第75話 そこにある危機

□□□サーシャ


 どうしよう!トーマ様が倒れて、運ばれて来た!

 オリヴィエ様とデートに行ったはずなのに、トーマ様が倒れて運ばれて来た!


 近衛騎士の方々に運ばれて、私たちの寝室に戻ってきた。オリヴィエ様も一緒。


 怪我は既に、王宮治療士に治癒されたそうなのに、未だ目を覚さない。


 ベッドで眠っているように見えるトーマ様。

 いつものように、起きて暖かい微笑みを見せて下さい!

 いつものように、「おはよう」と言って、私の耳に触れて下さい!

 トーマ様・・・


 「トーマ様〜、私を一人にしないで下さい!うあ–––!」


 私は切なくて、胸が苦しくて、トーマ様のベッドに倒れ込んで、泣いてしまった。


 「大丈夫よ、サーシャちゃん。旦那様は、気を失っているだけ。すぐに目を覚ますわ。

 旦那様が目をお覚ましになった時、泣き腫らした顔を見られたら、笑われてしまいますわよ。

 さっ、しっかりして!貴方はこの群れのお母さんなのでしょ?」


 エリクシア様が、私の肩を抱いて励ましてくれた。


 そう、私はトーマ様がそのお心の契りを結んだ、初めての女!


 「ごめんなさい。エリクシア様。取り乱してしまって。もう大丈夫です。」


 エリクシア様は、笑って頷いてくれた。

 自分が情けない!早くエリクシア様のような大人の心に成長しなければ!

 体だけではだめ!心が伴わなければ!


 「それで、何があったのでしょうか?オリヴィエ様?」


 トーマ様が寝ているベッド脇で、項垂れているオリヴィエ様に、エリクシア様が尋ねられた。


 「・・・ユピトーリーヌの丘で、トーマ様とお買い物してたら、突然スカーに襲われたの。

 トーマ様は、スカーを倒したのだけれど、突然スカーが爆発して・・・。

 その爆発に多くの人が巻き込まれたわ。

 トーマ様は、私をかばって、爆風を直接・・・」


 「それで、オリヴィエ様は、お怪我はありませんでしたの?」


 ヴァイオラ様が、オリヴィエ様の身を気遣った。


 みんな大人ね。

 私なんか、トーマ様に守られて、傷一つないオリヴィエ様を見ていたら、心が麻のように乱れて、オリヴィエ様に黒い感情を抱いしまう。

 トーマ様、サーシャは嫌な女になってしまいます!

 助けて、トーマ様!助けて・・・


 「オリヴィエ様、こちらにいらっしゃいましたか。

 大変です!七年ぶりに水竜マラクが、ロナー川河口に現れました。

 現在、海軍が出港準備しています。

 七年前の復讐戦だと言って。」


 ガウロ様が、入室してきてオリヴィエ様に伝えた。


 「さっ、オリヴィエ様。貴方の指揮が必要です!」


 ガウロ様は、オリヴィエ様の腕を取って、立たせようとしたが、オリヴィエ様がその手を振り払った。


 「トーマ様が、私を庇って倒れたの!呼んでも、触れても、目を覚ましてくれないの!

 オリヴィエって、二度と呼んでくれなかったらどうしよう?兄様?

 ねえ、どうしよう?」


 お兄様?

 オリヴィエ様は、滂沱の涙を流しながら、ガウロ様に繰り返し問いかけた。

 それは女王様の顔ではなく、恋する少女の顔だったわ。


 私は胸が切なくなって、オリヴィエ様を抱きしめて、二人して大声で泣いてしまった。


 「ガウロ様、オリヴィエ様もこのままでは、まともなご判断は難しいでしょう。

 私達で、まず情報を整理致しましょう。」


 エリクシア様は、ガウロ様とリビングに移動して行った。


 ヴァイオラ様がオリヴィエ様と私を起き上がらせて、ベッド脇のソファーに導いてくれた。


 ソファーにオリヴィエ様と一緒に腰を下ろすと、セレナちゃんが私に抱きついてきて、私の涙をペロペロ舐めてくれた。

 優しい娘ね、セレナちゃん。


 ヴァイオラ様が、落ち着く香りのするハーブティーを入れてくれた。


 「私達は旦那様の英雄的な強さにばかり目が行って、旦那様が生身の人間である事を忘れておりました。

 旦那様も生身の人間。こうして傷つく事もあるのです。


 では、私達女はどうすべきなのでしょう?

 女は黙って闘い疲れた男を、この胸で癒やして差し上げれば良いのですよ。

 赤ん坊とおんなじ。必ずこのおっぱいに帰って来ると、信じて待つしかないのです。

 だから、旦那様がお目覚めになられたら、私達みんなのおっぱいで、旦那様を甘やかしてあげましょ。

 いっぱいいっぱい甘やかして、旦那様の傷を癒して差し上げましょ。」


 ヴァイオラ様のお話を聞いていると、だんだん落ち着いてきて、それはオリヴィエ様もおなじみたいで、私とオリヴィエ様は泣き疲れて、抱き合いながら眠りに落ちて行った。


◇◇◇◇◇


 俺は一面の雲の上に立っていた。

 太陽も見えないのに、明るい白一面の空。純白の世界に俺は一人で立っていた。


 「久しいの。七瀬冬馬よ。」


 圧倒的な神威を纏って、創造神様が現れた。


 俺は膝を折り、頭を垂れて創造神様を迎えた。

 ・・・あれ?体の感覚があるぞ?


 でも俺、また死んじゃったのか?


 「ふぉふぉふぉ。お主は死んではおらぬ。伝えたい事があったので、ここに呼んだのじゃ。」


 いつの間にか、雲の間から繊細な作りの大理石のテーブルと椅子が現れた。


 「さあ、楽にして椅子に腰掛けるのじゃ。」


 俺は勧められるままに、華奢な椅子に腰を下ろした。

 すると、テーブルにティーカップが現れて、豊かなアモン茶の香りを漂わせた。


 「遠慮せずに、さあ、飲みなさい。」


 俺は出されたアモン茶を一口のんだ。


 「う、美味い!」


 カグファ爺さんのアモン茶より、数段上の味わいだった。天界の茶葉なのか?


 「これは、天狼山脈に自生する茶葉じゃよ。サーシャの村から南に分け入った、小さな谷の東の斜面に自生しておる。

 一度行って見るが良い。」


 俺は黙ってアモン茶を飲み、創造神様の続きを待った。


 「七瀬冬馬よ。お主は危険な連中に狙われておる。

 スカーは其奴らの走狗に成り下り、お主を爆殺する為の道具とされてしまった。」


 俺は、スカーに同情はしないが、そのやり方に怒りを覚えた。


 「創造神様。そいつらとは一体?」


 「古代大魔導王国の事は知っておろう?

 かつてナバロンの地で繁栄した魔導王国の名はカルディナ。

 そのカルディナ魔導王国を、滅亡させたのが奴らじゃ。

 奴らは、神の目から逃れる為に、アカシック・レコードから隠れる術を編み出してしまったのじゃ。

 

 七瀬冬馬よ。気を付けよ!


 奴らは、カルディナを滅亡させた禁忌の術でお主を狙っておる!」


 「創造神様。その禁忌の術とは?」


 「それは、今ここでは明かすまい。

 お主自身で、それを解き明かす定めの様じゃからな。

 それを解き明かす過程で下すお主の決断が、この世界の運命を大きく左右するであろう。」


 あー、重い石を背負わされた気分になる・・・


「なに、そんなに深刻に考える事はないぞ。

 白ニーソ娘っ子と黒ニーソ娘っ子のどちらを選ぶのかと同程度に、気楽に考えれば良いのじゃ・・・・・・・」


 「白!」「黒じゃ!」


 「えー!神様が黒はないでしょ!」


 「黒いニーソの良さが分からぬとは!修行が足りぬと見える!千年後に出直して参れ!」

 

 俺と創造神様の『至高のニーソは白か黒か』と言う議論が、ヘンペルのカラスの対偶論法的パラドックスに陥っていた時、アフロディーテ様が現れた。


 「楽しいお話しの途中ですが、要件はもうお済みでしょうか?創造神様。」


 いつも目にしてるアーちゃん様からは、想像も付かない位お淑やかなアフロディーテ様であった。

 あっ、やばい!アフロディーテ様のこめかみが、怒りでピクピクしている。

 勝手に心を読まないで下さいよ、アーちゃん様!


 「ああ、黒ニーソの魅力は、また次の機会としよう。

 では、また会おう。七瀬冬馬よ。

 今生を、自由に楽しむがよい。」


 創造神様が去って行かれた。


 「さあ、二人きりになりましたね。

トーマ君♡」


 これまで真っ白だった世界が、一瞬で宇宙空間に変わり、俺はアーちゃん様と無限の宇宙を漂っていた。


 む、無限の世界にいる事は、それはそれで恐ろしいものだった。

 上下の感覚がなくなり、俺の精神がパニックを起こしそうになった瞬間、アーちゃん様が俺をその胸に抱きしめた。


 「恐る事はありませんよ。トーマ君。

 さっ、目を閉じて私の胸に顔を埋めなさい。

 そして、自分の肌が触れている、私の肌の感覚に集中して。」


 俺とアフロディーテ様は、いつの間にか裸になって抱き合っているようだ。

 俺はアフロディーテ様の素肌を感じて、体が一気に燃え上がった。マイサンも!


 「そう、それで良いのですよ。

 そのままで聞いて。


 今、トーマ君の心と体と魂のバランスが、大きく崩れています。

 

 数々の強敵と闘い、あなたの魂は大きく進化しました。

 ただ、余りに早く魂の階梯を上がり過ぎたので、トーマ君の心と体が悲鳴を上げているの。」


 「魂の進化?」


 「そうよ。今のトーマ君は、ちょっち人の範疇を超えてしまっているの。」


 「えっ?」


 俺は思わず、目を開いてアフロディーテ様を見ようとした。

 すると、また無限の星の世界が目に入り、空間識失調に陥った。


 「だめ!目を閉じて。落ち着いて、私だけを感じて!」


 俺は目を閉じて、意識を再びアフロディーテ様の柔肌に意識を集中した。

 すると、体がまた燃え始めた。


 「そう、それで良いわ。


 これから歪に進化したトーマ君に、バランスの整え方を教えるから、よく覚えてね。


 正しい魂の交わり方。


 私の魂と交わって、正しい心と体と魂の維持の仕方を学ぶのよ。」


 アフロディーテ様が、しっとり艶のある声で、囁く様に語った。


 「この方法を良く学ばないと、トーマ君の可愛いお嫁さん達にも、悪い影響が出てしまうわ。

 今のあなたのやり方は、あの子達の魂を力ずくでレイプしてる様なものですもの。」


 そう言ってアフロディーテ様は、ゆっくりと俺の肉体と交わった。

 緩慢な肉体の快楽の波の果てに、俺を魂の交合へいざなった。


 俺は無限の宇宙の中で、永劫の刻をアフロディーテ様と肉体と魂の交合を繰り返した。

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