第18話 ナグルトの街

 ひょんな事から知り合った奴隷商人のバルガーム・パシャは、なかなかの人物だった。

 俺とサーシャは奴隷たちの馬車から降りると、高機動車を取りに街道をバリケードとは反対の方へ戻り、高機動車を運転してまたバルガーム・パシャの箱馬車まで戻った。

 バルガーム・パシャたちは一目高機動車を見ると、口を大きく開けて驚いていた。沈着冷静なバルガーム・パシャをこれほど驚かす事ができたので、俺はニヤニヤしながらバルガール・パシャを見ると、奴は珍しく悔しそうな表情を一瞬浮かべてた。一本アリかな?


 俺達が高機動車で戻ると、バルガーム・パシャの護衛達は道をふさいでいるバリケードを押しのけて道を作ろうと奮闘していた。人力では横倒しになった馬車を動かすのは大変そうなので、俺はバリケードにローブを結んで、高機動車でけん引して道を開けた。

 俺がけん引ロープを片付けていると、バルガーム・パシャが寄ってきた。


 「ナナセ殿。儂は一刻も早くナグルトの街に戻り、追加の護衛を手配したい。そして誤った情報が流される前に、捕虜を国軍に引き渡したいのだが、この鉄の馬車で儂と捕虜をナグルトに送ってくれないだろうか。この度命を救っつもらった礼とも合わせて、できる限りの謝礼をする。と言っています。」


 「構わないぞ」と俺は答えて、バルガーム・パシャと捕虜3人を高機動車に乗せた。

 もちろん車長席はサーシャの指定席だ。バルガーム・パシャには後席に座ってもらい、捕虜たちはもちろん縛って床に転がした。

 

 走り始めるとバルガーム・パシャが大興奮して騒ぎ始めた。まるで子供の様だ。

 運転席と車長席の間に身を乗り出しては、フロントガラスから見える景色に興奮し、また後席に戻っては、幌の窓から側面の流れる景色を眺め、コーキの速度に驚きの声を上げているようだった。

 さっきまでの威厳はどこ行ったんだ?

 俺はサーシャに目をやると、うんざりした表情を浮かべている。彼が何を叫んでいるのか、推して知るべし。


 日が傾き始めたころ、道の周りは草原から見渡す限り麦畑に変わり、そして遠くに麦畑の中に浮かぶ城壁が見えるようになった。


 「あれがナグルトの街だ。と言っています。」


 ナグルトの街に近づくと、街道には通行人がチラホラ行きかっていた。皆生成りの質素な服を身に着けており、背負子に荷物を担いでいる者が多かった。中には荷馬車も何台か見られ、それらは皆ナグルトの街を目指していた。

 通行人の大半が街に戻る人の様で、皆一様に高機動車を見ては驚いている。中には腰を抜かしたように尻餅を付いてしまう人も何人か・・・。驚きすぎじゃないかい?


 道を歩く人や荷馬車が増えてきたので、ゆっくりとしか走れない。城門に到着するころには、すっかり薄暗くなってしまった。

 日に沈むナグルトの城壁は10メートル程の高さで、しっかりとした煉瓦で作られている。

 俺はヘッドライトを点灯し城門へ近づくと、門の周りにキラキラ反射するものがある。


 「サーシャ、あれは剣の反射かな?一応注意してくれ。」


 城門の衛士だとは思うが、抜剣している相手に無防備ではいられない。サーシャはキューちゃんを膝に置き、俺もSFP9をホルスターから抜き、右手に持ちながらハンドルを操作した。


 城門の前に同じ装備を着けた兵士が10人ほど飛び出してきて、槍先をこちらに向けて叫んでいた。恐らく城門の衛士だろうが、皆怯えを隠し切れず槍先が乱れている。バルガーム・パシャの警護隊より随分練度が低そうに見える。


 「何者だ、止まれ。と言っています。」


 俺が反応するより先にバルガーム・パシャがサーシャに何か声を掛けて、後部ドアから外に降りた。

 バルガーム・パシャは門衛たちに両手を広げて何か話している。彼の説明を聞いて、初めは及び腰だった門衛たちも次第に落ち着きを取り戻し、短いマントを付けた衛士が高機動車のドアから俺を覗き込んで来た。隊長かな?


 「何者か?と聞いています。」


 「俺の名はトーマ・ナナセ。旅人だ。旅の途中、賊に襲われているバルガーム・パシャを助けた。その後、本人を送ってほしいとの依頼を受けたので、ここに来た。」


 皆一様にサーシャの可愛い声に驚いているが、まあ、こんな見たこともない大きな鉄の乗り物の中に、可愛らしい女の子がいるとは誰も思わんわな。

 そんなことを思っている間に、バルガーム・パシャが衛士の隊長らしき人物に身振り手振りで説明し、満足そうにうなずいた。


 そしてバルガーム・パシャが車内に戻ってくると、サーシャにゆっくりと車を出すように伝えた。彼の商会に向かうそうだ。


 街の中は石畳で舗装されており、外よりはましであったが、やはり結構揺れた。街の通りに面した建物は、殆どが4階建てで、レンガで作られているが、ガラス窓は無く、木戸が締められているため、屋内の灯りが外に漏れて来ない。

 もう日が落ちたので城壁都市の中は暗く、街灯なんてものは無いので、人通りもほとんどなかった。おかげで進みやすくて助かったよ。

 しかし、人の営みが感じられない町並みは、もの悲しいもんだね。


 大通りを5分ほど走らせると、大きな交差点の角で、隣の商館よりよほど大きなレンガ作りの商館があった。その商館は他とは違い、一階は立派な石造りの建物だった。どうやら、これがバルガーム・パシャの商館らしい。

 周りの商館と比べても、一際大きく立派な作りの商館だった。


 商会の入り口に高機動車を止めると、中から馬車の護衛と同じ格好をした男たちが五人ほど素早く飛び出してきて、高機動車の周りに展開した。

 腰には皆シミターを佩いているようだ。

 バルガーム・パシャは警護の者達に車の中から一声かけて、後部ドアから外に下りた。

 四人はそのまま油断なく警戒をつづけ、リーダー分らしい一人がバルガーム・パシャに近づき話しかけた。

 見事なもんだな。なかなかに訓練された警護のようだ。こいつらほんとにただの警護隊なのか?


 バルガーム・パシャは警戒中の四人に声を掛けて、高機動車の荷台に転がしている捕虜を下ろさせ、そして店の裏側へ連れて行かせた。


 俺とサーシャは車から降りて、高機動車を倉庫に収納し、後方支援連隊の整備と補給に回した。


 一瞬で消えた高機動車にバルガーム・パシャはまたまた驚いた表情を見せたが、俺がニヤニヤしてるのに気付いて、奴は直ぐに取り繕った表情を浮かべていたよ。


 「ようこそ、我が商館へ。どうか自分の家だと思って寛いで下さい。と言っています。」


 バルガーム・パシャは商会の入口で、右手を胸に当てて頭を下げて、俺を招き入れた。

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