第25話 まつろわぬ民

 俺に蹴り飛ばされた傭兵は、膝を抱えて呻いている仲間たちを引きずりながら、市場から逃げ去って行った。


 ワ―――!


 俺達を取り巻いて見ていた群衆から歓声が上がった。

 彼らも傭兵達の横暴な態度が、よほど腹に据えかねていたらしい。群衆は俺達を囲んで、皆口々に俺達を褒め称えた。

 傭兵達に痛めつけられていた中年の女性も、周りの露天商の女達に助け起こされ、散乱した商品も丁寧に並べなおしてもらっている。

 すると、群衆の人垣が二つに分かれて、その中を一人の老人が後ろに大男を従えて俺に向かって進んできた。


 「異郷のお方。この度はこれなる同胞をお助けいただき感謝いたします。是非ともお礼がしたいので、お手数じゃが城壁外の我があばら家までお越し頂けないじゃろうか?」


 老人は丁寧に礼を述べると、俺に向かって深く頭を下げ、痛めつけられていた女の人も含めて、群衆のおよそ半数の者が一斉に頭を下げた。


 「分かった。案内してくれ。」


 俺達は老人に先導され、城壁外の彼らがキャラバンと呼んでいた集落に案内された。キャラバンは結構な大きさの移動式住居の集まりで、その中央にある大きな天幕に入ると、そこには柔らかくてふかふかな絨毯が惜しみなく敷かれており、屋内には香がたかれて、ここが仮の住み家とは思えぬほど心地よい空間があった。

 俺達は老人の前に腰を下ろして挨拶した。


「改めて礼を申します。儂はこの街の流浪の民を纏めておるカグファという年寄りじゃ。そして、後ろに控えしは、族長のイシュマルと申す。先ほどは我が同胞はらからをお救いいただき、本当に感謝致す。」


 そう言って老人は絨毯に手を付き、俺に深く頭を下げた。それに合わせて、老人の後ろに控えていた大男も深く頭を下げた。


 「俺の名は七瀬冬馬。トーマ・ナナセだ。こっちにいるのがサーシャとエリクシアだ。

 これで礼は受け取った。ご老人、そんなに改まらんでくれ。たまたま気に食わない奴がでかいツラしていたんで、追っ払っただけなんだ。」


 「トーマ様はトカゲが大嫌いなのです。」とサーシャがつぶやく。


 「ほっほっほ。銀狼のお嬢さん、それは儂らも同じしゃよ。」そうカグファが笑うと、幕の後ろから女達がお茶と焼き菓子を持って現れ、俺達の前に置いていった。


 俺は良い香りのするお茶に口を付けると、仄かな甘みが口の中に広がり、爽やかなお茶の香りが鼻腔に抜けていった。


 「美味しいお茶だなぁ。これは何というお茶だい?」


 「お気に召しましたか。これは天狼山脈で取れるアモン茶と言います。アモン茶の中でもとりわけ良質な産地の茶葉を使ったもので、後ほどお帰りになる際にお分けいたそう。」


 天狼山脈という言葉でサーシャがピクリと反応した。俺はそんなサーシャを横目に見ながら話をつづけた。


 「俺はよそ者で分からない事ばかりなので、後学の為に教えてほしいんだが、爺さんたち流浪の民ってのは何なんだい?それになんでその流浪の民がサラマンド傭兵団に襲われるんだ?見たところ、市場の人間のおよそ半数が爺さんのお仲間なんじゃないかい?奴らは爺さんたちを狙っていたんだろう?」


 爺さんは、お茶を一口啜ってから離し始めた。俺とサーシャも一緒になってズズズとお茶を啜った。


 「先ずは、儂らの事から話しましょう。我等流浪の民は、東の天狼山脈の更に東に広がるナバロンの大荒野を根にする民じゃと伝えられております。遥かな昔、この西方文明圏オキシデンテ諸国が勃興するより遥か前にナバロンの大荒野には、古の大魔導王国が栄えていたと伝えれれております。」


 「大魔導王国?ん~何か引っかかると言うか、どこか聞き覚えがあると言うか・・・・。」


 「ほう、ナナセ殿は大魔導王国をご存知か。

 かの国は今は失われた魔導の技術に秀でて、夜を昼に変え、都市間を空を飛ぶ船が行き来し、数多あまたのゴーレムを使役していたと伝えられておる。

 しかし、栄華の極みを誇った大魔導王国じゃったが、一夜にしてその魔導王国は滅んだと伝えられておる。一説には、禁忌の大魔術で滅んだとか、神々の怒りに触れたから滅んだとか言われておるが、真偽は定かではない。

 いずれにせよ、儂らの最古の伝承では、我が流浪の一族は、その大魔導王国の末裔だと伝えられておって、魔導王国の崩壊後、ナバロンの大荒野を離れて、西に移り住んだ部族の末裔が我が一族じゃと。

 それ以来、儂らは一所に定住することも許されぬ呪いにかけらたと言われておる。

 だから、儂らは『まつろわぬ民』なのじゃよ。」


「ほう、では何故その『まつろわぬ民』がサラマンド傭兵団なぞに絡まれているのかな?」


 カグファ爺さんはしわがれた喉を潤すように、アモン茶をもう一口飲んでから話しを続けた。俺とサーシャもまたズズズとアモン茶を啜った。うまい!


 「なに、くだらん理由からじゃよ・・・。

 このナグルトの街の領主たるナグルト伯爵家は代々この街を治めておるが、この街の重要性ゆえにこの国の王家から完全にこの領地を治める権利を許されてはおらんのだそうじゃ。そこで貴族派の中心的な貴族であるナグルト伯爵は、王族派いや、今は王弟派と言うべきかの、その手先である代官と国軍指令の一派に嫌がらせをしておるのじゃよ。

 このナグルトの街の政も治安維持も、伯爵と代官、国軍司令官との協議で維持されるのが定めじゃ。そこで伯爵はヤルガの街からダゴス商会とサラマンド傭兵団を呼び寄せ、商人達を支配下に置き、よしんばこの街から国軍を追い出し治安維持権を掌握するのを狙っているという訳じゃよ。」


 「それがどう爺さんたちに関わってくるんだ?」俺とサーシャとエリクシアがお茶をズズズと啜る。イシュマルが苦笑いして、奥から大きな急須にアモン茶を入れて持ってきて、俺達の前にドスンと置いてくれたよ。有難い、これで好きなだけ飲める。


 「それに関わってくるのが、バルガーム・パシャ殿の存在じゃ。」爺さんもアモン茶を啜って、自分の茶碗にアモン茶を注いだ。


 「バルガーム・パシャ殿は王弟殿下と昵懇で、この街では国軍の庇護下にある為、ナグルト伯爵でさえ直接手出しが出来ずにいる。

 そこで伯爵はバルガーム・パシャ殿と敵対するヤルガの街のダゴス商会に騒ぎを起こさせて儂らをこの街から追い出し、ダゴス商会の息のかかった商人に挿げ替えようと企んで居るのじゃ。」


 「そこだよ!なんで爺さんたちなんだ?バルガーム・パシャじゃなくて?」


 「それは儂等がこの西方文明圏オキシデンテで広く交易を生業にしているからじゃよ。

 そしてまたバルガーム・パシャ殿も同じく交易を主な生業として居る。

 儂等とバルガーム・パシャ殿等はお互いに争うのではなく、互いに力を合わせる道を選んだのじゃ。当代のバルガーム殿の祖父である先代のバルガーム・パシャ殿。二代前の族長殿がオリエンテスから落ち延びて来られた昔からのう。」


 カグファは温くなったお茶に口を付けた。


 「儂等を弱体化させる事は、それ即ちバルガーム・パシャ殿の商路を弱体化させる事なのじゃよ。」


 「なあ、カグファ爺さん。あんたらのお仲間はいろんな街にいるのかい?」


 「良くお分かりで。」


 「じゃあ、俺が買った果物屋の親父や、スカーフを売ってた露天商や魔道具屋の親父なんかもカグファ爺さんの仲間なのかい?」


 「その通りじゃが、それが?」


 「なに、簡単な話だよ。この街の領主が爺さんの仲間を追い出したとしても、直ぐにあんた方が戻ってくることになるからさ。」


 「ほう。何故そう思いなさる?」カグファ爺さんが目を細めて俺を凝視する。干からびた爺さんに見つめられても、嬉しくはないわな。


 「今日一日市場を回っただけで、爺さんの仲間達の品揃え、品質、値段、どれをとっても地元の商人が足下に及ぶものじゃなかったからだよ。

 爺さんたちは各地に散らばった同胞達から、より良い品を大量に購入できる。そうじゃないのかい?

 だったら地元の個人商が叶う訳がなかろう!

 各地に散らばる同胞の間を交易して回れる爺さんたちが、商品の質と量と物流の効率でそこらの地元商人たちに負けるわけがないじゃないか。間違ってるかい?」


 「ふぉふぉふぉ!ナナセ殿は商人であられるのか?こうも容易く我ら『まつろわぬ民』の秘め事を言い当てるとは!

 イシュマルよ、例の物をこれへ。」


 カグファ爺さんがそう言うと族長のイシュマルは帳の裏へ回り、一つの箱を持って戻ってきた。

 カグファ爺さんはその箱を受け取ってから言った。


 「ナナセ殿。これは儂らの母なる大地ナバロンを流れる大河カビールの畔で取れる魔晶石から作った首飾りじゃ。これをそなた様に贈りたい。我等古のナバロンの『まつろわぬ民』の友人としてこの首飾りを身に着けて欲しい。」


 そう言ってカグファ爺さんは、綺麗にカットされた魔晶石の首飾りを手渡した。


 「カグファ爺さん。俺にはこれの価値や意味するところは分からんが、爺さん達ナバロンの『まつろわぬ民』の友人として、この首飾りを身に着けよう。」


 魔晶石の首飾りを受け取った後、しばらく歓談して俺達はカグファ爺さんの天幕を後にし、キャラバンの入り口まで見送ってくれたカグファ爺さん達に別れを告げた。

 アモン茶の茶葉をもらう事はしっかりと忘れなかったよ。

 

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