第51話 レグルスの住処にやってきました

 出発の日の朝、全員が集まったところで隊長からひとことだけ激励があった。


「必ず生きて戻るぞ」


 その言葉を胸に、特務隊はピーコック山脈を登っていく。ウラノスとクレイグで詳細な調査をした結果、レグルスの住処へと通じる道は3通りあったので、3チームに分けてむかうことにした。戦力は分散するが、最悪の場合ひとつのチームの犠牲で他のチームが助かる可能性もある。


 隊長のチームは、ファニー、クレア、オリヴァーだ。そしてクレイグのチームは、ラルフ、ララ、ティノ、最後にオレとリナ、ウラノスとなった。


 レグルスの情報はリュカオンから全員に伝わっている。白金色の体毛に琥珀色の眼をして、尾は九本ある狐型の魔獣だ。黒い炎を操って攻撃してくるが、狡猾なので正々堂々と戦う必要はないと断言していた。

 その辺はリュカオンが一番よくわかってる。

 そして、いよいよレグルスの討伐が始まった。




     ***




 クレイグたちは、西側からレグルスの住処へと山を登っている。

 普段なら出てくるはずのCランク以下の魔獣すら一匹も出てこない。ピリピリした空気を感じながら神経を張り詰めて進んでいく。


「これは……デカイのがいそうな感じだね」


「そうですね、小物の魔獣がいないところをみると、余程のランクの魔獣がいるのでしょう」


「でも、ここまで静かなのいままでなかった……」


 ララとティノも同じことを感じている。多少の魔獣の減少はあっても、一匹も出てこないなんてあり得なかった。


「……10時の方向、20メートル先にいる」


 魔力感知で周囲の状況を探っていたラルフが、その存在を察知した。瞬時に戦闘態勢をとる。バキバキッと木や枝の折れる音とともに現れたのは、特務隊の隊員たちでも見たことがない魔獣だった。


 クレイグたちの前に姿を見せたのは、ベヒーモスほどの大きさの三つの頭がついた狼型の魔獣だった。口からは紅い炎が噴き出している。


「これは……幻獣ケルベロス……!」


「あれって神話の魔獣じゃなかったのかよ!?」


「そうかも知れませんけど、目の前にいるのは確かですね」


聖なる守護神ホーリー・ガルド


 ラルフの聖魔法でメンバー全員に身体強化と防壁が付与される。


「私がいつものように囮になります。……早く倒してくださいね」


 ララの特殊スキル『咎人の重し』は、攻撃を仕掛けてくる者の敏捷を極端に鈍くする効果があった。いつもは言わない一言をこぼして、風魔法で自身の敏捷をあげる。


「エアロ・ブースト」


 ケルベロスの赤い瞳がララを捕らえた。ララは襲いくる鋭い爪をひらりと躱している。そこから3人はいっせいに攻撃を仕掛けた。




     ***




「ほう……これははじめてみる魔獣だな」


「はー、神話に出てくるグリフォンみたい……」


 南側から登っていたリンゼイチームの4人は、3メートル上空を見上げていた。ファニーの言葉にオリヴァーが反応する。


「え、あれって本当にいたのか!?」


「……いないと思っていたけど、いるね。あそこに」


 クレアも黒い翼を大きく広げ空を舞う魔獣の姿にくぎづけだった。


「ふむ、空を飛ばれては手出しが出来んな。よし、クレアあの翼切り落として来い」


「了解!」


 クレアは武器のバトルアックスを構えると、ふわりとクレアの周囲を風が囲んでいく。リンゼイはそっと風魔法を放った。


「スパイラル・ウィンド」


 クレアの足元から竜巻が巻き起こり、5メートル上空へと運びあげる。クレアはグリフォンを視界に捉えて、特殊スキル切断魔を使った。このスキルはどんなものでも切断してしまうスキルだ。そのせいで煮込み料理しか作れないが、こんな時は大いに役に立つのだ。


「地面にはいつくばれ! グリフォン!!」


 クレアの切断魔によって、グリフォンの黒い翼はキレイに切り取られ、魔獣は真っ逆さまに落ちていく。

 身動きのできない空中でオリヴァーの炎魔法がグリフォンを襲った。


「ファイアストーム!」


 炎に包まれたまま地面に叩きつけられて、グリフォンは完全に暴走状態になっていた。


「あちゃー、これはちょっと面倒そー」


 ファニーは鉄扇を広げて風魔法を放つ。オリヴァーもさらに追い打ちをかける。


「よし、このまま攻撃を続けろ。俺とクレアでバラしてくる」


 そう言ってリンゼイは黒い剣身を引き抜いた。




     ***




 オレたちはピーコック山脈の東側からレグルスの住処を目指して、山を登っていた。黒狼で山道を駆け上がる。そこら中に嗅いだ事のない魔獣の匂いが残っていた。そして、山頂に近付くにつれてもうひとつリュカオンの記憶にある匂いが濃くなっていく。



「カイト、必ず一緒に帰ろうね」


 不安を振り払うように、リナがギュッと腕に力を込めてつぶやいた。


「あぁ、必ず全員で帰る。ウラノスも無茶するなよ」


「はい、全力は出しますが無茶はしません」


 やがて、斜面がなだらかな木々も生えていない空間にたどり着いた。ここに、レグルスがいる。





『やあ、久しぶりだね。リュカオン』




 声のした方に振り向くと、白金色の髪の青年が大岩の上に足を組んで座っていた。


『……レグルス』


 その姿を視界に捉えた瞬間、爆発しそうなほどの激情がオレを支配した。これはリュカオンの感情だ。身を焦がすほどの憎しみが体中を駆け巡る。


『なんだか面白いことになってるね。人間に取り込まれているの? あははは! 無様だなあ』


『カイト、奴の話など聞くに値せん』


「あぁ、そうだな。リナ、ウラノスいくぞ。うなれ、雷神!」


 オレに続いて、リナもウラノスも戦闘態勢に入った。


聖なる防壁ホーリー・ガード! 不死鳥の盾フェニックス・ガード!」


氷華乱舞アイシクル・ダンス!!」


 ウラノスの魔法で守備力をあげて、リナの氷魔法の矢で先制攻撃を仕掛ける。レグルスは眉一つ動かさず、右手から放った黒炎で氷の矢を消し去った。その一瞬で距離をつめて雷神を振り下ろす。

 レグルスは大きく後ろに飛んで雷神の刃を避けた。


『うーん、リュカオン以外は邪魔だな、ちょっと黙っててくれる?』


 そう言うと、リナとウラノスに手をかざして魔法を放った。リナとウラノスはさっきまでレグルスが座っていた大岩に、叩きつけられる。


「うぅぅっ!!」

「あうっ!」


 ふたりともそのまま力なく大岩の下に崩れ落ちた。駆け寄ろうとすると、黒い炎が目の前に立ちはだかる。


「リナ! ウラノス!」


『あぁ、カイトだっけ? 余計なことしたらあのふたりの命はないよ。僕はね、リュカオンと話したいんだ』

(チッ、殺すつもりで魔法を放ったのに……あぁ、不死鳥の魔法が効いてるのか、思ったよりやっかいだな)


『カイト、心配するな。ふたりは気を失っているだけだ』


「そうか……わかった。それなら、先にレグルスを倒そう」


 オレは雷神を構えた。そこでレグルスが噴き出して笑い始める。


『ぷっ! くくく、あははは!! 僕を倒す!? 人間ごときが何を言ってるんだよ! リュカオンでさえ僕には敵わなかったのに!!』


 何とでも言えばいい。オレはレグルスを倒すんだ。すべての元凶の、この魔獣を葬る!


『カイト、黒狼になれ。その方が力を解放しやすい』


「うん、そうだな。それでいこう!」


 次の瞬間には黒狼になり、オレはレグルスの喉元を目がけて喰らい付いた。



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