第55話 愚者の饗宴 その3
ロナー川の対岸で、敵兵の動きが慌ただしくなった。
軍の一部が川岸に移動し、どうやら小型の舟艇に乗り込んで渡河を開始する様だ。
「ベルちゃん!敵に渡河させると面倒だ!渡河される前に叩く!
小隊長に要請。中隊長経由で連隊長へ、連隊隷下の迫撃砲全門の支援砲撃を上申するよう依頼してくれ。ハンマーも重迫も全門だ!
目標は敵渡河の阻止を第一目標とする。続いて第二目標は敵陣地の殲滅だ。以上!」
俺はベルちゃんにそう命ずると
「サーシャ!プロセピナの川港前に展開している六艘の敵水上艇を手前下流側からバンディット01と呼称し、順に奥の最上流をバンディット06と呼称する。マーク!
バンディット01から射撃用意!
ヴァイオラ!
「射撃用意よし!」
「
「バンディット01、
撃ち方用意!
車長席でデータリンクと照準モニターを見ながらセレナが俺の声に合わせた。
「ド―――ン!」
52口径105 mmライフル砲から発射された
「命中!
続いてバンディット02!
「射撃用意よし!」
「
「バンディット02、
撃ち方用意!
「プギャー!戦車兵に先を越されたー!
こちらフェアリー・クイーン!
射撃開始は秒時29!
榴弾装填、撃ち方用意!
いいか砲兵ども!今回のパーティーは渡河阻止戦だ!
一匹たりとも川に触れさせるんじゃないぞー!
もたもたしてると、
今回も、試射は不要!初弾から命中させて行け!
一番優秀な小隊には、ヴァイオラのお色気ドレス画像を褒賞としてアップしてやる!メチャエロイぞ!
お前らの砲兵魂を見せてみろー!
撃ち方用意、
効力射、初弾、
弾ちゃーく…、今――! ひゃっほーい!」
今回もベルちゃんはノリノリだ!砲塔の上に飛び出してダンスしながら
この娘、本当に砲撃好きだよな。今も胸にデカデカと『砲兵魂』と大書されたTシャツ着てるし。
凹凸が無いから、字が読みやすい・・ぷぷぷ!エリクシアだったらこうは行かないね!
「ブゲゲゲゲゲッ!イテー!」ベルちゃんが手にした1/12サイズのP90から発射された何かが、俺の顔面に打ち付けられて痛かった!
頼むから、俺のピュアハートを読まないで!
「旦那様、敵に新たな動きです。水上艇の援軍が九隻、対岸の港を出ました。」
現在、運転の必要のないエリクシアは、運転席でマップを広げて、ベルちゃんのアップする戦術データをモニタリングしながら、戦況報告をしている。
「サーシャ!敵の増援だ!先頭からバンディット07と呼称し、順に最後尾をバンディット15と呼称する!マーク!
バンディット06、
撃ち方用意!
◆◇◆◇◆
わずか200メートルにも満たない河川を渡ろうと、セントニアの軍勢一万八千がロナー川の川岸に押し寄せた。
しかし、それをたった一人の男のユニークスキルが粉砕しようとしていた。
この世界の人間にとって、気が遠くなる程隔絶した科学の積み重ねの結晶たる一輛の兵器と、精緻な数学と鍛錬の賜物たる無慈悲な砲撃。
この世界の魔法と剣しか知らなかった兵士には、現代兵器の攻撃も魔法の攻撃に思え、しかしそれを防ぐ術はなかった。
セントニアの木造水上艇は、甲板もない両舷に十本ずつ長いオールが付いた20メートルクラスの手漕ぎカッター船だった。
一本のオールを二人の漕ぎ手で漕いでおり、ずんぐりとした船体の中央にプレートアーマーで武装したセントニア歩兵が五十人程すし詰めで乗り込んでいた。
プロセピナの川港沖に停泊していた先行の三隻は既に、七瀬冬馬達の
しかし、
「何だ!どこからの攻撃だ?」「魔法か?魔法の攻撃なのか?」「た、助けてくれー!」
水上艇に乗り込んだ兵士達は、自分たちが何に攻撃されているのかも理解せぬまま、対戦車榴弾の高性能な炸薬によって吹き飛ばされ、ロナー川に沈んで行った。
ロナー川に展開した、セントニア軍の十五隻の水上艇は、抵抗することも叶わず、全艇が轟沈され乗船していた兵と共にロナー川の暗い水底に沈んで行った。
一方ロナー川の渡河を目指していたセントニア軍第六軍は、渡河用の舟艇に取り付くことも叶わず、フェアリー・クイーンの効率的で正確無比な射撃統制と、
「軍団長!助けてください!」「ウギャー!」「て、手が―!」「や、やめえくれー!」「もう嫌だ!か、帰る。俺は帰るぞー!」「どこだ!どこからの攻撃なんだー!」
セントニア軍第六軍の将兵達は、皆混乱し蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っているが、無慈悲な女王は彼らの退路も正確に把握して彼らを分断し、最も効果的な砲撃を旗下の各小隊に指示していった。
彼らは最早逃げる事も叶わず、ただ標的となる事しか為す術はなかった。
「こ、これは夢だ!そうだ、夢なんだ!我が栄光の第六軍が、こんな一方的に・・・。卑怯者ー!姿を現して、ワタシと正々堂々勝負s・・・」
セントニア軍司令官の甥であるミハエルは、
そのころセントニア軍司令部では、あっと言う間に瓦解した自軍の状況に恐怖し、司令部の天幕では混乱のるつぼと化していた。
「水上艦艇全滅!搭乗していた兵も全滅と思われます!」「渡河に向かった第六軍団壊滅!ミハエル軍団長戦死!」「第二軍団の損害甚大!軍団長負傷!渡河作戦の継続不可能!」「軍務卿司令官閣下!お下知を!」「参謀長!」「敵は何処にいるのだ!」
「何と言う事だ!有り得ん!こんな事があって堪るかー!この戦の大義は我等にあるのだ!こんなことあって良い訳がない!あってはならないのだ!間違っているー!」
セントニア国軍司令官であるトゥール・フォン・アンドエルは現状を受け入れる事が出来ず、司令部の机に当たり散らすだけであった。
「軍務卿司令官閣下!今すぐ停戦旗を!このままでは全滅してしまいます!」
ただ、先程関税権の要求に反対した若い参謀だけが、状況を冷静に受け止め、唯一の選択肢をトゥール司令官に提示した。
「バカな事を申すな!正義の為に出帥した軍が、何の戦果もなしに停戦など出来るものか!我々は最後の一兵となっても、アラン連合王国の腰抜け共に、我らの正義を貫かねばならないのだ――!」
若い参謀によってなされた献策は、参謀長の狂気ともいえる反対によって封殺された。
そして、これまで以上に大きな爆発音が司令部の丘の周囲に連続して起こり、司令部の警護に当たっていたアルビンツェ領軍と司令部直衛兵を吹飛ばしていった。
もはや地獄の窯の蓋が閉ざされようとしていた
「司令官閣下――!」「ウワ――!」「だすげで――!」
「み、認めん!我は認めんz・・・」
セントニア国軍司令官トゥール・フォン・アンドエルの最後の言葉は、120㎜迫撃砲弾の高性能炸薬の爆発と共にかき消された。
初夏の緑に美しく覆われていた小山は、
ビザーナの街の人々は、その凄惨な姿から皆目を背けた。
愚行の代償にしては、余りにも大きな代償であった。
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