第54話 愚者の饗宴 その2

 俺達はいつもの戦闘装備に身を包んだ。

 俺とエリクシアとヴァイオラは戦闘装着セットと20式小銃とSFP9。

 サーシャとセレナはベルちゃんコーデの白系カモ柄戦闘服でお揃いだと喜んでた。

 二人とも獣人仕様のタクティカルヘルメットから耳をピョンと突き出し、戦闘服のお尻に空いた穴から尻尾を出している。

 サーシャの毛がフサフサした狼尻尾と違い、セレナの尻尾は白地にグレーのタイガーストライプで、毛は短いが太くて長い尻尾だ。


 サーシャのメインアームはいつものキューちゃんFN P90だ。

 セレナはまだ小さいので、何てったってまだ六歳だ、火器は持てないかと思ったが、以外に手足が大きく、SFP9も20式も持つことができた。

 ベルちゃんによると、白虎の血統で子供ながら手足が大きく、成長が早いそうだ。

 だが、今回は自衛の為のSFP9をメインアームとして装備させた。


 俺としては、六歳の童女の手を血で染めたくはなかったんだ。

 でも、サーシャ曰く、「獣人の子らは、これくらいの年齢から狩の訓練を始め、もう程度なら一人で狩ってくるものですよ」だそうだ。

 俺は何故か、『を狩る』の言葉に少し腹が立った。ん?なんでだ?


 俺達が装備を整えて一階の見世の出口まで降りると、カテリナ婆さんをはじめ、店の者全員が俺達を見送る為に入り口ホールに集まっていた。


 亭主のホルトスが一歩進み出て、「御武運を。」と言って深く頭を下げた。それに続き、見世の者達も一斉に頭を下げて俺の武運を祈ってくれた。


 すると、見世の上臈が進み出て、俺の肩に、真っ赤な生地に薄紫のハナイチゲを染め抜いたシルクのガウンを羽織らせてくれた。


 「古来、遊女の赤い肌着は戦さ場の邪を払うと言われております。

 古の武人は馴染みの遊女の赤い肌着を、己がマントに裏打ちして戦に臨んだ故事を真似て、これをご用意いたしました。

 姐さんに代わり、私の肌着をお連れ下さいませ。

 どうか、ご武運を。」


-・-・-・-


 鮮やかな赤いガウンを肩に羽織って、俺は廓の目抜き通りを進んだ。すると両側の娼館から主人を始め、沢山の娼妓達や見世の者達が出て来て、俺の後を付いてくる。

 昨夜の身請け道中の逆だな。

 だが、緊張の空気が漂う静かな行進だった。


 遊郭の皆は廓の南門で立ち止まり、俺達はそのまま南門を進み出た。

 そして、見返り柳の元まで進んで初めて廓を振り返り、俺は見送りに来てくれた皆に大きく手を振って別れを告げた。


 廓の皆が一斉に深く頭を下げて答えてくれた。涙を流している禿も何人か見えた。


 色街が苦界だと物の本で読んだ事があった。しかい、俺にとっては優しい町であった。


 俺は未練を断ち切るよう、さっと赤い遊女のガウンを翻し、見送りの皆に背を向け、高機動車コーキを取り出して乗り込んだ。


 すると、コーキにスティバノが慌てて駆け寄り、息を切らしながら車長席の窓に取り付いて、俺に告げた。


 「こ、事が終わったら、ど、どうか私の店に、お、お寄りください。い、如何なる結果に、成ろうとですよ!きっとですよ!」


 俺は大きく頷いて、スティバノに答えた。


 街を覆う曇天の空が、これから戦地に向かう俺達には、相応しく思われた。


 そして俺達は廓を後にし、戦場へ向かった。


◇◇◇◇◇


 プロセピナの西に約1キロメートル程進むと、ロナー川の河岸に接する名もない小山がある。

 プロセピナの街を右手に、対岸のビザーナの街を左手に一望でき、セントニア軍の布陣した小山も対岸正面に良く見える絶好の場所である。


 俺達は高機動車から降りて、今回の決戦装備を倉庫から取り出した。


 16式機動戦闘車キドセンである。


 出し惜しみは無しだ!


 「エリクシアは運転席へ。サーシャは砲手席へ。ヴァイオラは装填手席へ乗車!セレナは俺と一緒!」


 「「「え〜」」」嫁ちゃんずが一斉に不満の声をあげた。




□□□ セントニア国軍司令官トゥール・フォン・アンドエル軍務卿


 「遅い!遅すぎる!返事はまだか!」


 私は副官を怒鳴りつけた。約束の時間はとっくに過ぎている!


 「それが、どうした事か・・・論理的に考えも無条件に承諾すべきなのですが・・・・」


 副官の回答にますます苛立ってしまった。


 「もうよい!ミハエル!直ちに旗下の第六軍団を率いてロナー川を渡河し、橋頭保を確保せよ!

 卿には先陣の栄誉を与える。必ずや勝利して見せよ!」


 私は甥のミハエルに命令した。ミハエルは若い顔を紅潮させて答えた。


 「はい!軍務卿司令官閣下!必ずや勝利の栄光を叔父上に捧げてご覧に入れます!」


 ミハエルはそう言って司令部の天幕から意気揚々と出て行った。

 甥に武功を挙げる機会を与えるのも、一族の年配者の役目だからな。

 期待しておるぞ!我が甥よ!


 「参謀長!第六軍が自分の喉元に迫ったら、いかにプロセピナ侯爵といえども和平を打診するであろう。その場合は如何程の賠償金が妥当であるか?意見を述べよ!」


 優秀な軍略家とは何手も先を考えておくものなのだ。


 「はっ!軍務卿司令官閣下!我が偉大な祖国とアラン連合王国との貿易不均衡額は年間百億ドーラに及ぶと聞いております。

 故にその約三分の一に当たる三十億ドーラを、賠償金として国王陛下に。また、軍務卿司令官閣下を待たせるという外交無礼に対しては、それとは別に五億ドーラが妥当であると愚考致しますが、いかがでしょうか?」


 「ほう、流石は参謀長。良くぞそれに気づいたものだな。

 もちろん私への外交無礼に対しては、相応に処罰しなければならぬ。それで?」


 先を続けさせた。


 「はっ!ご同意いただきありがとうございます。

 そしてここからが本番となります。

 我々が要求すべきは、セントニア国民の悲願である関税自主権の回復であります!」


 参謀長は誇らしげに献策をした。


 「ほう、関税権とな・・・」


 「なりません!それだけは、いけません!」


 若い参謀が血相を変えて口を挟んだ。


 「関税権は我がセントニア建国の折り、我が国の建国に協力したアラン連合王国に対して、英雄王ウィレム一世大陛下がその功を賞しアラン連合王国に送った権利です。英雄王ウィレム一世大陛下直々のご署名で約定を明文化しております。

 それを違えると言う事は、英雄王ウィレム一世大陛下並びにセントニア王国の名誉を棄損する事となりましょう!」


 「黙れ!青二才が!畏くも英雄王ウィレム一世大陛下がその文書にご署名なされたのは、長い建国戦争で安定しておらなかったセントニア国内を早急に纏める必要があった為であり、言わばアラン連合王国に足元を見透かされた結果である。


 そもそも国同士の約定とは、お互いが納得しあって初めて効力が生まれるものである!しかるに、締約当時英雄王ウィレム一世大陛下がご納得されていたとは到底思えぬわ!

 いわんや当代の国王陛下においておや!

 関税自主権を持たぬなど、我が国はアラン連合王国の属国か!


 ならば!偉大な英雄王ウィレム一世大陛下の子孫たる我々は、断固としてこのような破廉恥極まりない約定など、認める事など出来ないのだ!

 偉大なる英雄王ウィレム一世大陛下の子孫である我々が、大陛下の無念、恨みを晴らさずして何とするか!


 軍務卿司令官閣下!関税権の回復は、貶められた偉大な英雄の子孫である我々の崇高な義務であります!

 先祖代々の恨みを、今日この時っ、晴らして見せましょうぞー!」


 「素晴らしい、参謀長!天才的建策、天晴である!

 先祖の恨みを晴らすのは子孫である我らの崇高な義務、いや権利である!

 崇高な権利の果実を我らの手で祖国に持ち帰るのだ!


 第二軍軍団長!直ちに旗下の将兵をまとめ、第六軍の後詰めとして渡河準備に掛かれ!

 アルビンツェ軍は、ここに留まり本陣の警護を!

 更に、ビザーナに待機している軍艦を全艦出撃させよ!プロセピナの軍港を制圧するのだ!

 勝利を我が手にー!」


 「「「「「「勝利を我が手にー!」」」」」


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