか自分自身と国民を守る為に使ってくれ。」
イシュマルは20式小銃に驚きつつも、それを捧げ持ち俺に誓った。
「この武器は今から我が鉾!大王と国民を守る為に使う事を誓う!」
大王はかんべんしてくれ・・・。
―・―・―・―
その後俺は、昼食後にイシュマルの信用する部下三十人を連れてくるように指示して解散した。
「さて、ベルちゃんさんよ。一つ聞きたいことが有るんだが。」
「なんですかいな?マスターさんよ。」
また、エリクシアの胸の谷間に隠れていたベルちゃんが、ひょっこりグランドキャニオンから顔を出した。この陽気に蒸れないのかね、そこは?
「こんな時こそしゃしゃり出て来そうな教官達が、最近全然頭の中にいないのだが、奴等どこ行った?」
「・・・ああ、えっと・・・そう、出向中です!」
ベルちゃんの目が泳ぎまくっている。
「なんだそりゃ?イシュマル君達を訓練する専任の教官が欲しいんだが・・・。」
「あ、それだったら二名程戻しましょう。」
そういって、ベルちゃんは指をパチパチと鳴らした。正確には指を鳴らすフリな。音が出なかったから。
すると、俺の前に厳つい顔をした妖精?羽がある三頭身?の不思議君が二人現れた。
「マーヨネーズ曹長とフォーリー軍曹です。」
「え?米軍さん?」
濃い顔立ちだから、米兵さんかな?
「いえ、陸自OBです。というか、正確には陸自OBの精神情報体が宿ったアバターです。
昔のハリウッド映画に出てた鬼教官にあこがれて、こんなキャラクターになってしまいました。
不本意ですが、我ながら不思議です。」
一番の不思議ちゃんは君なんだがね・・・。
「それじゃ、マーヨネーズ曹長とフォーリー軍曹。
君たちに新兵を任せたい。どれくらいで戦力化できそう?」
「サー!米軍の新兵訓練期間は六か月で、陸自の新隊員教育期間は三か月ですが、我々は六週間で鍛えて見せます!サー!」
マーヨネーズ曹長が直立不動で答えた。
「サー!寝る間も惜しんで、極限まで追い込んで鍛え上げます!米Navy SEALや陸自特戦に引けを取らない猛者に鍛え上げてご覧に入れます!兎共には負けません!サー!」
とフォーリー軍曹。兎?何かのコードネームか?
「よし、頼んだぞ!」
「「イエッサー!」」
本当に陸自OBの方なのか?
「サーシャ。君もできる限り教官達に協力して、イシュマル達の訓練に当たってくれ。特に新兵訓練のノウハウを学ぶんだ。いいね?」
「はい、トーマ様。時間が許す限り、訓練のお手伝いをして、ノウハウを学びます。
お二人とも、よろしくお願いします。」
厳つい鬼教官達が、真っ赤になりながらサーシャに返礼した。
「「イエス、マム!」」
◇◇◇◇◇
その日の午後、栄えある我が国防軍の第一期生に選抜された、イシュマル君を含む三十一名は、陸上自衛隊戦闘装備フルセット(武器弾薬を含む)を身に付けながら、キャラバンの丘の周りを鬼教官に追いかけられて、全力で行進ているのが目撃された。
その晩俺が就寝前に星空を眺めに天幕の外に出た際も、彼らの行進訓練は続いていた・・・。
がんがれ!国防軍は君らの献身を誇りに思うぞ!知らんけど!
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