第93話 イシュミル人

□□□犯罪ギルド 灰狐


 「見つけたか!」


 俺は手下の蚤髭に尋ねた。組織に長く仕える古参の小悪党だ。


 「へい、頭。先ほど北門付近に現れて、東門方面に向かう姿を複数の下っ端が見たと報告が来ました。

 恐ろしくでけえ鉄の馬車だったそうで、間違いねえかと。

 どうしやす?」


 俺は手に持っていた焼けるような火酒を飲み干して、ゴブレットをテーブルに叩きつけた。


 「決まってるだろ!白金貨五千枚の賞金首だ!なんとしても俺達で仕留めるんだ!

 どこに現れるか分からないネズミが、ノコノコと現れたんだ!こんな機会を見逃すのは、よっぽどの間抜け野郎だけだぜ!」


 「しかし、頭。アラン連合王国の敵宣言はどうするんで?商業神の神罰に当たっちまいやすぜ。」


 「神様のこたあ、死んだ奴らか神官が気にすればいいんだよ!現世で生きてる俺達にとって、一番重要なこたぁは金貨だ!違うか?」


 「いえ、全くその通りでさぁ。」


 「だったら手下を全部集めろ!まずは奴等の居場所を突き止めるんだ!手段は選ぶなよ!」


 「へい。」蚤髭はそう言って、部屋を出て行った。


 まだ午後の早い時間帯だ、きっと奴等はこのヴァランスに宿を取るはずだ!

 奴等恐ろしく強力な武器を使うと聞いている。

 いくつもの軍隊がそれにられたって事だったな・・・。


 どうする・・・。


 軍隊の様な正攻法では恐らく勝ち目がねえ・・・。セントニアの軍がそれで散々痛い目にあわされているじゃねえか・・・。


 兵隊じゃなく、俺達に出来る事・・・。ペテン。イカサマ。毒・・・それに暗殺。


 俺等の馴染みの殺りかたを考えるんだ!


◇◇◇◇◇


 カグファ爺さんは、瞳に激しい憎悪と怒りの光を宿し、ゆっくりと語り始めた。


 「ナナセ殿を付け狙う者、あの唾棄すべき奴等は、我等まつろわぬ民、イシュミルびとの怨敵!

 我等が祖国、大魔導帝国カルディナを滅亡させた者共なのじゃ!」


 俺は、カグファ爺さんの気迫に一瞬驚いた。


 「爺さん。カルディナ大魔導帝国の滅亡って、確か大昔だったんじゃ?」


 爺さんは自分を落ち着かせるように、アモン茶を一口啜ってから答え始めた。


 「およそ五千年前の事じゃったと伝えられておる。

 じゃが祖国を、民族の誇りを撃ち滅ぼされ、故郷の地を追われる事となった儂等にとって、それは昨日の事であり、万年前の気が遠くなるような昔の事でもあるのじゃ!」


 爺さんの膝に添えた握りこぶしが震えている。


 「カルディナ大魔導帝国を滅亡させた奴等が、今俺を狙っている敵だと?」


 「そうじゃ、奴等は己を『ルトゥム lutum』と呼んでおる。

 カルディナ帝国の滅亡から生き延び、この西方文明圏オキシデンテ諸国に逃げ延びて来た我等イシュミルびとが、命懸けで取り組んできたのが、命を明日につなげる事と、カルディナ帝国が滅びた原因を探る事だったんじゃ。

 しかし、五千年の時を費やしても、残念ながら分かった事はそう多くない・・・。その中の一つが奴等の名じゃ。」


 カグファ爺さんは天を仰ぎながら、肩を震わせている。まるで涙を堪えているかのように。


 「爺さん、その『ルトゥム』って奴等は、一体どうやってその大魔導帝国を滅ぼしたんだ?

 どうも俺にはそこがすっきりしないんだ。」


 爺さんはしばらく腕を組み、目を閉じてじっと考えながてから、ゆっくりと答えた。


 「詳しくは分かっておらん。おそらく、この世でそれを知っておるのは白の塔に居る、白の大賢者様だけじゃろう。

 儂等に伝わる伝承では、禁忌の大魔法によって滅んでしまったと伝えられておる。

 残念ながら、儂等にそれを確かめる術はないのじゃ・・・」


 爺さんはそう言うと、深いため息をついた。


 俺は家族たちを見渡した。

 誰もが真剣な眼差して、カグファ爺さんの話に聞き入っていた。


 「カグファ殿。あなた方はどうやってその『ルトゥム』が旦那様を狙っているとお知りになったのですか?」


 エリクシアが深い沈黙を破って爺さんに尋ねた。

 すると爺さんはニヤリと笑って、オリヴィエを見ながら答えた。


 「何だ、お嬢さんは教えておらなんだか。

 儂の古い友人に、ある貴重なスキルを持った爺さんが居ってのぉ。その爺も儂等と同じ様に、カルディナ大魔導帝国滅亡の謎を追っておるのじゃ。

 その爺さんは、神の恩寵の力によって、毎晩過去の情景を霊視する事が出来るのじゃ。

 如何なる時代の、如何なる場所であっても、その爺さんの霊視で見れない物はないそうなのじゃが、たった一つ問題があっての、己の見たいことを見る事が出来ないのじゃ。

 つまり、過去のあらゆる場所の出来事を霊視できるが、それは無作為にしか見る事が出来ないのじゃ。」


 「お爺様!」突然オリヴィエが声を上げた。


 「その通りじゃ。アントナレオのオリヴィエ嬢。あなたの爺さんであるオベレリオ・アントナレオは儂の古い友人なのじゃ。」


 「オリヴィエ、どうゆう事?」


 俺はオリヴィエに尋ねた。


 「トーマ様。私の祖父オベレリオは、成人の歳に神の恩寵を授かりました。それがカグファ様の仰った【霊視】のスキルです。

 大変貴重なスキルではありましたが、任意の事柄を見る事ができない為、周囲の者はいたく失望しました。それ以上にお爺様自身がとても傷ついてしまいましたが・・。」


 オリヴィエは辛そうに俯いてしまった。


 「・・・実は、祖父が【霊視】を見るのは、夜だけではないのです。ふいに【霊視】の時が祖父に訪れ、クリテリオ枢密会議の最中にも【霊視】が訪れた事がございました。

 重要な政務に支障をきたすスキル。

 祖父は非常に悩み、そして祖父は退位し、王位を当時十三歳だった父に譲ってしまったのです。

 それ以来祖父は、歴史の研究に没頭し、歴史書の執筆に生涯を捧げております・・・。」


 「すると、オリヴィエのお爺さんが、創造神様と俺の天界での会話を知っているのは・・・」


 「間違いなく【霊視】で見たのかと。」


 「面白い!面白いわ!」突然ベルちゃんが叫び出した。


 「アカシックレコードを欺く事が出来る『ルトゥム』の事を、スキルで見る事が出来るなんて!

 これはベルに対する挑戦ね!フンス!」


 ベルちゃんが興奮しながら飛び回っている。


 「カグファ爺さん、ありがとう。敵の輪郭が段々掴めてきたよ。」


 俺はそう言ってカグファ爺さんに深く頭を下げた。

 すると爺さんは片手を上げて俺を制止した。


 「もう一つ、とても重要な話があるのじゃ。」


 爺さんは、その重要な話をする前に、皆のアモン茶を入れ替えてくれた。


 一口、入れたてのアモン茶の香りを味わってから、カグファ爺さんはその重要な話を切り出した。


 「儂はナナセ殿が『ルトゥム』に狙われておるとオベレリオ・アントナレオからの連絡を受けると、直ちにイシュミルびとの長老会にある事を計ったのじゃ。

 それは、イシュミル人の全ての力を以て『ルトゥム』の敵と成ったトーマ・ナナセ殿を支援すると言う事じゃ。」


 俺は驚いて、爺さんを見つめた。


 「いや、それは嬉しいが、支援って・・・」


 「イシュミル人が五千年かけて築き上げてきた、商流網、諜報網、人材、組織、資金。それら全てを以てナナセ殿を支援する。いかがかな?」


 「そんな事言われても・・・。俺には・・・。」


 「トーマ様♡ お受けいたしましょう!」


 オリヴィエが俺に身を乗り出してきた。


 「お受けしたとしても、どうせトーマ様は私達家族だけで、事に対処するおつもりなのでしょう?

 それでしたら、お受けしても何ら変わりございませんわ。

 イシュミル人の申し出は、保険と思えばよろしいのですよ。」


 オリヴィエを真っすぐ見つめると、オリヴィエは力強く頷いてくれた。

 他のお嫁さんたちを見ても、皆俺に頷いてくれる。


 「分かった。カグファ爺さん、イシュミル人の申し出を受けよう。」


 「それは何よりじゃ!」


 そう言ってカグファ爺さんは自分の膝を叩いた。


 「それともう一つ、これはどちらかと言えば個人的なお願いなのじゃ。」


 そう言ってカグファ爺さんとイシュマルは絨毯に両手を付き、俺に平伏して口上を述べた。


 「トーマ・ナナセ様。我等イシュミルのマサフィー 支族はあなた様を主と仰ぎ、あなた様と共に大地に根を張り、土を耕し、家を建て、そこで子を産み育てて行きとうございます。

 どうか、我等の王になって下さりませ!」


 そう言ってカグファ爺さんとイシュマルは、絨毯に額をこすり付けた。


 「ちょっ!爺さん、頭を上げてくれ!俺は人の上に立つ王様になんて、なるつもりは全くないんだ!」


 すると、成り行きを見守っていたベルちゃんが突然俺の目の前に飛び上がり、黄金の光を発した。


 『やがて八曜の民集いて、王権を授けたもう。

 大王民を導きて、乳と蜜の流れる地カナンに王道楽土を築くものなり。』


 いつものベルちゃんとは全く違った声が、俺達の頭に響いた。それはカグファ爺さんやイシュマルにも届いたようだ。

 どこか聞き覚えの有る様な、優しそうな女性の声だった。


 ベルちゃんは両手を広げて、俺に語りかけた。


 『恐れる事はありません。星の子よ、我が愛し子よ。イシュミルの王権を受け取り、遺産を相続するのです。遥かなるカナンの地に於いて。』


 後になって知った事だが、今の声は全てのイシュミル人に響いたようで、キャラバンの中にいた全員が族長の天幕に押しかけてきて、皆涙を流しながら両手を大地に投げ出して口々に懇願した。


 「どうか我等を遥かなる安住の地カナンへお導き下さい!王よ!」

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