第94話 こころざし

 「どうか我等を遥かなる安住の地カナンへお導き下さい!王よ!」


 キャラバンの中にいたイシュミルびと全員が、老いも若きも俺に深く首を垂れて嘆願している。


 皆の熱い思いが伝わってくる。だが、俺は・・・。


 「トーマ様。何をお悩みなのですか?」


 サーシャが俺の手を取って尋ねてきた。


 「サーシャ。・・・俺は王様だなんて器じゃないんだ。それに、俺は人の上に立つ人間ではなく、人と共に在る人間でありたいんだ・・・」


 サーシャは俺の手を自分の胸に当て、愛おしそうに両手で包みながら言った。


 「トーマ様は、これまで私達家族を守る為に、自ら体を張って全力で守って下さいました。

 彼らの王になった時、みなを守り切れるかどうか不安なのですね?

 ご自分の見えないところで、仲間たちが傷つき倒れていくことが恐ろしいのではないのですか?」


 ああっ、どうしてこの娘は俺の気持をこんなに理解しているのだろう・・・。


 「・・・そうなんだ。サーシャ。俺には皆を守りきる自信がない・・・。

 ・・・どうしたら、皆を幸せにできるかも分からないし、経験も、知識も、何にもかもないんだ・・・」


 「トーマ様。あなたは私達の太陽です。

 民は、自分達を導き照らしてくれる太陽を求めているのです。

 誰も太陽に日々の糧を世話してくれることを求めてはいませんし、身に危険が及んだとて太陽を恨むものなど居りません。

 でも、もし太陽がいなかったら、私達は進むべき明日を見る事が出来ないし、暗闇にただ身をすくめて、恐怖に怯えて震える事しかできないのです。

 ですから、トーマ様は太陽として、そこにいてくれるだけで良いのですよ。」


 すると、オリヴィエがもう一つの手を胸に抱いて言った。


 「トーマ様はただ君臨するだけで、統治せずとも良いのです。

 面倒な政は私達にお任せくださいませ。サーシャ様も、エリクシア様も、ヴァイオラ様も、ミシェル様も、クロシェット様も、セレナちゃんも、そして私もその為にお側にいるのですから。」


 すると、エリクシアが俺の前に進み出て、俺の膝に手を置いて言った。


 「私達家族以外にも、カグファ長老やイシュマル族長もきっと旦那様を支えて下さいます。それに旦那様がお声を掛ければバルガーム・パシャ殿もきっと。

 旦那様が、全ての事に責任をお感じになる必要はありません。

 旦那様をお慕いする者、全てが力を合わせてあなた様をきっと、きっとお支え致します!」


 今度はヴァイオラが俺の前に進み出て、三つ指を付きながら言った。


 「私もセレナも旦那様に救われました。そして、旦那様と同じ時を過ごすうちに、心も癒されてまいりました。

 旦那様にとって、老いも若きも、容姿の美醜も、人種も、貧富も、貴賤も、地位や権力でさえ、人を計る目安ではありません。

 あなた様にとって大事なのは、その人の心のありよう。只それだけです。

 どうか、その公正なお心で民を慈しみ、一人でも多く悲しき心の迷い人にお手を差し伸べて下さいませ。

 どうか、どうか心からお願い申し上げます。」


 そう言うと、オリヴィエとセレナが深く深く頭を下げた。


 「あなた。ここにいる者全て、あなた様を心から敬愛し、赤子が母親の愛を求めるように、あなた様を願い求めております。

 これほど純粋な祈りの魂を、聖天宮や聖教会以外で見る事はありません。

 あなた。あなたが私達家族に注いでくださる慈愛の光を、どうか迷い震えている魂達にも注いであげて下さいませ。

 あなたのその大いなる慈愛の魂は、遍く世界に注ぐに足り得るほどの慈愛に満たされております。」


 ミシェルがそう言って、俺に微笑みかけてくれる。


 「クロには、マスターが何に心悩ませているか分からないの。人の心が分からないから・・・。

 でもね、でもね、これだけは分かるの!

 ここにいるみんなが、マスターの事が大好き!好き好きだって事!

 だから、マスターはなーんにも恐れる事なんてないの!

 マスターの心の赴くまま、気にしないでどんどん突き進めー!」


 クロシェットが拳を振り上げて気勢を上げている。


 俺は家族たち、カグファ爺さんやイシュマルを始め、ここに集った全員の瞳を一人一人見つめて行った。

 全員の瞳には強い意志の光が宿っている!


 「古来俺の故郷では、数多の王朝が誕生しては滅んで行った。

 神話の時代、神授の王権で勃興した王朝もあれば、易姓革命で前の王朝を倒して樹立した王朝もある。

 ただ、民に押し抱かれて樹立した王権は、寡聞にして聞いた事がない。」


 ここにいるみんなが、俺の話を固唾を飲んで聞き入っている。

 ベルちゃんが、俺の声を天幕の外にいる人たちにも聞こえるように伝えてくれているようだ。


 「正直、俺は王様の柄じゃない。短気で、ちょっとスケベな只のガキだ。

 でも、これほど多くの民が、俺を慕って俺と共に暮らすことを望んでいる。

 だから、俺は民に押し担がれて立つ、風変わりな王になろう!

 皆の常識とは違った、一風変わった王かもしれないが、皆で共に幸せになろうじゃないか!」


 俺がそう決意を述べると、ベルちゃんが高らかと宣言した。


 「ベル・トーマ王!万歳!」


 「「「「「「ベル・トーマ王!万歳!」」」」」」

 

 万感の思いを込めて、イシュミルの民が口々に万歳を叫んだ!狂おしいほどの熱狂が、キャラバンを包み込んだ。


◇◇◇◇◇


 その後俺は、イシュミルの民の熱烈な歓迎を受けた。


 街に出ていた者が、キャラバンに戻ってくるたびに、俺の前に体を投げ出しては、涙を流しながら俺に忠誠を誓うのだった。


 「なあ、爺さん。これ何とかならないか?

 キャラバンの者が街から戻って来るたびに、ひれ伏して涙ながらに忠誠を誓うのって、居た堪れないんだけど・・・。」


 「陛下。もうし・・・」

 「それそれ!その陛下ってやつも、出来るなら勘弁してくれ。

 俺自身何も変わってないのに、そんな大層な呼び方されたら、尻がムズムズするんだよ。

 だから、出来ればトーマ。せめてナナセと呼んでくれ。」


 カグファ爺さんとお嫁ちゃんずが顔を見合わせて笑っている。


 「ははは。では内輪の席ではトーマ様と呼ばせていただきましょう。」


 笑いながら、カグファ爺さんが言った。


 「ですが、トーマ様。我等イシュミルの民の振る舞いを、どうかご容赦くだされ。

 我等イシュミルの民は祖国を失って以来、五千年に渡り我等を導いて下さる王を待ち望んでおったのですから。

 何代にも渡り待ち望んでいた王が、自分の代になって現れるとは正直誰も思いもしなんだ。

 なので、トーマ様には一族の者の振る舞いを、どうか笑ってお許しくだされ。」


 おれはそう言われたら、ただ苦笑するしかなかった。


 だが、その後カグファ爺さんとイシュマル君は、族長の天幕を俺に譲ろうと言い張ったのだが、それだけは俺が固辞した。

 それで俺達がキャラバンの外れに、いつものように宿営用天幕シュクテンを張ろうとしたら、今度は爺さんたちに反対されてしまって、仕方なくキャラバンの中央広場に、爺さんたちの予備のなかで最高の天幕を張ってもらうことになった。


 その事が決まるやいなや、キャラバン中の男女が総出で俺達の天幕を張ってくれて、しかも俺達が住みやすいように自分たちの取って置きの調度品を次々と俺達の天幕に運び込み始めたんだ。


 これには俺もお嫁ちゃんずも面食らってしまい、ただ呆けてみてるしかできなかったんだ。我に帰るさって、皆で大笑いしたんだがね。


 それからは、俺の天幕に次々とキャラバンの女衆が料理を持ち込み、一族総出での大宴会が始まった。


 イシュミルの料理は、バルガーム・パシャの故郷の料理に似て、香辛料が惜しげもなく使われていたが、とても美味しかった。

 とくに羊の肉を使った料理、というか肉塊をサーシャとセレナが大いに気に入って、何度もお代わりしていた。


 そして宴会の最中、何故か俺の胡坐の上にはチシャが陣取って、我が物顔で主権を主張していた。

 チシャは他の女の子たちが俺に近寄る事を許さず、彼女達を悔しがらせていた。


 宴も盛り上がってくると、若い娘たちが露出の多い煽情的な民族衣装で、俺の前で激しく腰を振って踊り始めた。

 これってベリーダンスって言うんだっけ?


 口元だけをかくして、妖艶な目元から悩まし気な視線を投げかけられ、素晴らしいプロポーションを、特にご霊峰をプルプルと震わせて踊る様子は、昨日嫁を六人も貰ったばかりの俺を、とてもまずい状況に追い込んだ!とくにチシャが股間に座っているからな・・・。


 クロシェットが飛び入りでダンスに参加して、それにつられてセレナも飛び入りで加わると、皆大いに盛り上がったんだが、幼児体系の二人がセクシーなダンスを踊る姿がウケて、俺の危機を救ってくれたんだ。二人ともGJ!


 宴は夜を更けても続き、酔いつぶれた大人たちが次々と自分の天幕に運び出されて行き、いつの間にか男達が全て退去すると、後片づけも女達によって手際よく済まされた。


 おれは、一息つくために天幕の外に出て、夜空を仰ぎながら酔いを醒ましていた。青の月と白の月が、大地を明るく照らしたいる。


 「旦那様。」


 そう言ってヴァイオラが、水の入ったゴブレットを差し出した。


 「ありがとう。」


 俺は良く冷えた水を一気に飲み干すと、また満天の星空を見上げた。


 「・・・後悔なさっておられるのですか?旦那様・・・」


 ヴァイオラが俺の手から、空になったゴブレットを受け取りながら、心配そうに尋ねた。


 「そんなことはないよ。ヴァイオラ。」


 俺はヴァイオラの肩を抱きながら答えた。


 「俺はね。前世では重い病に掛かって、子供の頃から大人になって死ぬまで、ずっと病院の中で暮らしてたんだ。

 だらか、知り合いも少なかったし、友達と呼べる存在も数えるほどしかいなかったんだ。」


 ヴァイオラが俺の肩に頭を預けながら、だまって聞き入っている。


 「だから、こんなに多くの人と関わった事はないし、こんなにたくさんの人に慕われた事もなかったんだ。

 だから・・・」


 「だから?」


 ヴァイオラが俺の瞳を見つめながら、聞き返してきた。


 「だから、俺は・・・!」


 その時、俺の戦術ディスプレイに敵意ある存在が、接近しているのを探知した!敵だ!


 「だから俺は、この人たちを全力で守る!」

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