第29話 黒衣の男

 黒衣の男がソファーに腰を下ろすと、バルガーム・パシャとエリクシアは男に対してお辞儀をした。


 「大義である!二人とも腰を下ろすが良い。バルガームはここに座れ。」


 黒衣の男はバルガーム・パシャに自分の隣に座るように促し、バルガーム・パシャは一礼してからソファーに腰を下ろした。


 「話は聞かせてもらった。黄金の戦姫にも芽吹きの時節が訪れるか。まずはそれを寿ことほごう。

 そして、そこな男の子おのこ、我が名はマキシミリア。西方3大王国が一、北のブリトン王国が第3王位継承権者にしてポルトマス軍管区総統マキシミリア・トゥルス・ポルトマス・ブリタリア上級大将である。」


 「話は聞かせてもらった」って、立ち聞きしてただけじゃないか!しかも魔道具まで使ってさ。まっ、大人な俺はそれをスルーしてあげる事にした。

 それ以上に名前と肩書がやたら長い。すまんが一つも覚えられなかったよ。覚える気もないけどね。

 

 「俺はトーマ・ナナセ。何の柵もない、自由気ままな旅人だ。」

 

 「柵はこれからであろう?ましてお主はこれから黒竜ヴァリトラを倒すのであろうが!ドラゴンバスターが何の柵もなしで世間が放っておくとでも?」


 まあ、確かにそうなるわな~。


 「柵は俺が決める!

 ドラゴンに敗れたらそれまでの命。エリクシアと共に散ろう。ドラゴンに勝てたら、ドラゴンを屠る者に何か強制できる人間がいるとでも?

 ドラゴンを倒してエリクシアと共に明日を手に入れたなら、俺は俺と自分の家族の為だけに自由に生きる。」


 「ほう」と黒衣の男は呟き、目を細めて更に冷たい光をたたえた。「では、お主と地母神との関係は、如何に?」


 「何なんだろうね?俺が遥か異郷から渡ってきた時から面倒を見てくれる・・・おばさん的な?ウガーッ、頭痛が――!」


 [地母神からの神威攻撃をプロテクトしました。反撃しますか?

 マスターに危害を加える者は、例え神であろうとも容赦しません!]


 「ふんがー!アーちゃんもベルちゃんもやめてー!二人とも喧嘩しないで、!」


 何だ?何がどうなってんだ??俺の頭の中で神界大戦はやめてくれ~。

 サーシャとエリクシアは俺の様子を心配してくれているが、状況が分からないマキシミリアとバルガーム・パシャは怪訝そうに俺を見ている。

 まあいい。それよりもだ。


 「バルガーム・パシャ。俺はエリクシアを奴隷から自由にしてやりたいんだが、どうすれば良い?」


 「ナナセ殿。エリクシア殿は通常の奴隷契約魔法で奴隷になったのではありません。リブルスの呪いカースによりその魔力を制限され、強制的にその魂を奴隷に貶められて縛られているのです。もしエリクシア殿に奴隷契約魔法を掛けたなら、簡単に誰とでも主従契約を結ばせることができる事でしょう。この意味、危うさはお分かり頂けるでしょうか?

 いずれにせよ、エリクシア殿の呪いカースが解呪できれば、おそらく強制的に掛かっている魂を縛る奴隷の邪術も解除されると思われます。」


 思った通りか。エリクシアをその呪縛から救うことができる!あとはドラゴンだけだな。


 「ナナセ殿。エリクシア殿の無き父君、ファブリス侯ガルシウスのともとして、またこれまでエリクシア殿の親代わりだったものとしてお願いいたします。どうかエリクシアをお救いください。」


 そう言ってバルガーム・パシャは深々と首を垂れたのであった。

 その時、応接室のドアをノックし、執事が入室してきた。


 「失礼します、旦那様。カグファ老が緊急の要件でお会いしたいと。族長のイシュマル殿もご一緒です。

 お連れしてもよろしいでしょうか?」


 バルガーム・パシャは黒衣のマキシミリアに頷くと、マキシミリアは席を立ち、俺を一瞥し「また会おう」と一言残して応接室を出て行った。


 「通してくれ」バルガーム・パシャがそう執事に伝えると、しばらくしてカグファ爺さんたちが入ってきた。


 「いかがなされたカグファ殿。」


 俺はバルガーム・パシャの隣に席を移し、サーシャとエリクシアは俺の後ろに控えてカグファ爺さんたちを迎えた。


 カグファ爺さんは座りながら、バルガーム・パシャと俺に語り始めた。


 「バルガーム・パシャ殿、一大事じゃ。市場に出ておった一族の子等がサラマンド傭兵団に誘拐されてしまった。」


 「何と!してサラマンド傭兵団は、何か要求してきたのか?」


 「儂等のナグルトからの退去を要求してきおった。きっと領主の差し金なので、衛士を頼っても無駄じゃろう。

 そこでバルガーム・パシャ殿から国軍指令に頼んではもらえぬか。どうか儂等の子供たちを救ってほしいと。」


 カグファ爺さんと族長のイシュマルはバルガーム・パシャに深く頭を下げて懇願した。


 「カグファ爺さん、俺が何とかして見よう。攫われた子は何人だ?」


 「ナナセ殿。それは有難いのだが、何故じゃ。ナナセ殿にはかかわりの無い事ではないのかな?対岸の火の粉を無理に被る必要はないのでは?」


 「俺もここの領主って奴が気に入らないんでね。それに領主の息子と既にもめ事を起こしている。対岸の火の粉ではないんだよ。」


 「素材買取商での事じゃな。」とカグファ爺さんが頷く。どこまで地獄耳なんだこの爺さん。


 「では、お頼み申す。ナナセ殿。どうか我が一族の子供達を救出してくだされ。」とカグファ爺さんは俺に深く頭を下げた。


 「攫われた子は全部で十一人。内女の子が5人だ。その中にはお主の知っておるチシャもおる。どうか我らの子等を救ってくだされ。」イシュマルもそれだけ告げると、深く俺に頭を下げた。


 「分かった。二人とも頭を上げてくれ、俺が引き受けた。

 ベルちゃん!チシャの居場所を特定できるね?」


 [お任せください、マスター。アフロディーテより、マスターのお役に立つのは私です。

 リミッター解除。半径50㎞の範囲で全生命体の索敵を実行。

 索敵にヒット。99.99999999%、テン9の確率でチシャと断定。マップに表示します。他の子供たちも一緒です。]


 エリクシアは突然聞こえてきた声に驚いているようだが、後で説明してあげるよ。


 「発見した。誰かこの街の地図を持ってないか?子供たちはまだこの街に居る。」


 バルガーム・パシャが執事に指示すると、一枚の地図を取り寄せてソファーの前のテーブルに広げた。


 「子供たちは、城壁内のこの辺り、皆一カ所に纏っているようだ。」


 「ここは東の倉庫街の中か・・・。」バルガーム・パシャが手を顎に当てながら思案している。


 「これから俺とサーシャとエリクシアで救出に向かう。救出後子供たちをキャラバンまで送り届けたら、俺達はそのまま街には戻らず黒き森の黒竜討伐に向かう。

 子供たちを上手く誘導したいので、子供たちの顔見知りであるイシュマルは俺と一緒に来てくれないか?」


 「分かった。共に行って戦おう!」とイシュマルが答える。


 「儂も共に行こう。」驚いた事に、バルガーム・パシャも行くと言う。


 「奴らに時間の余裕を与えたくない、少人数で素早く行動する事になるから、バルガーム・パシャの護衛は連れていけないぞ。」


 「承知!」バルガーム・パシャはそう短く返事をし、支度をする為に部屋を出た。

 俺達も支度をする為、一室を借りる事にした。


――――――


 俺達は戦闘装備を整えた。サーシャはいつものアーちゃんコーデ装備。エリクシアは俺と同じ自衛隊装備で身を包んだ。

 これで20式小銃2丁にFN P90ピーちゃんだ。傭兵程度蹴散らして見せるさ。


 着替えた俺達三人はバルガーム・パシャの屋敷の玄関に向かうと、既にバルガーム・パシャとイシュマルとカグファ爺さんが待っていた。

 カグファ爺さんは俺達の脱出後、子供たちと一緒にキャラバンへ戻るため、同行すると言い張った。だが、戦闘への参加は強く禁止した。血の気の多そうな爺さんだからな。しっかりと釘を刺したよ。


 「それじゃ、出発しようか!」俺は倉庫から高機動車を取り出した。

 

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