第17話 奴隷商の男

 俺達は草原の街道で襲撃にあっていた一行を助けた。


 襲撃を受けた男達は一人を除いて、皆無傷だった。

 黒いロープを纏った男達は、バルガーム・パシャと名乗った精悍な男を中心に、地に倒れている男、今回の襲撃で敵陣に単騎で飛び込んだ勇敢な男を取り囲んでいた。

 仲間たちは、倒れた男の瞳を閉じてやり、彼の剣、あれはシミターだろうか?を男の胸に乗せてその両手を組ませてやった。そして仲間たちは、男の着ていたローブでその体を丁重に包んであげた。


 死んだ男を取り囲んでいる仲間たちは、バルガーム・パシャの声に合わせて、祈りの言葉を唱えて始めた。

 そして、皆一斉に腰からシミータを抜き、胸に捧げると戦い倒れた男に長い黙とうを捧げた。


 俺とサーシャも死者に敬意を表して、戦闘帽を取って黙とうした。


 その後、護衛達の一部が、襲撃者達の死体を黙々と道端に集め始めた。激しい戦闘を終えたばかりだというのに、無駄口も話さずにキビキビと動いている。相当練度が高い連中だな。

 そしてリーダーの長身の男が俺に近寄ってきた。

 

 「改めて礼を言う。助けてくれてありがとう。と言ってます。」


 バルガーム・パシャと名乗った男は、隙のない身のこなしで挨拶してきた。。黒いローブと身にまとった装備はどこか独特で、ローブから覗くシミターの柄には、軽く左手が添えられていた。。


 「俺の名はトーマ・ナナセ。旅人だ。」


 うん、我ながら怪しい自己紹介だ。

 自分たちとは違った武器で、数的に圧倒的だった敵をあっという間に制圧したんだ。警戒して当然か・・・。


 「この度は、危ういところを救っていただきありがとう。本当に感謝する。あの人数が相手では、我等にもっと大きな犠牲が出ても不思議ではなかった。この恩には先祖の名と部族の名誉に懸けて必ず報いる。って言ってます。」


 「感謝を受け入れると伝えてくれ。それにしてもこいつ等、ただの盗賊にしては統制が取れていたように見えるが、何か襲われた理由に心当たりでも?」


 一生懸命に通訳しているサーシャを見て、バルガーム・パシャは一瞬片眉を吊り上げたが、彼の表情からは何も読み取れなかった。


 「こいつらは北の街ヤルガを拠点とするサラマンド傭兵団の者だ。そしてこいつらの狙いは儂の命。恐らく、儂の商売敵であるダゴス商会の差し金だろう。サラマンド傭兵団とダゴス商会は同じヤルガの街に拠点を置いて、前からずっと黒い噂があった。と言っています。」


 「随分と物騒な商売敵だな、バルガーム・パシャは一体どんな商売をしてるんだ?」


 「ナグルトの街でッ!をやっている。と言っています。」


 ん?奴隷商って言葉で突然サーシャが反応したな?それにずいぶん敵意を込めた表情になって・・・。奴隷商人と何かあったのか?

 バルガーム・パシャはサーシャをじっと見つめて語り始めた。 


 「先ずこれだけは言っておく。ホーラント公国での奴隷狩りを領主に持ち掛けたのはダゴス商会だ。そしてホーラント公国から逃れてきた民を国境で待ち構えて捕まえ、奴隷に落としたのはサラマンド傭兵団だ。お嬢ちゃんも奴らの胸当てに見覚えがあるだろう?って言っています。」


 サーシャは通訳をしながら、バルガーム・パシャの言っている事を吟味している様だった。


 「そうなのかサーシャ?」


 「はい、トーマ様。母さまと私は北のホーラントから奴隷狩りを逃れてセントニアまで逃げてきました。

 突然ホーラントの領主が、人間の軍勢を率いて領外の地にあった私達の村に攻めてきたのです。私たちを捕まえて奴隷にする目的で。

 父さま達はそいつらと戦って、私達女子供を村から逃がしてくれました。

 でもホーラントの国境を超えてセントニアに入った時、こいつらと同じ胸当てを付けた人間の戦士たちが待ち構えていて、私たち村から逃げてきた女子供をとらえたのです。奴隷にする為に!

 その時の戦闘で母さまは傷つき、こいつらの追っ手をかわす為に黒き森に逃げ込んだのです。」


 「そうか、分かった。」


 「ではバルガーム・パシャよ、お前のその馬車のは奴隷だな?しかも子供の?違うか?」


 サーシャは感情を押さえながら通訳を続けてくれている。


 「その通り。儂は故有ってガルキアの者たちをセントニアに連れてきて、奴隷として立ちゆくように教育してから買主に売っている。この子供達もガルキアのとある村から連れてきた。子らの素質を見極めてからだが、この子らには二・三年の間、読み・書き・計算などの教育を行ったうえで、儂が見極めた方だけに売り渡す。

 この者達は、ガルキアに残っていたら戦乱で命を失うか、死すよりもっと酷い運命が待っていただろう。親達もそのことは十分承知して子供を儂に託した。と言っています。」


 「そうか。では俺にその子らと話をさせてくれないか?」


 「もちろんだ」と答えて、バルガーム・パシャは俺達を箱馬車に案内した。

 小さな明り取りが付いた箱馬車の後ろの扉には鍵がかかっておらす、扉を開けると毛布にくるまった子供と女達が、身を寄せ合い怯えて震えながら俺に顔を向けた。

 馬車の門扉を開けて俺に中を見せているバルガーム・パシャの姿を認め、子供と女達は安心した様な声を漏らしていた。


 「サーシャ、これをこの者達に分けてやってくれ。」


 そう言って、俺はファミマから和風からあげを13個購入し、サーシャに渡した。

 サーシャ嬉しそうにファミチキですねと言って、から揚げを子供や女達に配ってあげた。サーシャにとって、揚げ物=ファミチキと理解したらしい・・・。


 サーシャからから揚げを受け取った子供たちは、初めて手にしたから揚げのおいしさに喜んではいたが、どうやらお腹が膨れているようで、飢えてガッツく様な子供は一人もいなかった。皆嬉しそうにから揚げを一つか二つ摘まむだけで、四つ全部食べる子供や女はいなかった。

 どうやら、奴隷達に飢えている者はいないようだ。

 きっと奴隷達には、バルガーム・パシャがきちんと食べさせているのであろう。味は知らんが。


 「サーシャ、子供たちに聞いてくれ。バルガーム・パシャに連れられて行かれるのは嫌じゃないのかと。親のところに戻りたくはないのかと。」


 サーシャは頷くと、大事そうにから揚げを両手で持っている子供達に尋ねて回った。

 

 「この子たちは、皆この奴隷商人に連れられて行くことを受け入れています。親元に残っていては食べて行けないと。生きるためにこの奴隷商人に売られて行くと。

 この奴隷商人の元で頑張って勉強して商人になると語った子もいました。土地を借りてたくさん小麦を作って、お腹いっぱいパンを食べるんだと語った子もいました・・・。」


 俺は馬車の外で護衛達と話しているバルガーム・パシャのところへ行き、深く頭を下げた。


 「お前の話を疑ってすまなかった。謝る。」


 サーシャは泣きそうな顔でバルガーム・パシャに俺の言葉を伝えた。


 バルガーム・パシャは俺の言葉を聞くと、驚いた表情を一瞬見せたが、またすぐに元の精悍な表情に戻りこう言った。


 「疑うのは当然です。何分奴隷商の言葉ですから。

 残念ながら、世の中にはダゴス商会のような悪い奴隷商が多いのも事実ですからな。

 しかし驚きましたな。自らの誤りを認めて、ご自分から商人に頭を下げる方は珍しい。ましてや奴隷商人ならなおさらだ。と言っています。」


 俺はにっこり笑って右手を差し出し、バルガーム・パシャと握手した。大きくて暖かな手だった。

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