アルマーナ王国編

第83話 地母神の巫女姫

 ご愛読ありがとうございます。

 近況ノートに3章の舞台となる、アルマーナ王国の地図をアップしておりますので、ご参照ください。


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 ロナー川の対岸に位置するローリーの街は、ヴェスタの街の半分の大きさもない港町であった。

 港も街の規模相応の小さな港で、ほとんどの船は既に漁に出ているようで、港には数隻の漁船しか停泊していなかった。


 そんなローリーの港に、アントナレオ海軍最大の軍艦であるクイーン・オリヴィエ号が接近してきたのである。

 アントナレオ最大の艦と言うことは、この西方文明圏諸国最大の艦と言う事である。

 ローリーの人々は驚き、街の役人が小舟を操って飛んで来て、クイーン・オリヴィエ号の目的を誰何した。


 「我がアントナレオ海軍の、大事な身内である!直ちに上陸を許可せよ!」


 バルバリーゴ大提督は端から喧嘩腰である。

 それでもバルバリーゴの剣幕に、恐れをなしながらも食い下がるローリーの役人はなかなか根性がある。

 だがそこまでだった。


 バルバリーゴ大提督の方が痺れを切らし、命令を発した。


 「右舷全砲門開けー!ローリーの街人に挨拶する!

 礼砲、打ち方用ー意!撃てー!」


 右舷の二層四十門の魔導砲が一斉に火を噴いた!


 「ドドドドドドド―ン!」


 海の男は短気が短い。


 空砲とはいえ、100㎜魔導砲四十門の一斉射撃を間近に見たローリーの役人は、今度こそ恐れ戦いて逃げ出して行った。


 「さあ、女王陛下!面倒な小役人は、追い払ってやりましたぞ!」


 バルバリーゴ大提督が胸を張りながら、オリヴィエに報告する。


 「・・・大提督。上陸した後の面倒の方が・・・」


 オリヴィエは頭を抱えながらバルバリーゴに言った。


 「ハハハ!陸の上の事は、存じません!」


 やっぱりこの爺さん、何も考えていなかったよ・・・。


 バルバリーゴ大提督はカッターボートを下ろし、俺達家族をローリーの港へ送ってくれた。


 「女王陛下!約束ですぞー!次の戦には我等をお忘れなくー!何処なりとも、海がある限り飛んでまいりますぞー!」


 クイーン・オリヴィエ号の乗員総出で甲板からマストのロープにまで上りながら、俺達に手を振って別れを惜しんでくれた。


 俺達は、カッターボートの海兵達に礼を言って、ローリーの街に上陸した。


 ローリーの街の住人達は皆恐れて家の中に逃げ込んで、港付近には誰もいなくなっていた。

 俺達の正面に整列した、五人の男女を除いて。


 五人の男女はいずれも白いローブを深くかぶって跪いていた。

 

 俺達が彼らに近づくと、中央の小柄な人物が立ち上がり、フードを取って挨拶をした。


 「定められし時より、貴方様をお待ちしておりました。トーマ・ナナセ様。

 私は聖教会の巫女、ミシェルと申します。」


 ミシェルと名乗った人物は、亜麻色の長い髪を肩から垂らし、ローブでは隠し切れない素晴らしいスタイルをした少女であったが、その美しい顔立ちには不釣り合いな白い布で目隠しをしていた。


 「聖教会のミシェル様?あの地母神の巫女姫。聖女ミシェル様では?」


 オリヴィエがそう呟くと、ミシェルはオリヴィエに向かって言った。


 「そのように仰々しい名ではなく、ただのミシェルとお呼びください。アントナレオのオリヴィエ様。

 そしてこちらが、銀狼の母であるサーシャ様。そして、聖騎士であるエリクシア様。麗しのヴァイオラ様に、清き心のセレナ様ですね。

 お会いできて嬉しく存じますわ。」


 ミシェルは目隠ししてるはずなのに、まるで見えているかのように一人一人みんなの方を向きながら、それぞれの名を呼んで言った。

 美しい口元に微笑みを浮かべながら。


 「そして、お会いできて心は歓喜に打ち震えております。聖なるフェアリー・ベル様。いと、尊きお方。」


 ミシェルは俺の肩に座っているベルちゃんに向かって、恭しく挨拶をすると、両手を交差させながら胸に当て、再び跪きながら深く頭を下げた。


 ミシェルの脇に控えていた四人の男女も、ミシェルに合わせてベルちゃんに深く頭を下げた。


 「・・・・ふん!・・・」


 しかし、ベルちゃんは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、エリクシアの胸の中に潜り込んで行った。

 うらやましい!俺も一度やってみたいぞ!


 「ところで、ミシェルさんは何故ここへ?俺達を待っていたのかい?」


 「はい。あなた様をお待ちしておりました。」


 ミシェルさんはそう答えながら、再び立ち上がった。


 「ですが、その前に・・・」


 ミシェルさんはそう言って、俺の元に近づいてきて、俺の胸に両手を当てながらささやいた。


 「・・・後ろの樽の中に、不浄な者が三人潜んでおります・・・」


 俺はエリクシアに振り返り、その胸の中に隠れているベルちゃんに尋ねた。


 「ベルちゃん?感知できる?」


 ベルちゃんがエリクシアの胸元から顔を出して、港の倉庫前に積まれた樽の山を凝視した。


 「はい、マスター。ミシェルが探知したことによって、存在が露になりました。

 スカーと同じ、アカシックレコードから隠蔽する手口です。

 赤でマークしました。

 注意してください!マスター!」


 「ミシェル、下がれ!

 エリクシア!ヴァイオラ!20式小銃、グレネード弾用意!」


 俺達は倉庫から20式5.56mm小銃を取り出し、ハンドガード下面のM-LOKの取り付けられたベレッタ GLX-160グレネードランチャーに40x46mmグレネード弾を装填した。


 倉庫前に立てて並べられた樽のうち、左右両端の方の樽と、中央の樽に赤いマーキングが見える。


 「エリクシア、左!ヴァイオラ、右!グレネード弾、撃ててーー!」


 「ポン!」「ポン!」「ポン!」

 「ドッガ―――ン!」「ドッガ―――ン!」「ドッガ―――ン!」


 明らかにグレネード弾の爆発以上に大きな爆発が起こり、辺り一面に塩漬けの魚が降って来た。他の樽の中身だ。


 「スカーと同じ、人間爆弾か!胸糞悪い!」


 俺は20式を収納し、塩漬けの魚が散乱した港の広場にUH-60JAブラックホークを取り出して、皆に言った。


 「ベルちゃん。敵の別動隊は確認できるか?」


 「マスター、ごめんなさい。誰かに認知されるまで、奴らはアカシックレコードのログから隠蔽しているので、ベルには分かりません・・・」


 ベルちゃんが悔しそうに答えた。


 「それでしたら、ナナセ様。私が確認しました。

 今のところローリーの街に、もう不浄な者共はおりません。」


 「ベルちゃんに分からない事が、どうしてあなたに分かる?」


 そもそも、この美少女は何者なんだ?


 「それは今ここでは申し上げられません。ですが、どうか私達と一緒に天聖宮、私たちの家までお越しくださいませ。

 そこで全てをお話いたします。」


 ミシェルは頭を下げながらそう懇願した。


 俺は素早くエリクシアとオリヴィエに目を向けた。

 エリクシアは黙って頷き、オリヴィエは俺に答えた。


 「トーマ様。聖教会の聖女ミシェル様は嘘は付けませんし、嘘を見逃しません。信用できます。」


 オリヴィエが大きく頷いた。


 「良し、皆ブラックホークに乗れ!エリクシアはコパイ副操縦士席へ!サーシャとヴァイオラは引き続き周辺警戒!セレナは他の皆を席に着けてくれ!」


 俺は俺達家族とミシェル一行五人を乗せて、ローリーの街から離れていった。

 ミシェルの示した天聖宮を目指して。



◆◇◆◇◆


 ローリーの街から飛び去るUH-60JAをじっと見つめる影があった。

 街に続く街道脇の藪に潜んでいる影が一つ。

 性別の分からない、暗い声で呟いた・・・。


 「港の三人、失敗。爆煙確認・・・」


 「・・・・飛行器を持っているのか・・・・厄介な・・・」


 「街道、待ち伏せ・・・」


 「・・・街道で潜伏しておる待ち伏せ隊には、此方から指示する。お前は『穴』に戻れ・・・」


 「・・・尊命。『穴』戻る・・・」


 そう言ってその影は、足元の闇の中に沈んで行った。


 

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