第50話 後悔したくありませんでした

 レグルス討伐の準備も済んだので、オレとリナはプロキオンに戻ってきていた。ウラノスにも声をかけたけど、留守番をするというのでリナとふたりだけだ。

 ウラノスは完全に餌付けされたのか、ラルフの料理を堪能するんだと頬を緩ませていた。


 プロキオンに出発する前に黒狼になったら、ラルフがものすごいキラキラした目で見つめて来たので、ウラノスのこともあったし触らせてやったんだ。

 ラルフのすごく幸せそうな顔をみたら、また今度なって言ってた。自分にビックリだ。まぁ、これで留守中のウラノスは心配なくなったと思う。




 久しぶりのプロキオンは相変わらずだった。ギルド長がエリアさんになっても、問題ないみたいだ。リナが食材の買い出しに行ってる間に、ギルドに顔を出すとムルジムさんが魔獣討伐に行くところだった。


「ムルジムさん、間に合ってよかった! これから出張ですよね?」


「カイトか! そうだ、これから一週間の出張だよ。ほんと面倒くせぇ。あーあ、カイトが戻ってくるんだったら、今回は依頼受けなかったのになぁ」


「急な連絡ですみませんでした。思いがけず休暇が取れたので、母さんの墓参りがしたくて……」


「いいんだ、気にするな。カイトの家だしな。鍵はギルドの受付に返してくれればいいからな」


 よかった、ムルジムさんに会えて。もしかしたら、もうここに戻って来れないかもしれないからな。


「ムルジムさん、気をつけて行ってきてください」


 こんなオレに優しくしてくれて、ありがとうございました————




     ***




 リナと合流したあと、荷物を家に置いてから母さんの墓参りにむかった。リナも行きたいというので、一緒に来てもらってる。母さんの墓参りに、誰かと一緒に来るなんて初めてだった。ユリの花束を母さんの墓前に置いて、刻まれた文字をそっと撫でていく。


(母さん、もうすぐ母さんの仇が討てそうだよ。あれからいろいろあったけど、いまは大切に思える仲間もたくさんできたんだ。今日はリナも一緒に来てくれたよ。オレの一番大切な人なんだ)


 リナを見ると、手を胸の前で組んで母さんの冥福を祈ってくれてるみたいだった。そんな風にオレの母さんまで思ってくれて、嬉しかった。

 今回の討伐では、リナだけは無事に返したい。そんな事を考えていた。



 集合は3日後だ。明後日の昼までに、プロキオンを立てば問題ない。それまでは、生まれ育ったこの街で過ごしたかった。


 嫌な思い出の方が多いはずなのに、いつの間にか守りたい場所になっていた。きっとリナやムルジムさん、エルナトさんたちがたくさん楽しい思い出で、上書きしてくれたからだろう。


 久しぶりにリナとふたりで食事をとって、風呂に入ったあとは自分の部屋に戻った。ムルジムさんがたまに掃除してくれてるみたいで、キレイに整えられている。

 ガシガシとタオルで頭を拭いたあと、ベッドに横になった。


 また帰って来れるかな。できれば、帰ってきたいな。最悪リナだけでも……他のメンバーには悪いけど、オレの中ではリナが一番大切なんだよな。いつからだったのか……結構最初の方からだと思うけど、好きだったんだ。




 その時だ、扉の向こうからリナの声がした。まさにリナのことを考えていたので、心臓がバックンと大きく波打つ。


「カイト、起きてる?」


「うん大丈夫だけど、どうした?」


「あのね、ちょっと話したいなと思って……部屋に入っていい?」


「うん、いいよ」


 扉を開けると、ほんのり頬を染めたリナがするりと部屋に入り、カイトのベッドに腰を下ろした。オレもリナの隣に並んで座る。



「もうすぐレグルスの討伐だね。カイトなら余裕かもだけど」


「今回は余裕かどうかちょっとわかんないけどな。現役の魔獣王だし」


「正直生きて帰れるかもわからないよね」


 そうなんだ。だから、この前からちょっと感傷的になってるのかもしれない。


「そうだな。リナは行くの辞めたいか?」


「違うの、そんなことはないの! ただ……後悔したくないの」


 リナはうつむき、固く手をに握っている。行きたくないなら、それはそれで構わないと思っていた。むしろその方が安心なんだけど。


「後悔? 何かやり残したことあるのか?」


 リナは勢いよくベッドから立ちあがり、オレの目の前に立った。そして、そのままオレをベッドに押し倒した。


 え……? えええ!? オ、オレ押し倒されてる!?


 見上げるリナは顔を真っ赤にして、瞳は潤んでいる。



「カイト……1回だけでいいから、だ、抱いて……死ぬ前に、す、好きな人に……抱かれたい」



 思考が止まった。

 死ぬ前に、好きな人に抱かれたい……? え、リナの好きな人って、もしかして……オレ、なのか……?


 この状況がにわかに信じがたくて、何度も何度もリナの言った言葉を反芻してみる。

 何だこれ、ヤバい。いままで我慢してきたのに、もうムリだ。


「……ごめん」


「あ、ご、ごめんなさい! カイトの気持ちも考えないで……ごめん、いまの忘れて!」


 リナが慌ててオレから離れようとした。ああ、勘違いさせちゃったな。


「違うよ」


 そういってリナを引き寄せる。オレの上に倒れ込んだリナの耳が、心臓の近くにある。オレのバクバクいってる心臓の音は聞こえてるはずだ。これで、嫌じゃないことはわかってくれたか?


「リナ、オレの心臓めちゃくちゃバクバクいってるのわかる?」


「う、うん」


「リナにあんなこと言わせてごめん。オレから言わせて」


「え……」


「リナ、愛してる。オレと結婚してください」


 色々すっ飛ばしてるのは、わかってる。でも、これが紛れもない、いまのオレの気持ちなんだ。


「……!!」


「リナ? 返事を聞かせて。オレを世界一幸せな男にしてくれない?」



「はい……結婚、します……カイト、私も大好き!!」



 瞳にたまった涙がこぼれ落ちて、オレのシャツを濡らしていく。


 リナがオレの気持ちに応えてくれた。いきなり結婚してくれなんて言ったのに、喜んでくれている。あー、ヤバい、リナが可愛すぎる。最悪リナだけ生き残ればいいと思ったけど、ちょっと欲が出てきたな。


 するとリナが体を起こして、唇が触れるだけのキスしてきた。不意打ちだ。そしてさらに、照れたように笑って続ける。


「カイト、大好き」


 何かが焼切れたオレは、くるりとリナと入れ替わり組み敷いた。そしてそのまま、リナの柔らかい唇を奪った。


「え、カイッ……んっ! んんっ」


 リナの柔らかい唇や舌の感触を味わったあと、ゆっくりと唇を離して深い海のような碧眼を見つめる。


「ごめん、もう我慢の限界。このままリナが欲しい」


 こんなに可愛いくて、しかも好きな女からベッドの上でキスされたら、健康的な男なら我慢できるわけないと思う。


「うん、私も……カイトが欲しい」


 そのままリナと朝まで愛し合った。

 我慢しすぎた分、暴走しちゃったんだと思う。だってリナがめちゃくちゃ可愛かったんだよ。止められるわけがない。

 起きたのは昼過ぎだったけど、寝起きのリナも可愛くて、危うく襲うところだった。




 遅い昼食を取ったあと、ふたりだけで教会に行った。誰もいない協会で、ただお互いを生涯愛すると誓う。それしかできなかったけど、ちゃんと誓いたかったんだ。


 帰ってきたらちゃんと指輪も買って、お世話になった人たちも呼んで結婚式を挙げようと約束した。

 リナだけでもって思ってたけど、まだまだこれからもリナを笑顔にしたいから————だから何があっても、全員で帰るんだ。



 そして、3日後の集合の日を迎えた。



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