第50話 ひとりぼっちのセレナ その2

 麻袋から救出されたセレナは、ドクター・ベルのスーパー視診を受けて、失神しているだけと分かった。ただ、かなり衰弱していると。


 「ダダダ、ダダダ!」サーシャが二階通路に出て来た敵を排除する。


 エリクシアが倉庫から毛布を取り出し、セレナを毛布で包んであげた。そしてそのまま抱き抱えようとすると、「エリクシア様。私が!」エリーゼがそう言って、セレナを抱き抱えた。


 俺達は、セレナを救出し、もう一つの目標に向かった。やっぱり、この商館の主人に挨拶しないとね。


 俺達は俺を先頭にエリクシア、エリーゼと続き、サーシャは後衛で後方を警戒している。


 突き当たりの部屋に着いた。

 俺は躊躇なく立派な作りのドアを蹴り破った!

 室内に踏み込むと、頭の禿げ上がった小太りの男が、豪華なソファーに高級そうなガウンを纏って腰掛けていた。濃い胸毛がキモイ!


 「何も蹴破らなくても、鍵は掛けてなかったのに。ウチは基本扉は全部手前に引く開き戸なんですよ。気づきませんでしたか?」そう言って、ハゲ親父は紅茶を一口飲んだ。


 俺の後に続き、エリーゼ達が入室して来た。


 「おや、ロージィいや今はアネモネでしたね。これはこれは、色街の上臈の中の上臈、夜の神様ニュクスの宴のアネモネ嬢が、お相手をしに来てくれたのかね?この館にいた頃の様に。

 また、私のマラが恋しくなって来てくれたのかな?良いよ。良いよ。たっぷり咥えさせてあげるから、また可愛い声で鳴いておくれ。」


 ハゲ親父は下卑な笑いを浮かべながら、エリーゼを嬲っている。


 「ハァ、コイツらがいるから強気なのか?だったらこれでどうだ!」


 そう言って俺は窓の重いカーテンの後に隠蔽のスキルで隠れていた男を三人始末した。「タンタンタン!」


 「殺すな!」そして、奴隷商の無駄に大きなソファーの後ろに隠遁のスキルで隠れていた男が二人、ショートソードを持って俺に突進して来るのを、サーシャとエリクシアがそれぞれ右肩を撃ち抜いて無力化した。


 「それで、結局こうなってしまったけど、まださっきの続き、やるかい?」

 

 俺達の手に持つ武器の威力が良く理解出来たのか、ハゲ親父は真っ青になり、ガクガク震えて豪華なソファーにお漏らししやがった!きたねーな!


 「チッ!」俺は舌打ちして、ハゲ親父のどこまでも広い額の真ん中に、MP7のレーザーサイトで赤い点の照準を定めた。


 「お待ちください!ナナセ殿!どうかゲルフを、その男を殺さないで下さい!」


 長身の若い男が、部屋に飛び込んできた。先程から、この男達が一階から侵入して来た事を感知してたので、コイツらの始末を早めたのもあるんだが、いや、やっぱりこのハゲ親父にムカついたからかな。


 「誰だい、アンタ?」俺はハゲ親父の額をポイントしたまま、殺気を込めて尋ねた。

 サーシャとエリクシアはこの男と連れの男に照準を合わせている。


 長身の男は、生唾を飲み込みながら答えた。


 「わ、私はこの街で奴隷商を生業としている、スティバノと言う者だ。

 ナグルトのバルガーム・パシャ殿から、ナナセ殿の事を頼むと飛竜便を受けた者だよ。

 それよりも、私の商売敵であるゲルフが、国を裏切っている証拠をずっと追っていたんだ。

 だから、どうかそのゲルフと、アルビンツェの密偵を渡してはくれないか?

 今こちらに急行しているプロセピナ侯爵の騎士団に店員も含めて引き渡したいんだ。」


 俺はMP7の銃口を下げて、スティバノに答えた。


 「分かった。コイツらの事は任せる。代わりに、事情を洗いざらい聞き出してくれ。

 俺はカテリナ婆さんの寮に戻って、この子の看護をしなければならない。

 用事があったら、そこまで来てくれ。」


 俺はそう言って、ハゲ親父の商館を後にした。

 商館を出て直ぐに1 1/2t救急車アンビを出して、そこを離れた。



◇◇◇◇◇


□□□セレナ


 明るい光で目を覚ました。全身が泥のように重い。

 ああ、やっぱり死にきれなかったのね。かか様の所に行きたいって、あれ程願ったのに・・・。

 何がいけなかったの?苦しみが足りなかったの?

 誰か、教えてよ・・。 


 「やあ、気が付いたのかい?」


 短い黒髪の男の人が、優しい声で尋ねてきた。クルクルした、癖っ毛なのね。


 「あなたが、私を助けたのですか?

どうして助けたの?どうして死なせてくれなかったの?

 私、頑張って、歯を食いしばって苦しみに耐えたの。それでもまだ足りないの?

 ・・・私にはもう無理だよ・・・。


 ねえ、もう充分だよって言って。良く頑張ったねって言ってよ!おねがい・・・。

 もう私を死なせてください・・後生ですから。」


 私の口からは、言葉が堰を切った様に流れ出た。


 「セレナ!」


 え?アネモネさんなの?

 濡らしたタオルを持ったアネモネさんが、ベッドに駆け寄ってきた!


 「バチン!」アネモネさんが、渾身の力で私の頬を打った!

 目から火花が飛び出し、口の中で鉄の嫌な味がする・・・どうして?


□□□


 セレナは真っ赤に腫れた頬に手を当て、大きな瞳を見開いてエリーゼを見つめた。


 「この意気地なしの弱虫ー!」


 エリーゼは思いっきり叫んだ。


 「いい事、セレナ良くお聞きなさい。この世はね、生きるって事はね、苦しみに満ち満ちてるの。誰しもが生にもがいているのよ!

 それだからこそ、人生の苦しみからら逃れず、目を背けず、最後のその時まで気高く誇りを持って立ち向かう。それが貴方達白虎の掟じゃないの?

 ねえ、セレナ。あなたは自分の不幸に、苦しみに、世の中の理不尽に、その小さな体と心で立派に立ち向かったじゃない!

 偉かったわ、セレナ!良く頑張ったね。」


 エリーゼは優しくセレナを抱き寄せ、愛おしげにセレナの頭を撫でてあげた。


 「ほんと?私本当に頑張ってた?充分に頑張れた?さすがかか様の娘だって言ってもらえるかな?」

 セレナはエリーゼに優しく抱かれながら尋ねた。赤子が母のお乳を求める様に、純真に、ひたむきに。


 「ええ、ほんとーに良く頑張ったわ!きっとセレナのお母さんも、遥か安息の地で、流石は私の娘だって誇らしく思っているわ!」


 「かかさまー!」セレナはエリーゼに抱きつき、全身を大きく震わせて泣き出した。


 「セレナ、間違いがあったとしたら、それは私。こんな小さな女の子を一人にしてしまった事。

 ごめんね、セレナ。あなたを一人にしてしまって。

 いい事、セレナ。良く覚えておきなさい。人は決して一人では生きて行けないの!いえ、一人で生きてはいけないの!

 だから、ねえセレナ。私達家族になりましょう!どう?素敵な事だと思わない?」


 「家族?」目を真っ赤に泣き腫らしながら、セレナが尋ねた。


 「そっ、家族よ。こちらのナナセ様が、私を地獄から救って下さったの。

 だから、今度は私があなたを助ける番!」


 そう言って、エリーゼは俺に向き直り、そして絨毯に手を付き頭を擦り付けて懇願した。


 「トーマ・ナナセ様。どうか、どうか私とセレナを一緒にお連れ下さい。私は生涯ナナセ様に従う事を誓約し、私の全てを捧げます。お望みなら、奴隷でも結構です!

 ですから、ご下賜頂けるお恵みは、私の分をセレナと分かち合う事を、どうかお許しください!決してご迷惑はお掛け致しません。

 身勝手な望みである事は、十分承知しております。ですが、私達家族には、あなた様しかお縋り出来る方はおりません。必ずお役に立ってみせますので、どうか、どうか、お頼みいたします!」


 エリーゼの血を吐く様な衷心からの願いは、激しく俺の心を震わせた。一体何度この女性は、俺の心を打ち震わせるのだろう?


 ベッドからセレナが降りて来て、エリーゼの隣でエリーゼと一緒になって土下座している。こんなに小さな体を更に小さく丸めて。


 「エリーゼさん、セレナ。どうか頭を上げてください。

 俺をこの世界にいざなってくださった創造神様に誓って、俺、七瀬冬馬はエリーゼとセレナに我が庇護を与える事を誓うよ。命に代えてもね。」


 俺はそう言ってエリーゼの手を取り立たせた。

 その隣でセレナがエリーゼに掴まって立ち上がる。すると、


 「あ、アネモネさん!私、私見えてる!アネモネさんの顔が!綺麗な蒲色の髪が!私見える!」


 セレナはようやく自分の周りに、心を向けられる様になったんだな。


 「そうよ、セレナ!あなたは昨晩、奇跡を体験したの!

 ほら、顔の傷も無くなっているし、耳も、尻尾も、左手もこの通りよ!ご覧なさい!

 ねっ、セレナ。この世には、奇跡が溢れているのかもしれないわね!」


 セレナは、エリーゼの腰に抱きついて大声を絞り出して泣いた。

 今度は幸せの涙だった。

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