第40話 白の大賢者

 俺が変な性癖に目覚めかけ、みんながお風呂に喜びの声を上げていると、ベルちゃんが警告の声を発っした。


 「マスター、何者かがここに転移してきます。」


 黒竜ヴァリトラの頭部の前に白く輝く魔法陣が展開された。ス、スゲー!異世界に転生して、初めての魔法らしい魔法だ!オラ、ワクワクスッゾ――!


 光の魔法陣が一層輝きを増すと、その中に真っ白な少女が裸足で立っていた。

 出会ったばかりのサーシャよりも小さい女の子で、長く白い髪と睫毛に金色の瞳でヴァリトラの死骸をじっと眺めていた。


 白い少女はヴァリトラを見つめながら声を掛けてきた。


 「手間を取らせてしまったな異邦からの旅人殿よ。

 我が名はテレッサ。ザラマンドが白の塔の主、テレッサじゃ。」


 白い少女はそう名乗ると俺達に顔を向けた。


 「白の塔のテレッサ様?では、あの大賢者テレッサ様なのですか?」エリクシアがそう尋ねた。


 「現世うつしよでは大賢者などと呼ばれておるのじゃな。只人との関りは千年ぶり位なので、己が何と呼ばれておるかなぞ、とんと知らなんだわ。聖騎士殿よ。」


 「その大賢者様が、どうしてここへ?」と俺が尋ねると、テレッサは俺をじっと見つめた後、目を細めながらこう言った。

 「異邦のお方よ。何故か其方からはディアマト皇女の気配がする・・・。何故じゃ・・・・?」


 俺にも何の事やらさっぱり分からなかったので、首を傾げる。


 「まあ、良い良い。

 妾がここに参った理由であったのう。それはコレの最後を見取りに参ったのじゃ。」そう言ってテレッサはヴァリトラを指さした。


 「且つての眷属が誉れの最後ぐらい、妾が見届けてやらねばのう。哀れな事じゃ。」


 そう語りながらテレッサは表情の抜けた顔でペタペタと裸足のままでヴァリトラに近づき、その鼻をやさしく撫でた。


 「異邦のお方よ、妾の願いを聞いてたもれ。妾はこの黒竜の竜髄を持ち帰らなければならん。

 こ奴の狂気と瘴気によって汚された竜髄を只人の手に渡しては、この現世うつしよに新たな悲劇を撒き散らしてしまうからのぅ。」


 テレッサはヴァリトラの鼻に手を当てながら、俺に頼んできた。


 「ああ、構わないさ。俺は竜髄なんて初めて聞いた言葉だし。あんたとヴァリトラの間には、何か縁があるようだからな。

 何なら、全部持って行ってくれても構わんよ。」と俺が言うと、サーシャとエリクシアは驚いて俺を見つめた。


 「ほっほっほっほっ、それは豪儀なお方じゃ。しかし、妾が持ち帰らねばならぬのは、この黒竜の竜髄だけじゃ。この竜髄は妾が白の塔に持ち帰って、決して常世の者の手に触れぬよう、厳重に封印し保管しよう。

 それ以外は、全て異邦のお方の随意にするがよかろう。」


 テレッサはそう言うと、手をヴァリトラの頭に翳して呟くように魔法の詠唱を始めた。


 するとヴァリトラの頭頂に黒く輝く粒子が集まり、黒曜石の結晶の様な形を成していった。


 テレッサはその竜髄を彼女のインベントリに収納し、俺の肩に乗ってじっそその様子を見ていたベルちゃんに語り掛けた。


 「そこな恐ろしきお方よ。今のは龍族に伝わる秘儀ゆえ、どうか秘密にしてたもれ・・・。」そう言ってベルちゃんに深く頭を下げて懇願した。

 ベルちゃんは、黙ってそれに頷いた。


 するとヴァリトラの胸から、俺の頭より大きな魔石が飛び出して来て、その中から真っ白な何かがサーシャの胸に向かってジャンプしてきた。


 「キャンキャンキャン!ハフハフ・・・」


 それは真っ白な毛並みの狼の子供、おそらく犬ではないと思う、であった。その子狼はサーシャの顔をペロペロ舐め回している。


 「きゃー!やめてー!」そう言いつつも、サーシャは嬉しそうだった。


 「フェンリル!」テレッサはその子狼を見てそう叫んだ。


 「転生が遅れておると思ったら、このような所で匿われておったのか・・・。

 我等が眷属の名汚れの仕業は、決して許されるものではない。が、しかし、そなたの最後の行いは我が誉として記憶に留めよう。」


 テレッサはヴァリトラにそう語り掛けると、おもむろにサーシャに向かって頭を下げてお願いした。


 「銀狼の母たる白銀のサーシャ殿よ。どうかそこなフェンリルを、我等が眷属の恥が最後にその命と引き換えに守ったフェンリルを、どうかどうか守り育ててたもれ。」


 そう言って深く頭を下げた。

 サーシャは子狼をその立派になった胸に抱きしめながら、俺を見つめて尋ねてきた。「トーマ様?」

 サーシャに抱かれている白いモコモコの誘惑に負けて、つい触ろうと手を出したら、現在俺の手を絶賛ガジガジ噛っている子狼を見つめて、俺はやさしくサーシャに頷いてあげた。


 「はい!テレッサ様。この子は群れの一員として、立派な狼に私が育てます!」サーシャは眩しい笑顔でそう答えた。


 「白銀のサーシャ殿よ。銀狼の母殿よ。妾から衷心の感謝を。」テレッサは満足そうに目を細めて、また深く頭を下げた。


 「しかし、どうしてヴァリトラから子狼が出てきたんだ?」と俺が尋ねると、テレッサは厳しい表情を俺に向けてこう言った。


 「それは、未だ異邦のお方の知るべき事ではないのじゃ。どうしても知りたければ、ザラマンドの白の塔まで妾を訪ねてくるが良い。その時、其方の決意が変わらぬのであれば、語って聞かせようぞ。」


 そう言うとテレッサは転移魔法を発動させて帰って行った。


 さっきから子狼が俺の手に噛り付いて放してくれないよ・・・。手が涎だらけなんだけど・・・。


 俺は黒竜ヴァリトラの亡骸をその魔石と一緒に倉庫に回収して、後方支援連隊さんに解体をお願いした。自衛隊に竜を解体する知識があるのだろうか・・・。まっ、今更だけどね。


 俺はどうもこのヴァリトラの踞座きょざしていた空間、化石化した世界樹の黒冥宮が好きではなかった。

 俺は二人にそう伝えて、夜中に歩くことになっても、あの泉の畔まで戻ってから休みたいとお願いした。


 二人はやさしく俺のお願いに同意してくれた。


 俺は最後にLEDランタンの光を消して、ヴァリトラの黒冥宮を後にした。


 俺が立ち去ると、最後にヴァリトラが倒れ伏した化石の床がひび割れて、そこから一つの若芽が芽生えてきた。


 こうして死した世界樹は、再びその生命の時を刻み始めたのだった・・・。

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