第26話 ザウル・ナグルト
俺達がカグファ爺さんの天幕を出ると、小さな子が俺に飛び込んできた。
「ご、ごめんなちゃい。あー、さっきのおじちゃま!」
市場で花を買ってあげた少女だった。
「どうしたんだ、チシャ。お客様の前じゃぞ。」俺の後から出てきたカグファ爺さんが少女を窘めた。
「あっ、じーちゃま。あのね、チシャ、今日街の市場でお花をいっぱい、いーっぱい買ってもらったの。このおじちゃまとバ、バルムパ?・・様のお店のおじちゃま達に!それでね、それでね、かあちゃまのお薬を買えるね、お金がやーっと出来たの!それで、それで・・・んっと、これからお薬買ってくるー!」
チシャと呼ばれた少女は、お金の入った袋を大事そうに握り締め、ナグルトの街に向かって走って行った。
「プスクスクス、おじちゃまって、クスクス・・・。」おのれサーシャめ、気にしてたのに・・・。
俺はとぼとぼとナグルトの街に戻って行った。なぜかエリクシアまでサーシャに加わり「プスクス」してるよ。ケシカラン!
そしてナグルトの城門をくぐった俺達は城門近くの目貫通りにあるバルガーム・パシャの魔獣素材買取店を訪れた。彼は貿易商と奴隷商と素材買取商も営んでおり、素材商もなかなか売り上げが大きいそうだ。
素材買取の商館は、入り口を入ると広いロビーがあって、冒険者風の男女達が沢山あるテーブルにそれぞれ座って談笑している。一階は魔獣素材の買取。二階と三階は小物や雑貨の販売を行っていて、四階と屋根裏は住み込み店員達の住居だそうだ。
素材売却の終わった冒険者たちに声を掛けているのは、全員見た目の良い女性店員達で、皆バルガーム・パシャ商会の奴隷達だそうだ。
ここでは営業成績によって毎月ボーナスが給金に大きく上乗せされるので、彼女たちはいずれ自分自身をバルガーム・パシャから買い戻して自由市民になって出て行く事が出来るそうである。それまでに、商売に関する色んなことを覚えて。
だから彼女達も必死にちょっと色っぽい営業トークして、冒険者を上の階に誘導というか連行して行ってる。
きっとあの手この手を使って、冒険者たちの懐から、ドーラを吐き出させているのだろう。たっぷりとな。
冒険者達は皆一様に鼻の下を伸ばしてデレデレしながら、女店員達に上の階へ連れて行かれる。。哀れ冒険者共よ、男共よ。なんかドナドナを歌いたくなってきたよ。
バルガーム・パシャの方が何枚も上手だったな。
俺も黒き森で狩り貯めた素材を、一部放出することにした。
「エリクシア、俺も素材を売りたいのだが、量が多いのでどうすればいい?」
俺がそう尋ねると、エリクシアは買取カウンターの奥にいる店員を呼んで、俺のことを説明した。
買取店員は俺たちを裏の空いている倉庫室に連れて行き、そこで売りたい素材を出すように言った。
俺は、レッドオーガの素材を含め、バトルラビットの保管している素材を4割ほど倉庫室に取り出した。
エリクシアと店員はその量と質に驚き、店員はすぐに応援を呼びに飛んで行った。特にレッドオーガの素材は、この店が開店して以来初めての取引きになるそうだ。
赤い角付きだからね。しっかり鑑定してくれたまえ。
「全ての査定が終わるまで、時間がかかりそうなので、先ほどのロビーでお茶でも飲みましょうか?」
そう言ってエリクシアは俺たちをお茶に誘った。
―――――
エリクシア達と素材の査定が終わるのを待ちながら、ロビーでお茶を飲んでいると、急に入り口があわただしくなり、派手な服装の男が取り巻きを連れて店内に入ってきた。
ああ、これが有名なテンプレってやつですかね?
バルガーム・パシャの魔獣素材買取商に入ってきた男は、派手な黄色のヒラヒラシャツに赤いベストを着けて、青い7分丈のパンツをはいていた。信号機か!恐ろしいセンスをしておる。
一応腰に剣を吊るしてはいるが、どう見ても剣など振ったこともないような体形をしており、四人の取り巻きもみな嫌な顔つきをしている。
こいつらは店に入ってくるなり、入り口にいた女の店員を捕まえてはベタベタ体を撫でまわして、女の店員をなぶっていた。
他の女の店員達は一目この男を見るなり、蜘蛛の子を散らすようにみんなどこかへ消えていった。
「ザウル様、おイタは困ります。ウチの店員が困って泣いております。」
カウンターの奥から出てきた年配の番頭が派手男をそう言ってたしなめた。
「黙れ!一体誰に向かって言っているのか分かっているんだろうな?僕はザウル・ナグルト!このナグルト領主の息子だぞ!」
派手男は嵩にかかって番頭に詰め寄る。それに合わせて取り巻きの男たちも、番頭を詰りながら取り囲んだ。
俺は店の様子を観察する。店の男たちは皆一様に顔を顰めて、ザウルと名乗った派手男を睨みつけている。また、警備の男たちは皆左手を腰のシミターにかけているが、命令があるまで動けない。その辺も良く訓練されているもんだ。だが、決して番頭は攻撃の命令を出さないだろう。派手男とは格が違う。
ロビーに屯していた冒険者たちの大半も、鼻に皺を寄せて派手男を睨んでいたが、他は我関せずとばかり、派手男達を遠巻きに眺めるだけで、君子危うきにを決め込んでいた。
しかし、頭の悪い派手男と取り巻き達は番頭が無抵抗なことを良いことに、番頭を小突きだし、次第にそれはエスカレートしていった。
それにエリクシアがキレてしまった。
「おやめなさい!無抵抗な者に集団で暴力を振るうとは、恥を知りなさい!」
と言ってしまった。恥を知る者なら、そもそもこんな恥ずかしい格好はしていないさ。
案の定、派手男達は番頭を突き飛ばして、ニヤニヤ嫌な笑いを浮かべながら新しい獲物を取り囲んだ。
「おやおやおや!これは奴隷のエリクシアではないか?どうだね、やっと僕の物になる決心はできたのかね~?」
これで納得だな。初めからこいつらの狙いはエリクシアだったのだ。若しくはあわよくばバルガーム・パシャをも、とか狙ってそうだな。
「誰が貴方など!わたくしが欲しければ、武威を示しなさい!」
「はっ!誰が黒き森のドラゴンになんて立ち向かうもんか!みすみす自分の命を捨てに行くようなものじゃないか!そんな夢物語を語ってないで、どうだい僕ともっと気持ちのいい話をしようじゃないか、ベッドの上でな!ハハッ!」
なんとなくエリクシアの事情が見えてきたが、派手男は嫌らしい笑い声を上げると、劣情に濁った目でエリクシアの体を嘗め回し、そしてエリクシアの胸に触ろうとした。
「触らないで!」
バシッっとエリクシアは派手男の手を叩き派手男から身を逸らした。
「いてぇ!何するんだこの奴隷が!領主一族に手を上げるとどうなるか分かっているんだろうなあ!
奴隷の罪は主人の罪で、バルガーム・パシャに罪が及ぶんだぞ!それでもいいのかぁ?ああん?」
「そうだそうだ!この女!ザウル様に傷一つ付けてみろ!お前の主であるバルガーム・パシャの首を刎ねてやるぞ!」
取り巻き達も、一緒になってエリクシアを責め立てた。
エリクシアは先ほどのカグファ爺さんの話が頭にでもあるのか、唇を噛みしめて派手男達の詰る声にじっと耐えている。
見え透いた茶番だな!初めから狙いはバルガーム・パシャか。どうやら番頭も同じ結論に至ったみたいで、店の者に何か告げると店の外に走らせた。
しかしこのバカ派手男は俺がちょっと視線を逸らした間に、取り返しの付かない大罪を犯してしまった。
ニヤニヤと品性を感じない嫌な笑いを浮かべながら、奴はその汚い右手でエリクシアの神聖な胸を、清浄なる霊峰を鷲掴みしやがったのだ!
エリクシアは嫌悪に唇を震わせながら、顔を背けバカ派手男にされるがまま汚辱に耐えていた。
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