第3話 逃亡者

□□□サーシャ


 「母さま急いで!」


 私は母さまの手を引き黒き森の巨木の中を逃げている。大きな木の根がうねっているこの森は、傷ついている母さまと子供の私が走るには容易ではなかった。


 「サーシャ、私はもうダメ。あなただけでもお逃げなさい!」


 「いやー!母さまといっしょでなければイヤ!お願いだから、そんなこと言わないで!」


 「サーシャ、お願い聞いて。人間の戦士から負った傷のせいで、私はもうこれ以上走れません。

 あなただけこのままお逃げなさい!

 そしてこの森を抜けてアルマーナ国を目指すのです。そこで戦士長をしている叔父のバルドを頼りなさい。」


 背中に深い傷を負った母さまは、巨木の根元に崩れるように倒れ込み、必死で私に伝えた。


 「やーよ、母さま、いやいや!母さまを置いてなんか行けない!

 ねえ、お願いだから、立っていっしょに来て!私といっしょにアルマーナへ行きましょ!ねっねっ?」


 母さまの手を引き、必死に母さまを立たせようとするが、母さまには既に立ち上がるだけの体力は残されていなかった。


 「サーシャ良くお聞きなさい。このペンダントは我が一族に古くから伝わる品です。このペンダントには豊穣の女神、地母神アフロディーテ様の祝福が込められています。

 さあ、これを私だと思って、肌身離さず持って行くのです。

 ああっ、あなたにはこんな事くらいしかしてあげられない母を許して下さい。

 あなたにアフロディーテ様のご加護がありますように。

 幸せになるのですよ。

 さっ、行きなさい!」


 私は母に抱きつき、その胸に顔を埋めながら泣き叫んだ。


 「いやよー!母さまがいっしょじゃなきゃーやー!一人ぼっちにしないで――!」


 その時、ドンという音と共に折れた太い枝が私達の横を飛んで行った。

 私は音のした方を振り向くと、そこには赤い絶望が立っていた。


 「ヤヅのゲんゾグがオレのナワバリをどおるどユルザン!」


 レッドオーガ。この森の死と恐怖を司る者だった。


◇◇◇◇◇


 さて、颯爽と冒険に出発した(妄想)はずの俺であったが、俺の冒険は早速暗礁に乗り上げていた。


 「どっちに進んだらいいのか、さっぱり分からん!」


 どっちを向いても苔むした巨大な木、木、木!やばっ、俺って立派に遭難してる??

 だんだん心細くなっていたその時、さっき耳にした抑揚のない綺麗な女の人の声が聞こえてきた。


 [アカシックレコードとリンクしました。アカシックレコードから地形データをダウンロードしました。【ワンマンアーミー】のユーザーインターフェイスコードを書き換え、地形データを表示する機能をアドオンしました。右目の網膜投影表示にマップアイコンを追加しましたので、そこから確認ください。]


 ん?声は同じに聞こえるけど、なんかさっきの女の人とは雰囲気が違う?てか、言ってることの半分も分からなかったが、いえサバ読みました。ほとんど分かりませんでした。

 でも、右目の視界の隅に、新しくグー〇ル先生のマップアイコンの様な新しいアイコンが追加されていた。

 新しい、マップアイコンに視線を合わせると、目の前に見慣れた半透明のウィンドウが開き、大きな森が中央に映っていた。

 東西に楕円に広がる森の、南西の端の方に青いマーカーが点滅している。すると自動的に青いマーカーがマップの中央に移動し、中心で固定された。これが現在地なのであろう。


 「とすると南西に進めば、最短距離で森を抜けられそうだな。で南西はどっちだ?」


 すると、また親切な女の人の声が助け舟を出してくれた。


 [左目に戦術マップを投影します。南西をマークしましたので、ナビの矢印に従って進んでください。]


 おお、女の人の声だが、さっきからそのクールな感じと相まって出来る女感がハンパない。

 

 「いつまでも女の人の声さんじゃ味気ないよね。よし、名前を考えようか。

 

 う〜ん、凄く頭良さそうだし・・・知恵の神でオモイカネシン。漢字で思金神。金を鐘にかえて、英語でベル。

 そうだ、ベルちゃんでどうだろ?」


 [固有名をベルに設定します。記憶しました。うれs・・・]


 「どったの?ベルちゃん?」

 

 ベルちゃんが反応しなくなったので、俺は左目に意識を集中すると右目のアイコンが見えなくなり、代わりにARゲームの様な戦術マップが映り、森の風景の上に360°方位のメモリと数字が視界の上辺に現れ、またグリーンの矢印が進行方向を教えてくれた。


 「おーし!これで遭難の心配もなくなった!改めて冒険に出発だー!」


 俺はベルちゃんのおかげで、今度こそ冒険に出発する事が出来た。



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