第51話 遊女の涙 その1

 俺はセレナを再びベッドに寝かせて静養させた。

 エリーゼはセレナがパジャマ代わりに着ている、白いコットンのTシャツ、サイズが合ってなくてブカブカな、をめくり上げた。そして、持って来た濡れタオルで、セレナの体を拭き始めた。

 セレナは気持ち良さそうに、身を任せている。

 んっ?パンツ履いてないじゃん。なんだ、用意してあげなきゃ・・・な、なにー!


 「べ、ベルちゃん!無い!付いて無いんだけど、エレファント君が!」俺はセレナの股間を指差して叫んだ!


 「ハァ、何を驚いているのかと思えば・・・。

 いいですか!ベル達は、さっきから何度も何度も『あの』って言ってましたよね?

 一体なぜ鈍感系ラノベ主人公を目指してるんですか!正直ウザイですから、やめて下さい。」


 ベルちゃんに鼻をパシパシ叩かれた。


 「トーマ様は、私の事も最初は男の子だと思ってました。本当に悲しかったのです。」


 そう言って、サーシャは非難の眼差しを向けて来る。


 「わたくしにはそんな事はありませんでしたね♡」


 エリクシアは黄金の微笑みを浮かべながら、サーシャを煽った。


 「ええ、そうですとも!トーマ様は、エリクシアさんを一目見た時から、欲情に塗れたイヤラしい視線を、そのに注いでいましたからね!

 やっぱり、おっぱいですか?おっぱいが好きなのですか?」


 サーシャとベルちゃんが、自分の胸を揉みながら、俺に迫って来る。

 エリクシアは、勝者の余裕を見せている。

 エリーゼ!何故君は頬を桃色に染めて、自分の胸を押さえているのかね?確かに、立派だが・・・。


 「失礼します。少し早いですが、昼食をお持ちしました。」


 そう言って、メイドさん達が入室してきた。

 そして、メイドさん達と入れ替わりに湯婆◯が入って来た。

 ねえメイドさん、これいらないよー!


 「さっ、昼食を食べながら聞いておくれな。

 アネモネ最後の大見世道中は、三日後に決まったよ。ウチの店にいる残りの上臈二人と中臈四人総出で行う、アネモネ一世一代の身請け道中さ。

 お前様には身請け御大尽として、アネモネと一緒に色町を練り歩いてもらうよ。」


 「どうして俺まで?」俺はソーセージをフォークで突きながら尋ねた。

 

 「お前様がアネモネを身請けしたことを、色町の大旦那様方に披露しなきゃいけないからさ。そうしないとアネモネの身請けが認められない。そういう仕来りなのさ。

 そして、これが一番大事な事でね。お前様には、アネモネに新しい名前を付けてもらわなければいけない。

 アネモネでもエリーゼでもない、真っ新な名前だよ。」


 婆さんが真剣な眼差しで俺を見据えた。


 「これから話すことは、あたし達『ワタリ』の秘め事なのだから、絶対に他言はよしておくれよ。」


 俺は首を縦に振った。


 「お前様は、『ワタリ』をご存知かい?」


 今度は首を横に振った。


 「『ワタリ』とは定人さだびとでない者の総称さ。山の民や河原人、村々を回る芸能の民なんかが『ワタリ』なのさ。

 流浪の民は、あたし達とはちと毛色が違うけどね。


 あたし達『ワタリ』はもう何百年もの間、この西方文明圏オキシデンテの民から卑しまれ、蔑まれてきたのさ。

 オキシデンテの定人とは同席してはいけないとかね。」


 婆さんの顔には幾世代にも渡る、深い苦悩の影がさした。


 「そこであたし達は、もう何代にも渡って色んな街に色町を作って娼館を営んで来たのさ。すべては『ワタリ』の子が、身をきれいにして定人に生まれ変わる為にさね。」


 そう言って、婆さんは紅茶に口を付けた。俺達はいつしか食事の手を止めて、婆さんの話に聞き入っていた。


 「『ワタリ』の男が女衒に身を落とし、西方文明圏オキシデンテ中にある『ワタリ』の隠し里を回っては子を連れてくるのさ。真っ当な身分にしてやりたいと願う親から託された子をね。

 託された子達は、全てここと同じ各地にある『ワタリ』の色町に連れて来られる。色町に着くまでに、何人もの女衒の手を渡り、その度に名を変えて、色町に着く頃には誰にもその子の生まれを辿ることは出来なくなっているのさ。

 もちろん色町に連れて来られる子の殆どが、食い詰めて親に売られた定人の子供なんだがね。」


 ベルちゃんまでもが、婆さんの話しに集中している。


 「そして隠里から連れて来られた子供は、この色町で芸を身に着け、やがて娼妓として街で客を取るのさ。

 そして晴れて年季が明ければ、好いた男と所帯を持つことだってできるし、街に自分の店だって持てる。

 年季明けには、真っ新な名前と引き換えに、『ワタリ』だった過去はこの色町の中に深く埋められて、誰からも忘れられてしまうのさ。

 中でも美貌と才能に優れた子は、上臈として大店で芸を売る事が出来、やがては大旦那衆の妾や貴族様の愛妾になる事もあるのだよ・・。」


 「ふーん。そんなもんかねえ。」


 「ああ、そんなもんさ。」


 そう言って、婆さんの表情が和らいだ。


 「だから、お前様にはアネモネに真っ新な名前を付けてもらって、元ガルキア貴族のエリーゼ・ブラウン子爵令嬢から生まれ変わらせてほしいんだ。」


 カテリナ婆さんはそう言うと、俺に深々と頭を下げた。


 「分かった。任せろ!」


 俺は強く頷いて見せた。

 エリーゼは顔を伏せて、肩を震わせていた。


 それから婆さんは、俺達が食事を済ませるまで色んな話しを聞かせてくれた。

 遠国の大身貴族の御曹司と遊女の悲恋話しには、サーシャとエリクシアも身を乗り出して聞き入り、終いにはオイオイ泣き崩れる始末だった。

 俺の嫁達を泣かすなよ、婆さん!


 「さて、すっかり長居してしまったね。それではお暇するよ。

 そうだ、ナナセ様。先に風呂を使っては頂けないものかね?

 午後も遅くなると、この寮の女達がね、店に上がる前に湯を使うからさね。

 まだ出世前のご武人に、遊女の使った湯を使わせる訳にはいかない。だから、早く入っておくんなさいまし。」


 正に湯◯婆の仕切りだった。


 俺はサーシャにセレナの為の鶏肉と野菜スープで作る玄米重湯の作り方を教えて、作ってくれる様に頼んだ。

 エリクシアも目をキラキラさせてるので、サーシャにエリクシアも連れて行って料理を教える様お願いした。


 そして、メイドさんに風呂場まで案内してもらった。

 脱衣室に入ると、刀掛けに見事な造りのロングソードが一振り掛けあり、どうやら先客が居るようだった。


 俺はタオルを持って風呂場に入って行った。

 湯船には、綺麗に刈りそろえられた口髭が印象的なマッチョで赤毛のナイスミドルがいた。


 「失礼。」俺はマッチョなオッサンに一礼してから、洗い場で体を洗い始めた。


 「う〜む、見事なり、お若いの!僧坊筋が歌っておる!はっはっはっ!」


 やべー、やばい奴だったよ。


 俺は備え付けの石鹸で体と髪を洗い、湯船に入った。

 その間、オッサンからは、学者が標本を目にした際の怜悧な視線で、俺の筋肉繊維一本に至るまで解剖観察されている気がした・・・コワイよ。


 「君はこの街の者ではないね?」


 「まあ、旅人ですから。」


 俺は肩まで湯船に浸かり、深く息を吐き出した。


 「ほう、面白い!それでどこを目指す?」


 真っ白な歯が、あり得ない位にキラキラしてる。何の魔法だよ!


 「アルマーナですよ。なるべく早くこの国を出るので、気に障ったらご容赦を。」


 「ほう、何故そう思う?」


 オッサンは眩しい笑顔のまま、片眉をピクつかせる。器用な顔面神経だな。


 「何ね、貴方に良く似た雰囲気の方に、以前会った事があるからですよ。人に命令する事に慣れている、そんな男の雰囲気ですよ。」


 「はっはっはっ!面白い!気に入った!アルマーナに行く途中、是非ティアナの我が城に立ち寄りたまえ!

 君とはもっと筋肉で語り合いたくなった、若者よ!」


 「では、トーマとお呼び下さい。」


 「ならば、我の事はジョバンニと呼ぶが良い!また会おう!」


 マッチョなオッサンはそう名乗ると、勢いよく立ち上がり、風呂場から出て行った。

 きっと熱かったんだろうね、真っ赤に茹であがってたからさ。


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