第80話 凱旋式
目覚めると、そこは大きなベッドの上だった。
「あれ?みんなは?」
寝室を見渡しても誰もいなかったし、隣のリビングからは誰の気配も感じられなかった。
その先、離れ全体を探知したが、使用人の気配以外、家族の気配は感じられなかった。シロを除いて。
「キャンキャン!ハフハフハフ・・・」
シロがベッドに飛び乗ってきて、俺に突撃してきた。
「うはっ!シロやめろ!うわー」
シロは俺の静止にも関わらず、俺の顔を舐め回している。
「ん?廊下から、みんなの気配が近づいてくる。帰ってきたのか・・・」
シロが俺の鼻を甘噛みしながら、更に俺の顔を舐め回す。
「ウギャー!シロ、鼻を噛むな!痛いし!」
「トーマ様!」「「旦那様!!」」
みんなが寝室に飛び込んで来た。
・・・がしかし、何故かみんなはベッド脇に跪いて、手を胸に当てている。
「どしたの?みんな?」
畏まっているみんなに尋ねた。
「ご主人様、金色に光ってます!」
セレナがおずおずと答えた。
「それに、とても神々しくて・・・トーマ様を直視できません!」
サーシャが泣きそうな声で答えた。
「マスターのバカチン――!阿〇羅魚雷を喰らえ――!」
エリクシアの胸から飛び出して来たベルちゃんが、エリクシアの御霊峰の弾力を利用して反動をつけて、俺の顔面に阿〇羅魚雷を叩き込んだ!
悲しき生い立ちの魔界プリンスの特技とは、やるなベルちゃん!
「マスターをあの女にNTRた―――!うえーん!マスターのバカ―!」
ベルちゃんがビービー泣きながら、俺の顔にウルフ〇ン張り手の連打を叩き込んでくる。
「だ、大丈夫だよ。ベルちゃん。俺は何にもやましい事はしてないよ・・・」
「ダウトー!
何ですか、目が泳ぎ回っているじゃないですか!ベルの目を見て、もう一遍行ってみろってんですよ!
どうせ、あの女と魂の交合をやったんでしょ!
ネタは上がってんです!マスターの魂にあの女のエッセンスが残ってます!
ウキー!ベルと言う女がありながら、よくも!よくもー!」
ベルちゃんが逆上している。
「エリクシアさん、た、助けて~」
「ええと、旦那様。お言葉ですが、この場合、私が加勢すべきはベル様なのでは・・・」
あれ、エリクシアの反応が冷たい・・・。
「サーシャさん?・・・」
「・・・はあ、仕方ありませんね。トーマ様が魅力的な雄であるのは、最初から分かっていましたが、私達本当に心配していたんですからね。トーマ様がお倒れになって。
それに、お目覚めにならないトーマ様を海竜達から守ろうと、みんなで必死に戦ったのですよ!
それなのに、アフロディーテ様と仲良くなさっていたんですね、トーマ様は。・・・」
一言一句が心に突き刺さる・・・。胸が痛い!
「ご、ごめんなさい」
俺はベルちゃんごとベッドに頭をこすり付けて、土下座した。
「ベル様も、エリクシア様も、サーシャ様も、きっと旦那様にも何か訳があったのですよ。
お怒りを沈めて、旦那様を受け入れてさしあげましょう。ねっ?」
さすがわヴァイオラ、俺の心のオアシス!
「でも、旦那様。どうして金色に光っておられるのですか?それに神様の様に恐れ多くて、旦那様に近づけません。」
エリクシアが尋ねてくる。そう言えば、俺に近づいて来たのベルちゃんとシロだけ?
ベルちゃんがもぞもぞと、俺の頭と布団の間から上半身を外に出して答えた。
「くぅ・・・くっ、マスターは天界であの女・・・女神アフロディーテと魂の交合を行って、急激な進化で歪んでしまったマスターの魂のリペアを行ったのですよ!
それは本来ベルたちの役目だったのに!あの盗人の女狐め――!
それで、精神と肉体と魂の三位一体の調和を得たマスターが、ハイ・ヒューマンを越えて、亜神に進化してしまったのです!
女神アフロディーテの目的は、これだったんですよ!
自分の伴侶を自分の手で創造してしまったのです!
なんて裏山ケシカラン!」
「えっ、それでは私達はもう旦那様とは一緒にいられないのですか?ベル様?」
エリクシアが泣きながらベルちゃんに尋ねた。
俺も泣きたいよ!
ベルちゃんは俺の顔とベッドの布団の間から抜け出して、逆に俺の頭を踏みしめながら続けた。
「そんなことはさせません!
マスター!このまま神であることを望みますか?
それとも、可愛い嫁たちと一緒にある事を望みますか?
さあさあ、どっちだー?」
おうっ!そんなにガシガシ頭を踏みつけるなよ。
「神なんて知らねー!俺は可愛い嫁ちゃんたちと一緒にイチャイチャしたいんだ!それ以外は何もいらんわー!」
俺は顔を起こして叫んだ!
「その言やよし――!」
ベルちゃんは、膨大な魔力を開放して、ベルちゃんの魔力で俺を包み込んだ!
ああ、なんか前世で母さんに抱っこされたような、優しくて、心安らぐ感覚が俺を包み込んだ。
すると、それまで俺の感じていた全能感が薄れて、慣れ親しんだ心細さが俺の心に流れ込んできた。
なぜか、涙が一粒流れ落ちて行った・・・。
「それで良いのですよ、マスター。
人は完全ではないから、自分の魂を補完する他人の魂を希求するのです。
でも、寂しくはありません。マスターには、こんなにいい女がたくさんそばにいるのですから。」
俺の体から黄金の光が消え、そして同時に神威も消え失せた様だった。
「トーマ様!」「旦那様♡」「旦那様」「ご主人様~」「・・・トーマ様・・・!」
俺の家族プラス一人が俺に抱き着いて来た!
あの全能感を失ったのは、ちと寂しかったが、でもそれ以上に俺にはこっちの方が何万倍もいいや!
なぜか、嫁ちゃんずプラス・ワンがオッパイを俺にこすり付けて来るんだ。こ、これがパイダ・・、いやパラダイスなのか!
―・―・―・―
暫く
死んだ魚の目をして・・・
「おう、トーマ。起きたか。
お前が寝ている間、こっちは大変だったんだからな!
さあ、オリヴィエ様。オリヴィエ様でなければ処理できない公務がございます。
それに、明日の凱旋式の用意もお願いいたします。
はいはい、たのしいお仕事の時間ですよ・・・」
オリヴィエがガウロにドナドナされて行った。
涙を流しているオリヴィエの襟首を引っ張りながら、ガウロは寝室の入り口で振り向いて付け加えた。
「そうそう、トーマの嫁さん達にも明日の凱旋式には出てもらうからな。あの魔道具?
じゃあ、また明日の早朝に会おう!」
そう言い残すと、今度こそガウロはオリヴィエをドナドナして去って行った。がんばれオリヴィエ!
◇◇◇◇◇
翌日俺達家族全員は朝早くガウロに叩き起こされて、凱旋式のパレードに引っ張り出されて行った。何故かシロも一緒に。
凱旋式のパレードは、ヴェスタの街の東門からスタートして、パラティノの丘の麓に聳える凱旋門を経由して、フォロ・ヴィスタ―ナにある円形劇場へと続く長いルートだった。
パレードの先頭には海竜ジャバウォックとの戦いに参加した近衛騎士達が、美麗な正装で騎馬に跨って誇らしげに進んでいる。
近衛に続いて、ヴァイオラとセレナとシロが乗った
シロはエンジンフードの上に偉そうに鎮座している。
90式の運転席にはエリクシアが。砲手席にはサーシャがハッチから身を乗り出している。俺は車長席のハッチから体を外に出して、通りの群衆に手を振っている。
本当は俺、戦闘に参加してなかったんだけど、ガウロに無理やり押し切られてこうなった。
そして、オリヴィエは白い膝丈のチュニックに白銀の胸当てと兜をかぶった戦乙女の出で立ちで、90式の砲塔に腰かけて、群衆の熱狂に手を振って答えていた。
そして俺達の後に続くのが、今回一番の功労者である海軍の将兵達の行列だった。
海軍の先頭には海竜ジャバウォックの巨大な魔石を掲げ持つバルバリーゴ提督が先頭を進み、バルバリーゴ提督の脇には水竜マラクを仕留めたヴィクトリア号の軍艦旗が掲揚されて、海戦に参加した海軍将兵の先頭を歩んだ。
戦いに臨みヴィクトリア号には、七年前に沈められた、キング・ヴァターレ号の軍艦旗が掲揚されたそうだ。
それでヴィクトリア号の軍艦旗は、母港に残されていたそうなのだ。
まるでこうなる事が分かっていたように。
パレードの順路には、ヴェスタ市民が大勢押しかけて、沿道の建物からは色とりどりの花びらや紙吹雪が降り注いでいた。
パレードは熱狂の中、凱旋門を潜り抜け、フォロ・ヴィスタ―ナにある円形劇場の中へと入って行った。
俺はいくらヴェスタ一の大通りにある立派な石橋とはいえ、重量50トンの90式戦車がその橋の上を通るのは心配だったんだ。
でもガウロは王宮魔術師を橋ごとに配置して、プロテクションの魔法で橋を守ってくれた。仕事の出来る男ははやり違うもんだね。
俺達は円形劇場の貴賓席前に停車し、俺達の後ろには近衛騎士団と海軍将兵が左右に分かれて整列した。
一層盛大な歓声の中、数万のヴェスタ市民でひしめいている観客席に向かって手を振りながら、オリヴィエを先頭に俺達家族は貴賓席へ続く石段を登って行った。
そして、オリヴィエが演壇に立つと、円形劇場には突然の静寂が訪れた。
オリヴィエの声は魔導具の力で、円形劇場はおろか、ヴェスタの街中に響いているそうだ。
「親愛なるアントナレオの国民よ!ヴェスタの市民達よ!
我オリヴィエ・ビルチェ・アントナレオ・ヴェスタは、水竜マラクと海竜ジャバウォックとの戦いに勝利したことをここに宣言する!」
オリヴィエのこの一言で、円形劇場だけでなくヴェスタの街全体が歓喜の声に震えているのが伝わって来た。
「それは偏に自らの命を顧みることなく強大な敵に立ち向かった勇気ある我が将兵の献身の賜物である!
我が親愛なる全国民よ!ヴェスタ市民よ!
ここに居る強大な敵に立ち向かい、祖国を勝利に導いた勇士達に、今一度彼らの栄誉を讃えて、あらん限りの称賛を!」
街全体が更なる大歓声に震えた!
オリヴィエは手を上げて、観客を鎮めて続けた。
「我オリヴィエ・ビルチェ・アントナレオ・ヴェスタはこの戦いの生者達とは、共に喜びの美酒を酌み交わし、恩賞を以って喜びを分かち合おう!
しかし、我等は決して忘れてはならぬ!この戦いで命を落とした愛国者達の事を!
我は命を落とした愛国者達には、その家族に厚く報いる事を約し追悼の意となそう!
特に水竜マラクを単独で仕留めたヴィクトリア号の乗組員たちには、その生死を問わず皆に特別恩賞を授けて、その栄誉を讃えよう!」
また歓声が響き渡った!
「海軍提督バルバリーゴ!」
オリヴィエの呼びかけに、海竜ジャバウォックの魔石を持って行進していた提督が、貴賓席の前に進み出て跪いた。
「海軍提督バルバリーゴ!汝と海軍提督故フェルディナンドは、此度の海戦における勲一等の功績明らかである。
その功を賞して、七年前の敗戦の責を取って犯罪奴隷に自ら落ちた罰を恩赦し、本日只今からは両名を、自由市民に地位を回復するものとする。
その褒賞としてバルバリーゴを海軍大提督の地位を授け、アントナレオ海軍連合艦隊総司令官に任命し、男爵に叙爵する。
また、故フェルディナンドには名誉男爵に叙爵し、その家族に男爵の年金を生涯支給するものとする。」
その決定に、海軍の将兵達は軍帽を放り上げて、我がこと以上に喜び、涙を流しながら喜んでいた。
オリヴィエはその様子を満足そうに眺めて、そして続けた。
「最後に、我が敬愛するアントナレオ全国民に伝えることが有る。
我オリヴィエ・ビルチェ・アントナレオ・ヴェスタは、本日只今を以てビルチェを退位し、その地位を我が妾腹の兄であるガウロに譲位する事を宣言する。
そして我はアントナレオ家長の地位及び財産の一切をガウロに相続し、ガウロは本日只今を以てアントナレオのビルチェとなり、ガウロ・ビルチェ・アントナレオ・ヴェスタを襲名する事を宣言する。
故に、我は只今からは、只のオリヴィエとして、一ヴェスタ市民となる事をここに宣言する!」
・・・・・えええええええ―――――――!!??・・・
最後の最後にオリヴィエが特大の爆弾を、熱狂の凱旋式典に投下した!
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