第77話 女の戦い

〜時は遡り、ビクトリア号が出港する頃

□□□エリクシア


 「ガウロ様。旦那様がお倒れになり、それに時を合わせたかの様に七年ぶりに姿を現した水竜マラク。

 私には偶然とは思えません。」


 私とガウロ様は、寝室の隣のリビングで話し合っていた。


 「では、エリクシア殿はトーマが標的だと?」


 私が大きく首を縦に振ると、ガウロ様は、私の意見をじっとお考えになった。


 「七年前。ヤツは突然ロナー川の河口に現れ、そこからじっと動かずに、ただヴェスタに出入りする船だけを攻撃したのです。」


 ガウロ様は、ソファーに深くお座りになり、両膝に肘をつかれて、一言一言お考えになりながらお話しをお続けになった。


 「そして屈辱のあの日、先王陛下が総旗艦キング・ビィターレ号でご親征されると、ヤツは初めてロナー川に侵入し、近衛艦隊を蹴散らし、キング・ビィターレ号を沈没させて先王陛下を亡き者に・・・。

 ・・・七年前の標的が先王陛下だったと・・・。

 そして今回出没した目的がトーマだとしたら・・・」


 私は黙ってガウロ様のご決断を待った。

 

 「エリクシア殿。我々アラン連合王国はアレアート盟友・トーマを守る為に戦いましょう!

 それが公皇猊下のお心であり、倒れたわが友を守りたい私の気持ちですから。

 もっともトーマ本人は、私の気持ちなど煩がるでしょうがね。」


 私は感謝のあまり涙が溢れそうになったが、それを堪えて深く頭を下げて、この国とガウロ様に謝意をしめした。


 「ありがとうございます。旦那様がお倒れになっている今、それがどんなに心強いお言葉であるか。心より感謝いたします。」


 わたしは顔を上げて、ガウロ様に付け加えた。


 「どうか私に、水竜マラク討伐のお手伝いをさせてください。私もきっとお役に立てるはずです。」


 ガウロ様は私のお願いに戸惑っている。


 「しかし、あなた方を危険にさらすわけには・・・。」


 「私たちが指を咥えて見ていたら、きっと旦那様にしかられてしまいます。お目覚めになった後に。

 船に乗艦できなくても、きっと方法があると思いますので、私に戦場の近くまで行くご許可をください。」


 ガウロ様は顎に手を当てながら考慮されている。


 「分かりました。許可しましょう。

 ただし、絶対に危ない真似はやらないでください。良いですね?

 あなた方に怪我でもされたら、私がトーマに殺されてしまいます!

 絶対ですからね!」


 私は微笑みながらガウロ様に頷いて見せた。

 

 何者かは分かりませんが、旦那様をこのような目に合わせた相手、決して許しません!

 水竜マラクを倒して、相手の計略を打ち砕いてくれましょう!


 ガウロ様が、一旦退室されたので、私は寝室に戻ってお嫁さんの皆様と相談しなければ。

 

 寝室に戻ると、ベッドには旦那様を挟んでオリヴィエ様とサーシャ様がお休みになっておりました。

 きっと泣きつかれて眠られてのでしょう。


 ベッドの横のソファーでヴァイオラ様とセレナちゃんがお茶を飲んでおりました。この香りはハーブティーかしら?


 「ヴァイオラ様、私もそれ頂いてもよろしいかしら?」


 ヴァイオラ様が頷いてお茶を入れてくれる。


 「水竜マラクが旦那様を狙っています。

 そしてこの国は、アレアート盟友である旦那様を守ると言う公皇猊下のお言葉を守る為、アントナレオ海軍が水竜マラク討伐に当たる事を決定しました。

 旦那様の為に他人が血を流すのを、私は黙って見ているわけにはまいりません。

 私は、この国の厚意に報いる為、水竜マラクと戦おうと決めました。

 ・・・・ヴァイオラ様、どう・・」


 「それでは私もご一緒いたしますわ。エリクシア。」


 ヴァイオラ様は、どこか買い物でも一緒行くような気軽さでお答えになった。


 「ヴァイオラ様、でもそれはあなたも危険に晒して・・」


 「エリクシア様、私もトーマ様の妻の一人です。

 旦那様の為に戦ってくださる方々と、共に戦おうというエリクシア様を一人で行かせることはできません。

 一人で戦うだなんて、そんな悲しい事は言わないでください。」


 私にはヴァイオラ様の心遣いが、泣きたくなるくらい有難かった。


 「ありがとう、ヴァイオラ様。」


 私はヴァイオラ様に感謝し、そしてベッドでお休みになっている旦那様とサーシャ様たちを見つめた。


 「ベル様。どうか私たちをお守り頂けませんか?」


 するとベル様は旦那様の胸元から飛びだして来られて、私の手のひらの上にとまられた。


 「うん、任せて!ベルがみんなを守ってあげる!」


 「でも、ベル様。今回はサーシャ様はこのまま旦那様の所で、オリヴィエ様とお休みいただこうかと思うのです。

 今日はサーシャ様やオリヴィエ様にとって、余りに辛いことが多すぎました。」


 すると、ヴァイオラ様も私の考えに賛成下さった。


 「私もそれがよろしいかと存じます。私達だけで、何とか致しましょう。」


 「う~ん、そうねぇ・・・」


 ベル様は、あまり乗り気ではないようだ。


 「ヴァイオラ様、セレナちゃんも残すべきでは?」


 私がそうヴァイオラ様に尋ねると、セレナちゃんは泣き出しそうな表情でじっとヴァイオラ様を見つめている。


 「セレナは連れて行きます。私の家族なのですから、ここに残して行ったら可哀そう。生きるも死ぬも私と一緒。」


 ヴァイオラ様がそう言うと、セレナちゃんは嬉しそうにニッコリ微笑んで頷いていた。

 その時、サーシャ様がベッドから起き上がって私達に告げた。


 「私も一緒に行きます!

 どうか、私だけ残して行くなんておっしゃらないでください。

 そうなったら、私は私自身を許せなくなってしまいます。」


 サーシャ様の目には、しっかりと力が宿っている。

 どうやら、立ち直ったようですね。サーシャ様。


 「分かりました。一緒に戦いましょう!

 それで、あなた様は如何なさいますか?オリヴィエ様?」


 サーシャ様がご自分の決断を語った時、オリヴィエ様の体がピクリと反応するのが見えたからです。

 すると、オリヴィエ様がゆっくりと体を起こして仰いました。


 「どうか私をご一緒させてください。アントナレオの小女王としてではなく、トーマ様をお慕いする一人の女として。


 ・・・あなた方と言う素敵な奥様方の前で、こう申すことが如何に失礼な事かは十分理解しております。

 ですが、貴方方を偽りたくないし、私には女王の仮面をかぶり続けることはもうできないの。

 どうかお願いです、私を貴方方の仲間に入れてください。

 どうか私もトーマ様の為に、戦わせてください。」


 オリヴィエ様はそう言って私達に頭をお下げになられた。


 「フェアリー・ベルの名に於いてオリヴィエを仲間にしましょう!正式な許可は後でマスターからもらってね。」


 ベル様は元気に元気に飛び回って、高らかに宣言されました。


 「さあ、女の戦争の時間よ!」


◆◇◆ヴィクトリア号撃沈の瞬間◆◇◆

□□□第五艦隊提督 バルバリーゴ


 見事水竜マラクを倒したと思った瞬間!巨大な化け物がヴィクトリア号にのしかかり、ヴィクトリア号を一瞬で転覆させてしまった。

 

 「フェルディナンド――!」


 儂の叫び声が、ヴィクトリア号の船体がつぶされる音にかき消されてしまった。


 「提督!ヴィクトリア号を襲った化け物は水竜ではありません!目測で水竜のおよそ二倍から三倍あります!残念ですが、撤退を進言します。」


 参謀長が撤退を進言した。


 「参謀長。残念ながら、ヤツは我々を逃す気はないようじゃ。」


 ヴィクトリア号を真っ二つに引き裂いた化け物が、こちらをじっと見ている。


 「参謀長!全キャラベルをヴェスタの軍港へ至急退避させよ!その間、我々キャラック隊がヤツを引き付け時間を稼ぐ!

 艦長!左舷全門砲撃用意!」


 我々は、今日の経験を明日に繋げねばならない!

 すまんフェルディナンド!

 みんなすまん!儂と一緒に死んでくれ!


 「シュッコォ――――――!ドゴーン!」


 ヴェスタの海岸から何かが超高速で飛翔し、化け物の背中に命中し、そして大爆発を起こした!

 爆炎と水煙に紛れて血の雨が降って来た!


 「ギャガァ―――――!」


 ヤツが悲鳴を上げている!

 何だ、一体これは何なのだ?

 魔法か?我が軍の攻撃なのか?


 「提督!陸からの攻撃です!岬の灯火台に我が軍の軍旗!」

 「信号弾が上がりました!

 発光色ー確認、朱、白、黄!

 オリヴィエ女王陛下です!オリヴィエ女王陛下がご出陣されました!」

 「怪獣の背中にダメージ大!鱗が大きく欠損し、焼け爛れております!鱗の欠損部から流血を確認!」


 化け物が陸の灯火台を振り返り、自分に損害を与えた攻撃者を探しているようだ。


 フェルディナンド、教えてくれ!一体何が起こっているというのだ!


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