第3話

「おめでとう少年!君には生きる才能がある!君だけに生きる権利を与えてあげよう」

 銃声がして、周りに立っていた家族が倒れていく。まだ温かい血が流れてきて、足元を濡らした。

 銃を構えた状態から、呆然として動けなかった。僕が引き金を引いた銃口からはチープな造花が飛び出ている。




「あ」

 昼飯を持ってくるのを忘れた。また野次を飛ばされると煩いから、そっと食事場を出る。

 家に帰る途中の草原に、昨日のガキがいた。草を引っこ抜いては、せっせと何かを作っている。ガキは俺に気づくと、満面の笑顔で近寄ってきた。両手で何かを差し出してくる。

「これ、あげる!」

 またか、と思ったが、手に握られている冠は全て草で編まれていて、花は見当たらなかった。

「きのうマリアが言ってた!お兄ちゃんはお花がこわいんだよって。だからぜんぶ葉っぱで作ったの」

 あの野郎、余計なことを。仕方ないので受け取る。よく見ると編み目が緻密だった。簡単には解けそうにない。

「マリアにコツを教えてもらったんだよ」

「いい出来だ」

 つい正直な感想を言った。ガキはまたニコニコする。

「しゃがんで」と言うので、背を屈めた。ガキはもう一度冠を手に取って、俺の頭に載せた。仕事場に戻ったら、また冷やかされるのだろうと思って、溜息を吐いた。

 その時、背筋に悪寒が走った。反射的にガキを抱えて跳ぶ。銃声がし、落下した冠が破裂した。続けて二発、三発と銃声は追ってくる。太い木の幹に身を隠すと、銃声は止んだ。

「おにいちゃん?どうしたの?」

「黙ってろ」

 鋭く制して気配を窺うと、とぼけた声が聞こえてきた。

「あれ?全然当たんねえや」

「ったく何発無駄撃ちしてんだよ」

「悪ぃ悪ぃ。でも今の動き、ヴァローナで間違いねえな。ヴァローナなんていうから黒ずくめかと思ってたが、まさか赤毛のひょろいガキとはな」

 二人。おそらく組織の傭兵だろう。なぜ居場所がばれた?落ち着け、と思うほどに、耳に響く動悸は大きくなっていく。

「おうい、そこにいるんだろうヴァローナくんよお。俺たちが遠路はるばる大変な旅してる間、ずいぶん楽しく暮らしてたみたいじゃねえか」

 どうやって戦う?傭兵は戦闘のプロだ。ナイフは数本持っているが、闇討ちが専門の俺ではきっと歯が立たない。

「お返事もなしかよ。まあいいぜ。お前は最後にじっくり殺してやるからよ」

 ぞわりと悪寒が走り、俺は反射的に飛び出した。銃声が聞こえる。それは俺にではなく、仕事場の方に向けられていた。銃声を聞きつけて様子を見に来た同僚達が血を吐いて倒れる。

「やめろ!」

 傭兵たちは撃つ手を止めた。にやけ顔でこちらを見ている。

「よう、やっとご挨拶する気になったか」

「狙いは俺だろ。村には手を出すなよ」

 情けないことに声が震えた。男たちは声を上げて笑った。

「それがなあ、残念なお知らせだ。ボスはお前を匿った村を皆殺しにしろとよ」

「匿ってたわけじゃない。……組織に戻るから、ここの奴らは殺すな」

 男たちは憐れむような目で俺を見た。

「あのなあ、皆殺しの中にはお前も含まれてるんだぜ。とっくの昔に代役は見つかって、お前はもう用済みなんだよヴァローナ。そんでもってなぜ俺らがこんな無慈悲極まりないことをするかってえとな」

 男は仕事場の方を碌に見もせずに撃った。銃を抱えた同僚が一人崩れ落ちる。

「見せしめのためだよ。裏切者がどうなるかってことを、組織のみんなにもちゃんとわかってもらわにゃならんからなあ」

 地を蹴る。空中でナイフを抜き、間合いに入った瞬間首を狙う。

「さすが、速いな」

 男は身を躱し、にやりと笑って俺の腕を掴んだ。頭の中で警鐘が鳴った。腹に巨大な衝撃が走り、骨の砕ける音がした。

「がっ……」

地面に叩きつけられる。咳き込むことすらできない。内臓が痙攣を起こしている。口から血と唾液が流れていく。

「へっ、馬鹿がよ」

「馬鹿はお前だぜカサートカ」

「あん?」

 男はやっと自分の腿に突き立っているナイフに気づいたようだった。

「なんだぁ?蹴りを入れた時に刺されたのか?」

「おめえも存外鈍いな」

 男たちは呑気に話をしている。俺の一撃なんて、蚊に刺されえた程度にしか思っていないようだった。

 男は腿からナイフを引き抜きながら、俺の傍にしゃがんだ。

「なあヴァローナ、ひどいじゃねえかよ。話の途中で斬りかかってくるなんて。こっちは親切に、お前は最後に殺してやろうって言ってんのに、よ」

「うああああっ」

 激痛が脳天を焼いた。腿に刃が深々と突き刺さっている。脚が痙攣してがくがくと勝手に動いた。

「マジで死に急ぐなよな。先に死んじまったら、ショーが楽しくないだろうが」

 もう一人の男が、なんでもないように言いながら銃を撃った。何かが草叢に倒れる音がする。成人ではない。もっと小さい何か。視線を移動させると、草の間から赤く染まったエイミーの服が見えた。頭の中が真っ白になる。

 ああ、これが罰か。

 自然と涙が流れた。男たちは立ち上がり、ぼやきながら村の中心部の方へ歩いて行く。

「なにこれ」

 聞き覚えのある声がした。

「大惨事じゃん」

 目を開けると、バスケットを持ったマリアが近くに立っていた。眉根を寄せて、不機嫌そうな顔をしている。

 銃声がして、バスケットが破裂した。ばらばらになったサンドイッチが地面に落ちる。

「義足の魔法使いってのはお前か」

「話の前に人の手料理ぶちまけるとかどういう神経してんだ?泣くぞ?自信作だったのに。あとまず自分から名乗れ」

「お前人間に飼われてたらしいじゃねえか。抵抗もできずに脚ちょん切られたヘボ魔法使いが」

「うるせー言ってろバカ!これは!俺の愛の象徴なの!」

「マリア……」

 食ってかかるマリアに呼びかけると、感情の読めない顔で振り向いた。

「契約……してやる……村のみんなを連れて逃げろ」

「なるほどね。こいつら、お前が前居た組織のやつか。お前に似て根性曲がってそうだもんな」

「マリア!頼む」

 奴はまた眉根を寄せた。そして面倒くさそうに長い髪を払った。

「あのさあ、この村人口どのくらいだと思う?200人よ200人。どう連れてけっての。どう考えても、」

 奴はぱちんと指を鳴らした。

「こいつらにご退場いただいたほうが早いだろ」

 その瞬間、男たちの姿は忽然と消えた。

「……何した」

「さっむーいところに送ってやった。俺嫌いなんだよね、ああいうデリカシーない奴ら」

 マリアは忌々しそうに髪を払った。どういうことだ?奴は契約しないと魔法が使えなかったはずだ。疑問が渦巻く頭に、ガツッと何かがぶつかった。とろりと温い血が額を伝う。

「……どうしてくれるの」

 低い女の声がした。

「死んじゃったじゃない。あんたたちの所為で」

 エイミーの母親が、子供の亡骸を抱えたまま睨みつけていた。それまで家の中に避難していた女たちが出てきては、各々の手に石を握っている。

 マリアは両手を広げて肩を竦めた。

「俺たちの所為じゃない、あいつらが勝手にやったことだ」

「あんたたちさえ来なければ、うちの人は死ななかった!」

 そう叫んだのは、同僚の嫁だった。そうだ、あいつも死んだのだ。材木の切り方のコツを教えてくれたのは、そういえばあいつだった。

 次々とんでくる礫を、マリアは「痛い痛い」と言いながらガードしている。俺は再度奴に呼びかけた。

「マリア」

「いたっ……何?」

「お前は逃げろ。契約がなくてもできるんだろ?俺はこのまま、罰を受けるから」

 マリアは目を見開き、憮然とした顔で口元を歪めた。そして女たちのほうに歩いて行った。石が何度当たっても、奴は足を止めなかった。時折義足に石が当り、高い金属音を鳴らしていた。奴はエイミーの母親の前で立ち止まると、そっとその亡骸を覗き込んだ。母親は涙を流しながら、射殺すような目でマリアを睨んでいる。

「せっかく似合ってたのにな」

 マリアは眉尻を下げて困ったように笑った。奴が作った薄いブルーの子供服は、元の色がわからないほど赤く染まっていた。

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