第21話 エリクシアの瞳にうつったもの
□□□エリクシア
珍しいことにバルガーム・パシャ殿が酔いつぶれていた。
あれほど警戒心の強いお方なのに、ナナセ様はそれほどまで気の許せるお方だという事なのかしら?
私はバルガーム・パシャ殿のお姿に戸惑いながら、彼に酒精を解毒する為のアクアキュアの魔法を掛けた。
「うん、エリクシア殿か?いや、すまない。飲みすぎてしまって、いつの間にか酔いつぶれてしまったか。
いやはや、あの酒は衝撃だったよ。あれこそが神の酒 ネクタルだと言われても不思議ではない。
それでナナセ殿等は、如何した?」魔法の残光が消えると、バルガーム・パシャ殿が体を起こして、私にそう尋ねた。
私は黙って首を横に振り、水の入ったグラスをパルガム・サシャ殿の前にそっと置いた。
「ナナセ様達は、お部屋へご案内いたしました。
ナナセ様は酒精に大層お強いようですね。
サーシャ様を連れられて、今しがたお部屋へ移られました。」
バルガーム・パシャ殿は一気にグラスの水を飲み干し、深く息を吐きだし、椅子の背もたれに身を預け深いため息を付かれた。
「そうか・・・。それで、エリクシア殿は、あの男をどう見るかね?」バルガーム・パシャ殿は強い眼光で私に尋ねた。
「分かりません。ただ、あのお方と居ると、心地よい風が吹きます。
・・・失くしてしまった、素のままの自分でいられるような気がします。」
「そうか、では明日一日、彼らに街を案内してあげてくれ。費用は店の者に渡すよう伝えておく。」
バルガーム・パシャ殿はそう言いわれると、食堂を出て行かれた。
私はバルガーム・パシャ殿が出て行かれた扉を見ながら、先ほどの事を思い返していた。
不思議な事もあるもので、バルガーム・パシャ殿が故郷のかの料理をナナセ様と一緒に取られた・・・。
私の知る限り、バルガーム・パシャ殿がセントニアに居を構えてから、かの故郷の料理をよそ者と、しかも初めて出会ったばかりのよそ者と一緒に取られたのは、これが初めての事であるはず。
子供の頃に父上から伺ったことがある。
バルガーム・パシャ殿達東方の一族にとって、かの料理は特別なものであると。
例え日頃殺しあっている
それが、遥か東方の荒野に住む民の厳しい戒律である・・・と。
バルガーム・パシャ殿にとって、ナナセ様はそれ程の相手であるという事なのかしら?
バルガーム・パシャ殿はあの『黒の
それにしても不思議な方であった。ナナセ様の事を思うと、私の凍った心でさえさざめく・・・。
フフッ、私の胸元に釘付けであったけれど、あの方の眼差しは不快では無かった。いえ、正直に言えば、この身を進んで投げ出したくすらあった・・・。あの方の温もりを、この肌で直接感じたいとさえ・・・。
それにあの銀狼の娘の焼きもちも可愛らしかったし。
あの方は気付いているのかしら?あの娘が、幼いながらも全身全霊を以てその愛を捧げていることを。
あの銀狼の娘が、幼くとも一人の女として狩りの爪を研いでいるというのに、ナナセ様はいつまで逃げられるのかしら?
あの二人を見ていると、凍った胸が少しだけ熱を取り戻す。
このまま二人の行く末を見ていたいのだが、いずれにせよ、私にはそれを見届けられる時間がない・・・。
でも、あの方はそんな甘いだけの方ではないようだ。警護の者がバルガーム・パシャ殿から聞いた話では、完全武装した80名のサラマンド傭兵団をあっという間に、あの銀狼の娘と二人だけで屠ってしまったそうだ。
想像しただけで、空恐ろしいことだわ・・・。個人が手にできる武威を越えている。
それだけ、強力な神の恩寵を受けているという事なのでしょう。しかもその武威の底は未だ知れず・・・。
店の木戸から覗き見たけど、バルガーム・パシャ殿を乗せて来たあの鉄の馬車。あれは一体何なのかしら?
どんな書物にも、それらしき物を記したものはこれまで見たことが無かったわ。そしてあの恐ろしい鉄の馬車を一瞬で収納してしまうほどのインベントリーのスキル。
一体どれ程の物を収納する事が出来るのかしら?
本当に底が見えないわ・・・。
それ以上に驚いたのが、あの方の故郷のお酒と美しいグラス。
バルガーム・パシャ殿をして神酒 ネクタルと言わしめたほどのお酒。あれだけ酒精の強いお酒を造る技術はこの
そしてそのお酒の入ったボトルもそうだけれども、何よりもあの美しく精巧なグラス。ただのガラスではないようだけれど、あのように透明度が高くて美しいグラスを作る知識も技もまた、この
古の魔導国なら・・・あるいは・・。
ふっ、そう言えば、目の肥えた番頭たちも騒いでいたわね。
バルガーム・パシャ殿が酔いつぶれて宴がお開きになった後、番頭達をはじめ料理人やメイド達、警護の者を除く商館にいる使用人全てが食堂に集まり、ナナセ様にバルガーム・パシャ殿を救ってくれた事への感謝を述べた。
その時あのお方は、さもつまらない事でもあるかのように「お前たちの感謝の気持ちは受け取った。気にするな。」と仰った。
それはつまりあの方にとってサラマンド傭兵団80人程度討伐することなど、特段気に留めるほどの事でもない、日常の些事だという事なのでしょうか。
私は濡れた髪をひと房手に取り、シャンプーの香りを嗅いで、先程の湯浴みでの一時を思い出した。
胸が高鳴るのが感じられる。この瞬間、自分の生を実感できた。・・・まだ、私にもこのような感情が残っていたのですね・・・。
もしかして、あの方なら・・・私の・・・・
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