第20話 東方の宴
俺達はバルガーム・パシャの案内で、大きな食堂に移った。エリクシアも俺たちの後に続いて食堂に入ってきた。
広い食堂の中には、真ん中に10人以上座れそうな大きなテーブルがあり、その中央の暖炉を背にした主人席にバルガーム・パシャが回ると、その対面の主賓席に俺を勧めた。俺の左手にサーシャ用に少し高めの椅子が用意されていた。
嬉しい心配りだ。
しかし、この大きなテーブルに3人だけしか座らないとはね。
「まずは乾杯しよう。」席に着くなり、バルガーム・パシャはグラスを持ち上げてそう言った。
エリクシアはバルガーム・パシャと俺のグラスにフルーティーな香りのワインを。サーシャにはスィーグゥの果実水だと言って薄桃色の果実水を注いでくれた。
「では、こうしてナナセ殿と巡り合わせてくれた神々に、また我らが命を育んでくれた故郷の水と風と砂に感謝し、乾杯!
我があばら家の
儀式張った言い回しをするバルガーム・パシャの真剣な眼差しを正面から受けて、俺は静かに頷き乾杯した。
俺はワインも酒も前世では飲む事も、機会も無かったので、このワインの味がどうかは分からないが、フルーティーで飲みやすかった。俺的には好きな味だ。
俺の反応に満足したのか、バルガーム・パシャは大きく頷き、ワインの入ったグラスに指を付け、その雫をテーブルの左右に指で弾いて飛ばしてからその盃を開けた。
すると脇の扉が開き、料理人と思しき男が大皿を持ってきて、エリクシアに渡した。
エリクシアはその料理の皿をバルガーム・パシャの傍からテーブルの上に恭しく乗せた。
料理は見た事の無い異国の料理で、黄色く色付けされた長い米、インディカ米って言うんだっけ?の真ん中に何やら煮込んだ肉が盛り付けられている。米が肉の周りに土手の様に盛り付けられた見た目だ。空腹を刺激する、独特な香辛料の香りがする。
「これは今はもう戻ることのできない、遥か遠き我が故郷の名もなき家庭料理です。儂らは客人を家に招き入れたとき、この料理をお互い一つの皿から分け合って食べるのが古い習わしなのです。今はもう忘れ去られた古き習わしなのですがな。」
バルガーム・パシャがそう説明すると、エリクシアは水の入ったボールと布を持って彼のわきに控えた。
「ここ西方では不躾になってしまうが、東方の我が故郷では右手で直接食べるのが、儂らの古き流儀なのでの。この水で右手を洗い、その右手でコメと肉、この肉は羊の肉を羊の乳で3日ほど煮込んだもので、それを混ぜてこうして右手ですくって食べるのですよ。」
そう説明しながらバルガーム・パシャは洗った手を布で拭き、肉と米を右手で器用に混ぜてから、混ぜた肉と米を右手ですくって食べて見せてくれた。
エリクシアが俺達の脇にも水の入ったポールとタオルを持ってきて俺達に給仕してくれた。エリクシアの金木犀の香りが香ってっ来るとドキドキが止まらない。顔が火照っていくのが自分でも分かる・・・。
しかし、バルガーム・パシャがじっと見ているので、俺はグッと平静を装い、作法通りに肉と米を右手ですくって食べた。
様々な香辛料の香りが口から鼻に抜け、その後薄く塩味で味付けされた羊の肉が、ホロホロと口の中で解れるくらい柔らかい。それが仄かに甘く味付けされたコメとよく合い、素朴でとてもおいし料理だった。
隣を見ると、サーシャが目を輝かせて肉を多めに取った右手を何度も口に運んでいた。早くも、もう半分以上無くなっている・・・。
「不調法ですまん。サーシャは肉に目が無くて・・・」
「ハハハ、構わんよ。我が故郷の料理を気に入ってくれたようで、儂もうれしいよ。さっ、どんどん料理を持ってきておくれ。」
バルガーム・パシャがそう言うと、また食堂脇の扉が開き、今度は何人もの料理人達が、それそれ何種類もの料理を持ってきてはテーブルの上に並べ始めた。
サーシャはテーブルの上の肉料理をロックオンする為に、目をキョロキョロさせている。良かったな、テーブルの上には、サーシャがロックオンする為の肉料理がたくさん並べられていて。
しかし、俺はサーシャの健康の為に言わねばならん!
「サーシャ。肉・肉・野菜・肉・野菜、肉・野菜・野菜・肉・肉だ!」
「ひ、ひゃひぃ、トーマ様!」声が裏返っている。
敬愛する貝〇先生は『肉を食っていれば、人間は幸せになれる!肉を食え!肉を!』と仰っていた。全くその通りなんだが、サーシャには野菜も必要だ!たぶん。
料理はどれも絶品だった。きっと料理人の腕が一流なのだろう。どれも香辛料を惜しげもなく使っており、唐辛子がきつめの肉料理もあった。
案の定、唐辛子トラップに引っかかったお子様舌のサーシャは、涙目になって果実水をガブガブ飲んでいた。エリクシアがそんなサーシャを甲斐甲斐しく世話してくれている。
なんか、ホッコリする光景だ・・・。
俺はある事を思いつき、バルガーム・パシャに話しかけた。
「バルガーム・パシャよ。不躾だがちょっとこの酒を飲んでくれないか。俺の故郷の酒だが、父さんが好んだ酒なんだ。きっと気に入ってくれると思うんだが。」
俺に酒の味は分からないが、バルガーム・パシャの飲みっぷりに父さんが重なって、父さんが好んだこの酒の事を思い出したんだ。京都の名水のウイスキーだ。
「ほう、ナナセ殿の父君が好んだ故郷の酒とな。それは光栄というものですな。ではいただくとしよう。」
俺はエリクシアに京都のウイスキーのボトルとクリスタルのカットグラスを渡した。
エリクシアに渡したのは、彼女から注いでもらいたかったからなのだが・・・。
今にしてやっとなんで父さん達大人の男が、綺麗なお姉さんのいるお店に高い金を出して行きたがるのか、悟った気がするのだが。天啓かっ!
俺とバルガーム・パシャはエリクシアが注いでくれたウイスキーグラスを手に取り、頷きあってそれを口に含んだ。
ああ、初めてウイスキーを飲んだが、この香りとのど越し、癖になるな!これが父さんが愛したウイスキーなのか・・・。
その思いはバルガーム・パシャも同じだったようで、奴がつぶれるまで二人で三本ボトルを空けたよ。
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