第76話 ヴェスタ沖海戦

□□□第二艦隊提督 フェルディナンド


 ヤツが再び姿を現した。

 この7年間、一時も忘れた事などない!王を討たれた屈辱!仲間を殺された恨み!絶対晴らして見せる!


 「艦長コマンダー!準備が整い次第、出港!

 参謀長!麾下の全艦、出港を急がせよ!

 出港次第、キャラベルはヤツを牽制せよ!ヤツをこの海域から逃すな!」


 儂は矢継ぎ早に命令を発した。


 「提督。海軍本部より通信です。

 『第二及び第五艦隊は、直ちに出港し、脅威を排除せよ』

 以上です。」


 若い参謀海尉が海軍本部の司令を伝えた。

 ヤツとの戦闘を前に、青ざめている。

 無理もない。儂の左手も、痛みに疼いておる。


 「提督。第一艦隊に動きがありません。出撃を要請なされては?」


 「クルス君。履き違えるな。

 第一艦隊は女王陛下の御座艦クィーン・オリヴィエの直衛艦隊。女王の盾となるのが役目だ。

 女王自らが参戦なさらない限り、軽々と動いて良いものではない!」


 「提督。申し訳ございません。心得違いしておりました。」


 「それに、まだ齢十八の女王陛下を戦場に出す事は、断じてあってはならんのだ!

 我々海軍は、七年前の過ちを繰り返してはならぬのだよ。クルス君。」


 「七年前の過ち・・。では、提督はキング・ビィターレ号の・・・」


 「そうじゃ。キング・ビィターレ号の生き残りじゃ。

 第五艦隊のバルバリーゴ提督も然り。

 

 七年前のあの日、海軍士官として艦隊総旗艦キング・ビィターレに乗艦していた儂とバルバリーゴは、あの化け物に国王陛下と四百名の仲間の命を奪われてしまった。儂らの誇りと共に。


 見よ!」


 儂は、左手の義手で右手の袖を捲って、右腕に刻まれた犯罪奴隷紋を見せた。


 「儂の指揮に間違いがあった時は、腰の我が剣で儂の心臓を刺せ!


 儂もバルバリーゴも、前王陛下をお守りできず、たつた十一のプリンセスを泣かせてしまったのだ。

 その罪を贖う為、儂とバルバリーゴは、四百名の仲間に誓い、自ら犯罪奴隷になったのじゃ。

 前王陛下と死んだ仲間の無念を晴らすまでは、奴隷となって女王陛下に尽くさんと!


 故に、新鋭キャラック二番艦ビクトリア号の士官及び下士官の諸君には、儂の指揮に誤りがあった場合、儂の命を断つ権利が与えられておる!」


 「小官も、最後まで提督にお供します!」


 クルス君は、涙を目に浮かべながら、敬礼してくれた。


 儂とて歴戦の船乗り、あたら若者を死なせはせぬよ。


–・–・–・–


 ユピトーリーヌの丘の裾野に構築された軍港から、次々に25メートル級のキャラベルが出港して行った。三本マストのラティーン・セールいっぱいに風を受けて帆走している。


 軍港を出て、ロナー川の流れに乗ると、艦隊毎に単縦陣で河口沖に向かって突進して行った。


 やがて、50メートル級新鋭キャラック二番艦ビクトリア号が、錨を巻き上げてゆっくりと動き始めた。

 バルバリーゴの乗る50メートル級新鋭キャラック五番艦サロメ号が本艦に随伴し、縦陣に付く旨魔導通信で伝えて来た。


 「通信士官!第二、第五艦隊の40メートル級キャラック各艦に連絡せよ!

『我に続け』と!」


 通信士官が復唱し、伝声管で通信室の下士官に命令を伝えた。


 「艦長コマンダー!メインマストにキング・ビィターレ号の軍艦旗を掲揚せよ!」


 艦長コマンダーは、掌帆長ボースンに儂の従卒が持っていた軍艦旗を手渡して、命令を伝えた。


 やがて、軍艦旗掲揚のラッパの音とともに、キング・ビィターレ号の軍艦旗が、ビクトリア号のメインマストに掲揚された。


 血に染まり、ボロボロに破れた姿は

正に我が海軍そのものではないか!

 

 儂は敬礼を解き、通信士官に大声で命じた。


 「全艦隊将兵に伝達!


 『祖国アントナレオは各員がその義務を尽くすことを期待する』


 以上!」


 さあ、待っていろよ水竜マラク!


–・–・–・–


 大河ロナー川の河口で、その長い首と背鰭を水上に晒してじっとしている水竜マラクに向かって、我が第二艦隊の25メートル級のキャラベルは東から、第五艦隊の25メートル級のキャラベルは西から挟撃に向かっている。

 

 「前方キャラベル隊、会敵します!」


 メインマストの見張りから報告があった。


 我が海軍は、七年前とは違う!

 海軍は苦い胆を嘗めながら、自らの武器、戦術を研鑽して来たのだ!

 

 最早海軍の軍艦にバリスタは搭載されておらぬ!

 この日の為に、全て新兵器の魔導砲に置き換わった!


 「キャラベル隊、50mm魔導砲発砲しました!」


 「ドドドーン!」「ドドーン!」「ドドドーン!」


 遅れて魔導砲の砲撃音が届いて来た!


 「艦長コマンダー!最大船速!


 左舷砲撃戦用意!」


 「最大船速!帆をいっぱいに張れ!

 面舵おもかーじ、20度!左舷砲撃戦用意!」

 

 コマンダーの命令一下、ビクトリア号が転舵する。

 臨時戦隊旗艦となったビクトリア号が面舵に転舵すると、後続艦は熟練の操艦で随伴してくる。


 「50mm魔導砲、効果認めず!」


 参謀長が報告した。


 「それは想定内だよ、参謀長。キャラベル隊は、本隊であるキャラック隊が到着するまでヤツを、引きつけて居れば良い!

 決着はキャラックの100mm魔導砲で付ける!」


 今回、50メートル級新鋭キャラックは、両舷に二十門ずつの100mm魔導砲が装備されており、更に船首楼と船尾楼には100mm魔導砲の回転砲座を一門ずつ装備してある。

 これは儂とバルバリーゴで行った、ヤツを倒す為の研究の成果だ!


 「目標まで、あと500!」


 若手の参謀海尉が測距儀を覗きながら、大声で距離を報告した。


 「艦長コマンダー!距離250でを撃て!然るのち、距離200で左舷全砲門斉射開始!」


 「アイアイ!提督!」


 徐々にヤツが近づいてくる!

 キャラベル隊の50mm魔導砲による砲撃は、ダメージを与えられておらぬが、ヤツはキャラベル隊の攻撃を煩がって、水上に露出している頭や背中を動かしているのが見える。


 我がキャラック戦隊の単縦陣がヤツに接近すると、キャラベル隊は沖合に距離を取って退避し、包囲網を構築し始めた。


 「船首及び船尾楼の100mm魔導砲、モリを発射用ー意!撃てー!」「撃てー!」


 「ドーン!」「ドーン!」


 艦長コマンダーからの命令に合わせて、船首と船尾楼の回転砲座からモリが発射された!

 

 100mm魔導砲から発射されたモリの先端部は、魔導鋼製の切っ先にカエシが付いており、ヤツの体に刺さったら抜けないように工夫されておる。

 そして、モリには20㎜の太さの金属のワイヤーが取り付けられており、前後の船楼に設置された巻き上げ機に繋がっていた。


 魔導鋼を鍛造して鍛えたモリが、ヤツの背中に命中!硬い鱗を突き破ってヤツの肉に食い込んだ!


 「ギガァ――――!」


 初めてヤツに悲鳴を上げさせられた!


 後続のサロメ号からもモリが発射され、ヤツの背中に命中させた!


 「提督!ビクトリア号及びサロメ号のモリが全弾命中!水竜マラクの背中に突き刺さっております!

 作戦の第一段階は成功です!」


 参謀長が興奮しながら報告してきた。何度も繰り返した演習の通り進んでいる。


 「作戦の第二段階に進め!速度を維持したまま、ヤツを中心に反時計回りに回りながら、ヤツに左舷の100mm魔導砲を砲撃せよ!砲撃開始!」


 「左舷100mm魔導砲、全門砲撃開始!撃てー!」


 艦長コマンダーからの命令一下、左舷の上下二層に配置された二十門の100mm魔導砲が火を噴きだした!


 「ドドドドドドドドド―ン!」


 ビクトリア号からの砲撃に続き、サロメ号からの砲撃が続いた!


 海軍は、この日の為により貫通力の高い魔導鋼製の椎の実型砲弾を開発し、実戦に投入していた。

 

 「水竜マラクに弾着!・・・・やった!水竜マラクの鱗にダメージあり!鱗にひびが入っています!」


 魔導鏡を覗き込んでいた参謀海尉が大声で叫んだ!

 よし、やれる!


  「ドドドドドドドドド―ン!」「ドドドドドドドドド―ン!」「ドドドドドドドドド―ン!」「ドドドドドドドドド―ン!」「ドドドドドドドドド―ン!」


 サロメ号に続き、40メートル級キャラック四艦からの砲撃も加わった。

 ヤツの背中から、血煙が上がった!行けるぞ!


 「クギャア――――!」


 ヤツは大きな悲鳴を上げると、頭から海中に潜って行った!

 しかし、ここはロナー川の河口!水深は深くない!


 「巻き上げ機を巻き上げろ!ヤツを海中から釣り上げるんだ!」


 「巻き上げ機を巻き上げろー!」


 「ギギギギギ!」


 ヤツの体に突き刺さったモリに繋がっているワイヤーを、巻き上げ機で巻き取り始めると、船体にワイヤーのテンションが掛かり、船体が悲鳴を上げ始めた。


 「大丈夫だ!船体の強度はまだまだやれる!それよりも、水中のヤツの動きに注意せよ!ヤツが浮上次第、砲撃を加えるのだ!」


 「グググ、ギギギギ・・・」


 水中のヤツに引きずられ、船体が左に傾斜し、船体が悲鳴を上げる。だがまだだ!まだ行ける!


 「水中のワイヤーが戦列最後尾の40メートル級キャラック、グラサデュー号に向かっています!」


 ヤツは水中から長い首を突き出し、40メートル級キャラック艦グラサデュー号に叩きつけた!

 グラサデュー号は船長たち士官と共に船尾楼の構造物をヤツの首で薙ぎ払われた!

 そして、やつは巨体をグラサデュー号に乗り上げて、グラサデュー号を沈めようとしている!


 「艦長コマンダー!グラサデュー号と共に、ヤツを砲撃せよ!」


 「提督!それでは味方が!」


 参謀長が抗議する!


 「ドドドドドドドドド―ン!」


 バルバリーゴのサロメ号からグラサデュー号に砲撃が撃ち込まれた!


 「コマンダー!砲撃!」


 「左舷100mm魔導砲、砲撃用意!撃てー!」


 「ドドドドドドドドド―ン!」


 「ガアギャア――――!」


 ヤツはグラサデュー号を転覆させて、再び海中に逃げて行った。


 「巻き上げ機!全力で巻き取れ!ヤツを他の艦に向かわせるなー!」


 バルバリーゴのサロメ号も懸命に巻き上げ機を巻き取っている。


 「回転砲座の100mm魔導砲はモリを装填!ワイヤーは不要!ヤツにありったけのモリを撃ち込んで、ダメージを与えろ!」


 突然ビクトリア号が右舷に傾いた。

 ワイヤーのテンションが緩んだのだ!


 「ヤツが本艦に向かってくるぞ!各員何かに捕まって防御姿勢ー!」


 儂の警告と同時に、ヤツが本艦の左舷すぐ脇から巨大な頭を突き出して、メインマストに叩きつけて来た!


 帆が引きちぎられ、帆を張るヤードが折られてしまった!


 ヤツが頭を甲板に叩きつけた衝撃で、体が30センチ程浮いた。


 儂は腰から甲板に叩き付けられたが、痛みに構わず大声で命令した!


 「モリを撃ち込め!」


 船首楼の掌砲士官が砲座に取り付き、海兵達と一緒に100mm魔導砲の砲身をヤツに向け、そして砲身に魔力を流し込んだ!


 「ドーン!」


 モリがヤツの首の付け根に刺さった!


 「ドドードーン!」


 左舷の100mm魔導砲が至近距離から火を噴いた!


 「ゴガァー!」


 ヤツが悲鳴を上げながら、船首楼の構造物を長い首で薙ぎ払った!

 100mm魔導砲の回転砲座も、巻き上げ機も、船首楼の海兵と共に海に投げ出されてしまった。


 「ドーン!」


 船尾楼の100mm魔導砲が火を噴いた!

 

 「ギャァ––––!」


 モリがヤツのアゴの付け根の首に突き刺さった!


 ヤツの頭が甲板に倒れ落ち、巨体が

海に沈むのに合わせて、ゆっくりと海に引き摺り込まれて行った。


 「王よ!仇は取りましたぞ!」

 「やったぞー!」「勝ったんだ!」「神よ!」・・・


 艦上が歓喜に沸き立ったその時、右舷の海面が船楼より高く盛り上がり、大量の海水と共に先程のヤツの倍は大きい海竜がビクトリア号の甲板に体ごと落ちて来た。


 儂は、大量の海水に押し流され、水流に揉みくちゃにされながら、折れたメインマストと、マストのロープに吊るされたキング・ビィターレ号の軍艦旗が水竜マラクに打ち込まれたモリから伸びたワイヤーに絡まって、海底に沈んで行くのが見えた・・・


・・・王よ・・・


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