第82話 巣立ちの時

■■■某所


 暗闇の中に四つの影が浮かび上がった。

 四つの影は黒いローブを深くかぶり、目も鼻も口も無い、黒光りのするマスクを付けている。

 生者の気配が一切しない、性別も人種も一切その外見からは読み取れない、不気味な四つの存在だった。


 「・・・ディギトゥスは、彼の者の抹殺に失敗したか・・・」


 虚ろな声がそう言った。


 「「・・・失敗には、魂の滅殺を・・・」」


 他の二者が、抑揚のない暗い声を重ねて答えた。


 「スカーも、下等なドラゴン共も役に立たなかった。

 そもそも、あのような下等なモノに始末されるようでは、盟主様の敵とは成り得ぬ・・・」


 『指』と呼ばれたモノは他のモノ達にそう答えた。


 「「・・・不敬は死を以て贖え・・・」」


 凶悪な魔力が突然膨れ上がったが、最初に声を発した者がそれを制止した。


 「・・止めよ!そもそも我等同士が殺し合っても、肉体の消失しかできぬ。なら、無駄な事は止めよ・・・」


 「・・・キネレス。我はディギトゥスの戦力を以て彼の者に当たる・・・」


 『指』と呼ばれるモノは、二者の殺意を意に介さず、『灰』にそう告げた。


 「・・・ディギトゥスの役目に支障をきたすことは認めぬ。

 がしかし、彼の者は危険だ。

 かつて降誕した使徒共の中でも、飛びぬけて危険だ!

 ディギトゥスの計画を認めよう・・・」


 「・・・否・・・」「・・・是・・・」


 『灰』と呼ばれるモノがそう答えると、二者も己の賛否を述べた。


 「・・・決は採られた。ディギトゥスよ、ルトゥムの組織を使うのであれば、失敗は認められぬ。

 失敗した時、汝は盟主様の御前にて魂の裁きを受けるであろう・・・覚悟せよ!」


 『指』は一瞬怯えた気配を放ったが、直ぐに答えた。


 「・・・分かっている。全ては盟主様の御為に・・・」


 『指』はそう言い残して、闇の空間から気配を消した。

 『指』が消えるのを見届けた二者も、黙って消え去った。


 この闇に一人残った『灰』が、一人呟いた。


 「・・・止まっておった刻が、また動き始めるか・・・」


◇◇◇◇◇


 大混乱の凱旋式から俺達は、オライオン城の離れに戻って来た。


 事後の処理は、新アントナレオ小王となったガウロと、ジョバンニのおじさんの副官との間で話し合われている。


 俺は家族とオリヴィエを連れて一足先に戻って来た。ジョバンニのおじさんも一緒にな。


 「こういう事は、親族の代表でジョバンニのおじさんが仕切るんじゃないのか?」


 って聞いたんだが、ジョバンニのおじさんは一向に気にも留めずにこう言った。


 「退屈な話はミナルディ―に任せておる。

 くだらん小役人共と話しておっても、筋肉がなまるだけであるからの。」


 それには、先ほどから俺に全力で甘えているオリヴィエも、同意した。


 「筋肉がどうかは存じませんが、退屈な役人ばかりである事は同意しますわ。

 ガウロが何日キレずに我慢できるか、見ものですわ。」


 おいおい、オリヴィエさんや。あなたの尻拭いを押し付けられた実兄に、あんまりではありませんか・・・。

 まっ、俺は二日は我慢できる方に賭けるがな。


 そんな事で俺達は、城の離宮のリビングで寛いでいる。


 「それで、トーマは何時この街を発つのであるか?」


 ジョバンニのおじさんは、見ほれるほど素晴らしい大胸筋をパンプアップさせながら尋ねてきた。


 この人は、リビングに入るなり上着を脱ぎ棄てて、いつものように筋肉で語りかけてくるんだ。


 「それはオリヴィエ次第だが、どうだいオリヴィエ?いつ頃出発できそうだい?」


 オリヴィエは楽しそうにシロにブラッシングしながら、真っ赤なリボンをシロの首に結ってあげていた。

 円形劇場でのご褒美だそうだ。

 

 「明日の早朝に出発しましょう。

 私がいつまでもこの城にいたら、ガウロの迷惑になってしまいますわ。

 ガウロは早急に、自分の政権を確立しなければなりませんから。」


 シロが自慢そうに赤いリボンを見せびらかしているな。


 「そうか、では我はオベレリオ殿に挨拶してまいる。

 そなたのお爺様にも、きちんと説明せねばなるまい。」


 ジョバンニのおじさんはそう言って、俺達のリビングから出て行った。


 ジョバンニのおじさんが出て行くと、嫁ちゃんずが過剰にスキンシップを取って来る・・・。

 いや、ほんとは嬉しいんだけれどさ。おっぱい最高ー!


―・―・―・―


 俺は出発する前に、スティバノの依頼を片付ける事にした。

 離宮の女官さんにお願いして、奴隷商のホルイに連絡して、至急子供たちを引取りに来てもらうように伝えてもらった。


 本来なら、俺が行かなきゃならないんだが、これだけの騒ぎを起こすと、さすがに街中を歩けないからな。

 嫁ちゃん達も、既にこの街では有名人だし。


 しばらくしたら、ホルイが飛んできた。


 「いやー、まさか子供たちの輸送をナナセ様にお願いするとは思ってもおりませんでした。

 スティバノの奴、一体何を考えておるのやら・・・・。


 申し遅れました。

 私がこの街で奴隷商を営んでおりますホルイでございます。

 もうご存知でしょうが、スティバノの仲間でございます。」


 ホルイは白髪だらけの頭を掻きながら、申し訳なさそうに挨拶した。


 「トーマ・ナナセだ。すまんな態々来てもらって。

 本来ホルイの店まで子供たちを届けるのが請け負った者の責任なのだが、なにせ大きな騒ぎを起こしてしまったから、子供たちを連れで街を歩いていく訳にも行かないのでな。」


 俺はスティバノとの契約書を取り出して、ホルイに渡しながらそう言った。

 ホルイは契約書を素早く確認して、約束の報酬が入った袋を俺に手渡して言った。


 「とんでもございません!

 私もヴェスタ市民の一人。女王陛下のご退位と、お嫁入には大賛成でございます。

 どうかお嬢様とお幸せになってくださいませ。」


 ホルイはそう言って、深々と頭を下げた。


 「ところでどうして街のみんなはオリヴィエの事『お嬢様』て呼ぶんだ?」


 そう尋ねると、ホルイは笑いながら答えた。


 「私達下町の商人にとって、女王陛下、いや元女王陛下は、何時まで経っても、公務から泣きながら逃げ出してくる、小さなヴィお嬢様なのですよ。」


 ホルイは、素早くオリヴィエが不在である事を見て、話しを続けた。


 「私らはお嬢様がお城から逃げ出して来るたびに、手隙の者が交代でお嬢様のお相手をして居りました。 


 その度にお嬢様が『ヴィはこれがしたい』だとか、『ヴィはこれが食べたい』とか仰るものですから、すっかりヴィお嬢様と呼ぶ癖がついてしまいまして。

 ご不快でしょうが、どうかお許しくださいませ。」


 俺は笑って手を振ってやった。


 「そんなわけで、私らはお嬢様の好きな食べ物から、お嫌いな事まで何でも存じておるのですよ。


 でも、こんな私らと遊んでいたせいか、お嬢様はすっかり商いの道にお詳しくなられました。

 おかげで、この街の何代かの王様の中で、一番商いの道に精通した女王様におなりになりました。


 私らみたいな商人が、どんなにか商いのし易い、公正な法をお作り下されたことか・・・。」


 ホルイは遠い目をしながら、懐かしそうに微笑んで語った。


 「それでは、長居をしても失礼になりますので、私はこれで帰らせていただきます。

 子供たちの事、誠にありがとうございました。」


 ホルイはそう言って、子供たちを引き取って行った。


 子供たちは皆、去り際に俺達家族に泣きながら挨拶をしていった。


 セレナと仲良しだったエミーちゃんは、大泣きしながら抱きあって別れを惜しんだ。


 最後にあの男の子が俺の所にスタスタやって来て言った。


 「お兄さん!色々ありがとうございました。

 一日も早く、自分の『やいば』を見つけて、一生それを磨き続けます!

 また、お兄さんに胸を張って会えるように!」


 ちっちゃいくせに、一人前の男の顔だ!

 

 「おう!待ってるぞ!」


 俺はそう言って、男の子の頭をグシャグシャに撫でてやった。

 二人で笑いながらな!


◇◇◇◇◇


 翌日の早朝、俺達家族とジョバンニのおじさんとガウロは、ヴェスタの町の港に来ていた。


 「ふふふあはは!小煩い役人どもの口に、書類を捩じ込んで来たぞ!

 どうだ、トーマ、オリビエ、驚いたか?」


 ああ、びっくりしたよガウロ。

 あと一日は大人しく我慢してると思ったのにな。

 もう少し我慢できる男だと思っていたのに、ホントに残念だよ。

 賭けに負けてしまったではないか!


 俺達はこの港から船に乗って、ロナー川の対岸にある港街、アルマーナ王国のローリーへ向かう予定だ。

 対岸の町に渡る船を探していると、一隻の大きな帆船が入港してきた。


 キャラックより大きな船体だか、より小さな船首楼と、四本のマストを持ったスマートな帆船だった。

 

 「もしかして、ガレオンなのか?」


 「はい、トーマ様。

 この船は、クイーン・オリビエ。私の御座艦でした。」


 「ふふふはははぁ!

 どうだ驚いたか!トーマ!

 クイーン・オリビエ号は連合艦隊の旗艦として、バルバリーゴ大提督に預けた。

 そしたら、バルバリーゴ大提督とあの海戦に参加したバルバリーゴの部下達が、オリヴィエを送って行くって言い張るものだから、こうして来てもらったんだ。

 バルバリーゴにローリーまで送って行ってもらえ。」


 俺達は、バルバリーゴ大提督に鍛えられオール操作が見事な大型カッターで、港から沖に停泊しているクイーン・オリビエ号に送ってもらった。


 ジョバンニのおじさんとガウロとの別れは、あっさりしたものだった。

 なに、また会えるさ。お互いそんな気がするからだろう。

 ただ、オリヴィエはガウロとジョバンニのおじさんにがっしり抱きしめられて、悲鳴を上げていたけどな。


 クイーン・オリビエ号に乗り込むと、バルバリーゴ大提督が俺達を迎えてくれた。

 バルバリーゴ大提督は割れた鐘のような大きな銅鑼声で言った。


 「クイーン・オリビエ号へお帰りなさいませ!オリヴィエ女王陛下!」


 「バルバリーゴ大提督。私はもう女王ではありませんよ。」


 オリヴィエが苦笑いをしながら、窘めた。


 「いいえ、貴方様は、今でも我々海兵にとっては女王陛下であります!」


 大提督さんよ、それって反乱なのでは?


 「さあ、オリヴィエ女王陛下!我等にご下命ください!


 此度はどこを征服しましょうか!


 アルマーナ王国王都クールデヴォワでしょうか?

 ブリトン王国の副都ポルトマスでしょうか?


 我等アントナレオ海軍は、いつ如何なる時も女王陛下のご下命一下、どこまでも海が続く限り帆を張り進軍いたしましょう!


 ご覧ください!オリヴィエ女王陛下の第二、第五艦隊がお共するため錨を上げて待っておりますぞ!」


 俺とオリヴィエはバルバリーゴ大提督や部下の海尉たちを必死に宥めて、ローリーへ送ってもらう事だけをお願いした。


 しかし、次の海戦には必ずバルバリーゴ大提督一味を呼ぶからと約束するまで、彼らは聞き入れてはくれなかった。

 

 こうして、アルマーナ王国との大国間戦争は、なんとか回避された。



   ――― 2章 了 ―――

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