第84話 聖なる場所

 俺はロナー川河口流域西側に広がる、広大なパハジ高地をUH-60JAブラックホークで北北東に向けて飛行している。

 パハジ高地の奥にある、天聖宮を目指して。


 パハジ高地には6,000メートルを超える山が八座もあると、ベルちゃんが教えてくれた。

 さすが地元の言葉で、『天』を意味する『パハジ』の名を冠するだけの事はある。


 ここには、そんなクライマー魂をくすぐる様な山以外にも、3~4,000メートル級の山々が沢山あるので、俺はブラックホークの上昇限界高度近くの高度3,800メートルを、巡航速度約235km/hで山並みを縫うようにして飛行していた。


 神経を使う山岳飛行中であったが、オリヴィエにお願いして聖教会について教えてもらっていた。

 

 「聖教会とは、西方文明圏オキシデンテ最大の宗教で、天界の神々を崇める多神教の宗教です。

 教義は、まあ、それぞれの神の教えを守って、幸せに生きましょうみたいな、緩い教義ですね。」


 オリヴィエはミシェルさんの手前、説明しにくそうに言葉を選んで説明している。


 「例えば、地母神アフロディーテ様を信じる者だったら、他者を慈しめだったり、産めよ増やせよなんて言うものありますね。」


 さすがアーちゃん様の教義だな。


 「メルクリウス神様は?」


 俺はアラン連合王国の守護神様について尋ねた。


 「メルクリウス神様は商業神様です。ですので、メルクリウス神様の教義は唯一、己の才覚を以て一枚でも多く金貨を稼げ!です。」


 オリヴィエが誇らしげに答えた。面白い神様だな。


 「ふーん、それじゃ俺達が向かう、アルマーナ王国はどうなんだ?」


 「守護神は、戦と農耕の神マーヴォルス神様です。マーヴォルス神様は勇敢な戦士を貴び、その教義は力で勝ち取れです。

 はぁ、マーヴォルス神様もアルマーナの民に、もっと思慮深いお言葉を与えたら、どんなにか隣国の者として付き合いやすい国になったことか・・・。」


 オリヴィエが頭を抱えるほど、問題のある神様なのか?

 すると、オリヴィエの説明に対して、ミシェルさんが異を唱えた。


 「オリヴィエ様、それは一面的なものの見方に過ぎません。実際、そのお言葉のおかげで、アルマーナの民は皆勇敢な戦士なのも事実です。

 このオキシデンテの平穏を守る鼎の一脚は、そんな彼らの個人的な武勇によって支えられているのですから。」


 「でも、マーヴォルス神様にもっと大人の分別を求めても、よろしくありません?ミシェル様?

 神話の時代、神と人とが一緒に暮らしていた頃、マーヴォルス神様は戦士の勇敢さと同じくらい、青年の無分別さをお喜びになり、ご自身も随分と無分別な青年らしい行動を取られたとか。

 夜な夜な麗しい女性の寝室に、お忍びになる事に情熱を傾けたとの伝説も残っておるくらいですから。

 あの国に行く度に、若い男共が群がって来て、本当に煩いったらありゃしないわ!」


 なに!聞き捨てならない情報だな!


 「ほほほ、それはオリヴィエ様が、お美しいからでございましょう?『誰もアフロディーテ様の微笑みからは逃れられない』ですわ。」


 確かに、アーちゃん様の微笑みは、魅力的だったな・・・。


 「ブゲッ!」


 また、ベルちゃんに顔を蹴られてしまった。危ない危ない・・・。


◇◇◇◇◇


 俺は聖教会の総本山である天聖宮に向かって、着陸のアプローチに入っている。


 正面に見える天聖宮はアイボリー色の石材で作られた、巨大なドーム天井を擁する中央の建物と、四隅の塔が特徴的な建物だった。

 三方を急峻な山に囲まれており、唯一開けた南側からアプローチしていった。


 美しいアーチが特徴の正面入り口前に広がる、石畳の広場にブラックホークを着陸させた。


 俺達はブラックホークから広場に降り立ち、美しい建物と雄大な自然の織り成す神秘的な風景に見とれていた。


 「ようこそ、天聖宮へ。ここはこの世で最も神聖な場所。私たちはナナセ様を歓迎いたします。」


 ミシェルさんはそう言うと、俺達を天聖宮の中に導いて行った。


 「ここは、この世界が創造された時、神々が集まってこの世の全てをお作りになった場所だと伝えられております。

 幾億幾千万年の昔に神によって作られた、神々の館。」


 ミシェルさんはそう言って、建物の壁に手を当てた。


 「ご覧ください。この建物は全てこのアイボリー色の石材で出来ておりますが、どこにも石が積み上げられた跡が見当たりません。まるで一枚の巨大な石から削り出されたように。

 そして、屋内に入っても、この壁自体が柔らかい光を湛えている為、一切の灯りが必要ありませんの。」


 なるほど、不思議ハウスな訳だな。


 俺達は建物の中央にある、ドーム天井を擁する巨大な空間の広間に入って行った。


 この巨大な空間のドーム天井も目を見張るが、それ以上にこの広間の中央に鎮座する巨大な紫水晶の結晶には驚かさせた。

 この紫水晶は、淡いバラ色の光を発しており、まるで生きているような息吹を感じる。

 一瞬、この紫水晶が俺を歓迎したように感じられた。


 「この紫水晶の結晶こそが、この天聖宮の至宝、天地創世の水晶です。

 神々はこの水晶を囲まれて、それぞれの神力を注ぎこんで世界を創造なされたと伝わっております。」


 俺はこの創生の水晶に引き寄せられて、手を触れそうになった。


 「だめー!」


 ミシェルさんが鋭い声を上げて、俺を制止する。


 「いけません。ナナセ様。

 五千年前の大魔導帝国カルディナ崩壊時、この世界は非常に傷つき、世界の魔力の調和が崩れようとしたそうです。

 その時、この天地創生の水晶が神力を解き放ち、世界を再調律したのですが、その時以来天地創生の水晶は人間を拒絶し、二度と再び人の手に触れられる事を許さなくなってしまいました。

 それ以降、この水晶に触れるものに訪れるのは死だけです。」


 おれにはこの水晶が、俺を呼んでいるように感じられるのだがな・・・。

 ミシェルさんがそう言うのなら、まっやめておこう。


 「それでは、皆さまをお部屋までご案内いたします。」


 ミシェルさんは、そう言って俺達をこの部屋の外に案内しようとした時、ベルちゃんがエリクシアの胸の間から飛び出して叫んだ!


 「ちょっと待ったー!」


 ベルちゃんは、創生の水晶の上に静止して、無い胸を大きく反らして言った。


 「これより、お嫁さん裁判を開廷します!

 被告人アフロディーテ!召喚――!」


 ベルちゃんはそう宣言し、膨大な魔力を解き放った。

 すると創生の水晶もその魔力に共鳴し、眩暈がするほどの神力を放った!


 すると、俺達と創生の水晶の間に、女神アフロディーテ様が顕現した。


 「えっ、何?ここどこ?」


 アフロディーテ様も突然の事に驚いているようだな。


 「母なる女神アフロディーテ様、ここは天聖宮でございます。」


 そう言ってミシェルさんとお仲間を始め、我が家の家族たちも皆膝を付いて胸に手を当ててアフロディーテ様を迎えた。


 「あら、ミシェル。元気そうね?

 それに、やっとトーマ君と合流できたのね。」


 「女神アフロディーテよ!話を逸らさないで!

 今日、貴方をここに召喚したのは、白黒はっきりとさせる為です!マスターの事について!」


 1/12サイズのベルちゃんが、いつもより大きく見える気がする。1/8くらい?


 「フェアリー・ベル様。では、今がその時なのですね?」


 アフロディーテ様も、改まった態度でベルちゃんに答えた。


 「そう、因果律の導きによる決断の時よ!

 そして、判決を下すのはマスターのお嫁さん。サーシャとエリクシアとヴァイオラとオリヴィエの四人です。

 セレナはごめんなさい。あなたはまだ早いの。」


 嫁ちゃんずが戸惑っている。


 「では、この話に関係の無い者は、席を外してもらいましょう。あっ、ミシェルは残りなさい。」


 「はい、母なる女神アフロディーテ様。」


 ミシェルさんはそう言って頷き、お仲間さん達は黙って一礼し、広間から出て行った。


 「先ず、貴方に聞きたいことが有ります。女神アフロディーテ。

 あなたはマスターがヴェスタの街で傷つき倒れ、意識を失っている間にマスターの魂を天界に召喚。

 そこで、た、た、魂の交合を行いましたね!」


 ベルちゃんは何故か顔を真っ赤にしながら、アフロディーテ様を問いただした。


 「もちろん♡

 だって、トーマ君の歪んで壊れそうだった魂を、治す必要があったのですもの~♡」


 やばい!アーちゃん様が、体をクネクネよじっている。

 その反応はベルちゃんの怒りに火を注ぐだけだよ。


 「それで、美味しく頂いたと?」


 「もちろん♡」


 「「「「ぎるてぃー!」」」」


 「の~!」


 アフロディーテ様が泣き崩れた。

 何の茶番だ?


 「サーシャ裁判官!我々が何に怒っているのかを、この駄女神に教えてあげなさい!」


 ベルちゃんに指名されて、サーシャが前に出て答えた。


 「はい!ベル様。

 アフロディーテ様!私たちは怒っています!

 とっても、とっても怒ってます!」


 サーシャは両手をブンブン上下に振って、ぷりぷり怒っている。


 「トーマ様が意識を失っておられた時、街にトーマ様を狙ってドラゴンが襲い掛かってきました。

 私たちは、ヴェスタの街の皆さんと一緒になって、決死の覚悟でドラゴンからトーマ様を守る為に戦ったのです!

 でも、でも!その間にアフロディーテ様は、トーマ様と交尾されていたのですね!

 私達をのけ者にして!あんまりです!」


 グサッ!俺の胸にもクリティカル・ヒット!SAN値がゴリゴリ削られて行く・・・。


 「ちょ、ちょっと待って。ねっ、サッちゃん!

 そんな事ないのよ!あなた方をのけ者にした訳じゃなくて・・・」


 「でも、お楽しみになられた訳ですわね?」


 エリクシアも追撃の手を緩めない。


 「はい、大変美味しうございました・・・・!

 No~!私嘘を付けないんだから、もうやめて~!」


 「やっぱり、ギルティーですね!」「「「ギルティ―!」」」


 「お母さま・・・ギルティ―です・・・」


 ミシェルさんまで氷の顔で宣告している・・・。


 「地母神アフロディーテ様。

 無論私達は旦那様の魂を、修復下さった事にはとても感謝しております。

 でも、私達が許せないのは、私たちの目の届かないところで旦那様を独り占めされた事なのです。

 私達お嫁さんは、楽しい時もつらい時も、いかなる時も旦那様と同じ時を分かち合っているのです。


 睦あう時だって同じです。

 旦那様の喜びも、私たちの喜びも、みんなで一緒に分かち合っているのですよ。」


 ヴァイオラが頬をほんのり染めながら語った。


 「えっ?私の初めては、せめて二人だけで・・・」


 「オリヴィエ様、ご心配なさらないで。

 大丈夫よ、あなたの初夜はサーシャ様がちゃんと考えて下さいますから。」


 えっ?エリクシアさん、サーシャが全て仕切ってるの?


 「アフロディーテ様、お分かりいただけましたか?

 私達トーマ様のお嫁さんは、貴方様に隠し事をして欲しくないのです。

 喜びの時も、悲しみの時も、どうか私達と分かち合ってくださいませ。

 あなた様にとっては、ほんの一瞬の出来事でも、私達にとってトーマ様との一瞬一瞬の積み重ねが、来世にも持っていきたいくらい、貴重な永遠の時なのですから・・・」


 「銀狼の母サーシャ。それにお嫁さんのみんな。ごめんなさい。

 もう二度とあなた方に隠れて、トーマ君を独り占めしないと誓うわ!

 そして、お願いです。

 どうか私も、あなた方お嫁さん仲間に入れてください。」


 アフロディーテ様はそう言って、お嫁さんたちに頭を深く下げた。


 「えっ?お母さま!それでは私は?」


 「あら、ミシェル。あなたも一緒にお嫁さんになればいいのよ!簡単でしょ?」


 「いやいや、ちょっと待て!俺の気持ちはどうなんだ!」


 「旦那様♡この度の事は、アフロディーテ様だけでなく、責められるべきは旦那様も同罪なのですよ!

 まさか、ご自分は無罪だとでも・・・・」

 

 「「「「「ギルティ―」」」」」


 満場一致だった・・・・


 「ギルティ―です」


 セレナまで・・・

 

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